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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第4章 少年と幾千幾万の願い 〜ルピナスの戦花〜
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第47話 願望と暴君

 例えば自分より強い相手がいたとして、その相手と対峙したとして、人はどうするのか? 逃げる? 媚びへつらう? いやいや、それでは情けない。ねじ伏せる。負けようが、ボコボコにされようが、最後に笑って相手を踏み付ければそれで良い。最後に勝てればそれで良い。


 少なくとも自分はそうやって今、この玉座に腰を下ろしている。薄暗い玉座の間。夜ということもあって、暗闇に拍車がかかった。でも、この上なく心地良い。ルピナス王国の王、オスクロルは1人、思いにふけていた。


「フフッ」


 笑みが零れる。城下が騒がしいのだ。きっと戦闘が行われている。それはレゾンが起こしたものなのか、ロゾが起こしたものなのか。どちらでも良かった。そうなるよう仕向けてきたのだから。上手く運べば今宵、オスクロルの目的が果たせる。


 次第に争いが激化すれば、国外に情報が漏れるだろう。と、すればキングプロテアが混乱に乗じて侵略してくるかもしれない。流石にオスクロルといえど、国を維持するのは困難な状況になる。しかし、それすらもどうでも良かった。目的さえ果たせれば国に用はない。


「お、恐れ入ります! 敵襲です! すぐそこまで来ております!」

「反乱だろう? レゾンか? ロゾか? 構わん。ここまで来ればいい」

「なっ!? 良いのですか?」


 騒音が近くまでやってくる。通すも何もすぐに来るのだろう。オスクロルは慌てる兵士を見て、そんなことを思う。


「さて、先ずは肩慣らしと行こうか」


 腰を上げる。黒と紫に染まった鎧が軋んだ。ここからが本番だった。雑兵のくだらない理念に付き合わず、目的のみを追っていく。自分にはそれができるだけの強さがあると信じて。


 扉の前まで歩む、そして取手を掴む。開ければきっと、レゾンやロゾがいるのだろう。積年の恨みを募らせた首長たちが。貧弱な魔力を懸命に研ぎ澄ませてーー


「......!」


 瞬間、オスクロルは感じ取った。扉の奥にいる存在を、強さを。圧倒的な魔力を内包した者がこちらに近付いてくる。それは彼らの貧弱なものと違ってーー


 扉が光る。いや、部屋全体を覆う程の光が、オスクロルの前に現れる。次に起こる事態は予想できた。おそらく強力な一撃が扉越しから来るに違いない。


 常人では見逃しそうな一瞬の間にオスクロルは即断した。すぐさま後ろに飛ぶ。間髪入れずに扉を、壁を吹き飛ばしながら半裸の巨漢が部屋の中へ入ってきた。彼が確認できたのはそこまで。正体がプレゼンス・デザイアとまで判別する余裕はなかった。


 プレゼンスは止まらない。突き出した槍を引っ込めず、オスクロルを素早く追随した。


「闇魔法、“冥の大鎌”」


 オスクロルは何処からともなく現れた黒紫の鎌を手にすると、思いっきり横に薙いだ。それだけで部屋の上部が消し飛ぶ。月明かりが部屋に差し込み、真っ暗だった世界を照らす。しかし、手応えを感じないし、骸が見えない。代わりに背後から圧力がーー


「ほれ、挨拶代わりじゃ」


 軽い一言とは裏腹に、当たれば即死であろう一突きが飛んでくる。鎌を振り切り、伸びたオスクロルが回避するのは困難な状態だった。しかし彼は身体を強引に回転させ躱す。そして、そのまま距離を取った。動きを止め、対峙する2人。


