第46話 戦鬼と反撃
思えばこうなるのは必然だったかもしれない。
『我らの祖先は人間であった。今となってはこのなりだが、いつか必ず元に戻る術を探そう』
戦鬼の首長であった父が残した言葉である。かつては人間。今や戦鬼とワーウルフ。片や強者のみの世界を目指し、片や弱者との共存を望んだ。2つの種族は、呪われたように何代も何代も互いの理念を主張しつつも、1つの国として共に戦っていた。
だから、こうなるのは必然だったかもしれない。
『決めた。お前を支える。お前たちの理念を尊重する。こんな争いは俺たちの代で終わらせよう』
屈託ない笑顔で語るロゾ。いつか、ワーウルフの首長となる幼い頃の彼は、とても眩しく見えた。だが、今やどうだ。オスクロルに敗れた自分たちは彼に抗うことができず、ロゾは彼の理念を追うように強さに執着した。
いつかオスクロルの首を、国の覇権を獲ろうと媚びへつらいながらも必死に強さを追い求めた。その為には弱者すら切り捨て、屠り......そこにかつて眩しかった彼は居なかった。種族の呪われた宿命からは逃れられないのかもしれない。
多分、最後の説得も無駄に終わるだろう。レゾンは覚悟を決めた。自分の正義を貫くと、間違いを侵す彼を正すと。いや、もしかしたら彼の方が正解なのかもしれない。こんな争いばかりが跋扈する時代に弱者を抱え続け、戦うのは愚かなのかもしれない。
それでも今日、決着を付ける。再び覇権を握ることを夢見て、再び同じ理念を掲げることを夢見て。それが叶わぬならーー
◆
およそ建物と呼べるものがないルピナス王国の中に、1つだけしっかりとした建造物がある。殺風景な景色の中、異彩を放つ城。ルピナス王国の主城だ。
キングプロテア王国の人間でこの城を眺めたことがある人間はごく僅かだろう。もしかしたら、自分たちが初めての1人かもしれない。そんなことをゼデクは思う。辺り一面暗闇が、それらを点々と照らす松明が、城を幽鬼なものへと見せる。
残念ながら、ゼデクたちがあの城に行くことはなかった。向かうのはプレゼンスだけで、ゼデクたちは周囲の制圧に尽力するからだ。
「そういえば、あの後何聞いたの?」
隣で縛られてるエドムが聞く。
「......今はまだ言えない」
「知ってる」
「ならなんで聞いた」
「浮かない顔してたからさ。ほら、こんなにも仲間が心配してるよ? 教えても良いんじゃない?」
「笑顔で心配するやつなんて見たことないよ」
そんなやり取りを続けて、ゼデクはひたすらに誤魔化した。他人に言えないのは事実だったからだ。彼はそれ以上追求しなかった。長話できる環境ではない。
たまにすれ違うワーウルフを檻から見ては、ヒヤヒヤする。ひょっとしたら、計画はバレているかもしれない。失敗しないとも限らない。なんて、あらぬ考えが頭の中を駆け巡る。だからそれを利用するかのように、ゼデクは余裕がない自分を演じた。
「ーーそうだ。プレゼンスの入った檻は主城内へ運べ。王がご所望だ」
レゾンの声が聞こえた。当然嘘である。彼の耳には届かないよう、戦鬼の間でやり取りが行われているはずだ。ここからはプレゼンスたちと別行動になる。主城に運ばれていく車をガゼルがじっと見つめていた。ゼデクはそのことに気付く。
「お前はこっちで良かったのか?」
小声で耳打ちする。
「うん。ゼデクに付いていくって決めたから。別にこれが今生の別れでもないしな」
「そうか」
「......」
尚も視線を外さないガゼル。言葉と裏腹に彼の表情には哀愁が漂っていた。彼は今、何を思いながら見つめているのだろうか。
「早く出ろ、捕虜共」
檻を開けたレゾンが、ゼデクたちに荒々しい声をかける。彼はもうスイッチを入れたようだ。普段からの豹変振りに少し戸惑いを覚えながらも、こっそり背後に武器を抱え、ゼデクたちは外に出た。
周りを見回す。広場のような場所だった。石組みで円形状に造られた床に、高くそびえる塔が一つ。その塔の上部には時計が。針は11時55分を示していた。ゼデクはそれを見て、緊張感を高める。作戦開始は12時。あと5分もすれば、ここは怒号が行き交う戦場と化すだろう。
「お〜? 本当に捕虜を連れてきたんだな、レゾン!」
と、聞き覚えのある声があがった。酷く不快な声。そう感じるのはゼデクだけだろうか。奥からワーウルフの一団がこちらに歩み寄ってくる。先頭にいるのはーー
「嬉しそうだなロゾ」
「あたりめぇよ! 捕虜を嬲るのは楽しみの一つだからな! で、プレゼンスはどこだ? お前なんかがよく勝てたんもんだ」
「主城内に送った」
「ケッ、終わったな。王に殺される前にもう一度ツラを拝んでおきたかったぜ。......お? お? お?」
ワーウルフの首長、ロゾがゼデクたちに気付く。表情をより歓喜なものへと変化させ、いやらしく牙を見せつけた。背後で時計が56を示す。
「なんだよ、お前ら捕まったのか! ほんっと救いようのね〜雑魚共だな! レゾン、コイツら俺にくれ! お前、捕虜に興味ないだろ? 嬲りたい!」
「......それはできない。俺の獲物だ」
「なんだよ〜、連れねぇなぁ〜。あ、ついにお前もこっちの道へ来るのか!? 俺はいつだって歓迎だぜ!」
それにレゾンが眉を潜めた。背後で針が57を示す。
「なぁ、ロゾ」
「なんだぁ?」
「これが最後の警告だ。お前こそ、俺たちの方へ来い。昔、夢見たようにーー」
「はっ、弱者を抱えるなんてもう御免だ。そんなヌルいこと言ってるからいつまでたっても後れをとる」
しばらく睨み合う両者。ゼデクは密かに自身を縛る鎖の確認をした。異常なし、すぐに解けるようになっている。針が58へと傾く。
「......お前も変わったな」
「お前は昔と変わらない。それじゃあ弱いまま。まぁ、良い。今はガキだ! さて、どう嬲ってくれようか」
ロゾがゼデクたちに近付いてくる。そして見つめる。値踏みするように、恐怖を煽るように周りをグルグル回りながら。ついに針が59になる。戦鬼の顔つきが変わってきた。
一周回ったところで、ロゾが立ち止まる。やがて何かに気付いたような仕草をした。
「おい、レゾン」
「なんだ、まだ何かあるのか」
「コイツら捕虜だよな?」
「何を今更、当たり前だ」
「じゃあなんでコイツら武器をーー」
針が音を立てた。それは合図。瞬間、ゼデクは鎖を解く。そして、
「こういう意味だッ!」
今までの恐怖を、恨みを払うように、ロゾの顎を蹴り上げたーー