「フハハッ、フハハハハ! い〜やいやいや、レゾンかロゾか知らんが考えたな! よもやプライドを捨て、最初から別の刺客を迎えようとは! フフフッ」

「......参った、えらく強いな」


 フードの奥で笑みを浮かべるオスクロル。対するプレゼンスは真剣な表情で槍を握り直した。


「その槍さばき、半裸の巨漢! あらかたの検討はつくが許そう。名を名乗れ」

「キングプロテア王国、七栄道が1人、プレゼンス・デザイア。お前の首を取りに来た」

「だろうな。参考にならんが一応聞いておいてやる。そちらの王は最近序列を設けたのだろう? 是非とも教えてくれ」


 そこで初めてプレゼンスは、真剣な表情を解いた。そして半ば呆れた様子で、


「序列か? 七位じゃ。だがあれは8年前の話だろうに。レゾンもそうじゃが、そこまで序列に拘る意味があるのか?」

「俺にとっては最近の話で興味ある話だ。それにしてもーー」


 今度はオスクロルが笑みを止める。


「お前が七位? 俺にはそう見えないが。この間戦った王族様と同じくらいの実力者に見えるが」

「ガハハハッ! まさか、ワシがグラジオラスより強いわけあるか! 奴は序列三位だぞ?」

「あぁ、そうか。気のせいであれば俺の目は節穴だったようだ」


 しばらく経っても誰も駆けつけない。敵も味方も。多分、一騎討ちになるよう計画されていたのだ。それも随分と前から。


「ワシからも聞きたい」

「良いぞ、俺は寛大だからな。冥土の土産ではないが答えてやる」

「“トレラント・デザイア”という人物に覚えはないか? お前たちの誰かが殺したはずの人間を」

「い〜や〜? 弱者の名などいちいち覚えないからな」


 オスクロルが鎌の刃を軽く撫でる。そして嘲笑うかのようにプレゼンスの方を指差すと、


「だが、その槍には見覚えがあるなぁ。お前と同じ半裸の男が持っていた。なんだったかな、肩書きはーー」


 そこで彼は言葉を止める。目の前にいる巨漢の魔力が膨れ上がるのを感じたからだ。


「......一発でアタリを引いてしまったの」

「だったらどうする? 仇討ちか?」

「ワシも数多の命を奪った身。元より仇討ちなんぞ柄ではないがーー」


 プレゼンスは一歩踏み出す。地面がひび割れ、破片が舞った。


「我らの悲願ゆえ、貴様の命ッ! このワシの手で必ず奪ってみせよう!」

「ククッ、そう来なくては面白くない」


 合図は要らない。互いの殺気が教えてくれる。両者は同時に動いた。邪魔者はいない。いや、いても介入なんてできない。


「まだ魔法(ふだ)はあるだろう? 早く切ってくれよ! でないと殺した後の始末が悪い!」


 オスクロルが黒い瘴気を矢のように飛ばす。


「あいにく強化魔法(これ)で全てだ!」


 迫り来る闇を、プレゼンスが槍一つで振り払った。


「フフフ、そうかい。シンプルな力で助かる。闇魔法! “冥の王冠”!」


 魔法を唱えたオスクロルの姿が完璧に消える。直後、プレゼンスの槍が空を切った。気配をたどろうとするプレゼンス。感じない。魔力は? これもダメだ。残り香しかない。


「......これが冥土の土産だ。もう一つ俺から教えてやる」


 そこら中からオスクロルの声が反響する。


「この魔法こそ、トレラントとやらが屈した魔法よ」

「......っ!?」


 今度は背後から聞こえてきた。確かに今、自分は背後を、虚を突かれている。プレゼンスがそう判断した時、手遅れだった。ガードが間に合わない。オスクロルが大鎌を一閃する。腰を目掛けて横一文字に、思いっきり振る。


 ガキンッ!


「......は?」


 次の瞬間、オスクロルは目を疑った。腰に横一文字、確実に捉えた。で、実際生身に当たった。なのに見えたのは半裸に弾かれる自身の鎌で、聞こえたのは甲高い金属音。


「......お返しにワシからも教えといてやる」


 即座にオスクロルの首を掴むプレゼンス。


「強靭に鍛えられたシンプルな力ほど、怖いものはない」


 そして、胸目掛けて思いっきり槍を突き上げた。衝撃に耐えられず吹き飛び、地面に叩きつけられるオスクロル。腹部からは大量の血が流れていた。


「ガフッ! ......フフッ、フハハハハッ! ゴフッ!」

「......ホントに呆れたやつじゃ。胸を持っていったつもりだが、間一髪位置をずらしおって。ほれ、演技は要らんからシャキッとせんか」

「......バレていたか」


 起き上がる彼の周りに黒い瘴気が取り巻く。やがてそれは腹部へと集まり、傷を修復した。険しい顔付きをするプレゼンス。


「いやいや、いけないな。つい侮ってしまう。これも俺の悪い癖だ。でもそれはお前たちだって同じこと」


 平然と歩き出すオスクロル。


「......何が言いたい?」

「俺をお前如きが殺せる? その間違った考え、死をもって正してやろう」


 上空を覆うほどの瘴気を展開しながら、彼は不敵に笑った。

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