第45話 王花と昇藤 3
「武器だけ寄越せ」
レゾンが太い腕を差し出す。その言葉に、ゼデクはあることを思い出した。
『良いですか、四六時中肌身離さず持ち歩いてください。特に鞘。何があっても、です』
かつてエスペルトが放った言葉である。ゼデクは伸ばしかけた手を止める。そしてエドムたちが武器を渡していく中、1人考えた。果たして今この刀を渡すことが正解なのか。
「どうしたの?」
「いや......まぁ、な」
怪訝そうに尋ねるエドム。彼はそれに、詰まりながら返事をした。
『う~ん、強いて言うなれば、迷彩を施してるからでしょうか? それと細工のことは他言無用でお願いします』
この刀を渡す時、エスペルトはそう言っていた。事情は誰であれ、話すべきではないだろう。問題は“誰に対しての迷彩”か、である。
少なくとも渡される以前より一緒にいたエドムたちに向けてではないだろう。では目の前にいる戦鬼の首長は? わからない。何を隠そうとしているのかもわからない。どうするべきか? ゼデクは必死に考えた。
「どうした? 渡せないか?」
ついにはレゾンまで怪訝そうにこちらを見始めた。時間は限界のようだ。ゼデクはとっさにプレゼンスの方を見た。彼なら何か知ってるかもしれないからだ。
元よりこちらの様子を伺っていたであろうプレゼンスは、ゼデクと目があった瞬間に頷いた。渡しても良い、彼はそう判断した。
「いや、少し高価なものだから躊躇ってしまった」
そう言って、今度こそ刀を差し出す。
「......千日紅刀? エスペルト所縁の者なのーー」
ゼデクから刀が完璧に離れると同時に、レゾンの目が大きく開かれる。何かに気付いたのだ。ゼデクは内心焦りつつも周りを横目に見る。反応をしたのはレゾンだけで、他の人に変化は見られない。
「どうした?」
今度はゼデクが聞いてみる。あくまで平静を装い、反応を伺ってみる。
「もしかして、お前がレティシア・ウィンドベル......? いや、キングプロテアの“鍵”の保有者は女と聞いているがーー」
「え?」
帰ってきた答えは突拍子もないものだった。ほぼ同時に声を上げる5人の少年少女たち。
「......いや、すまない。俺が馬鹿だった、忘れてくれ」
それ以上追求はないようだ。レゾンは苦笑いを浮かべながら武器を受け取る。その苦笑いにレゾンの優しさが垣間見えていた。ルピナス王国とはいえ、本当に優しい者なのだろう。そんなことを考えていると、
「そろそろ行かねばねらん」
プレゼンスがこちらに歩み寄ってきた。すぐにレゾンの表情が険しいものになる。
「この子供たちは置いて行け。オスクロル王の前に出すわけにはいかない」
「ガッハッハ! 子供と侮ることなかれ! そやつらは強いぞ? じゃが、奴の元には連れて行かん」
「どういう意味だ? プレゼンス(爺さん)」
ゼデクとレゾンがほぼ同時に尋ねる。オスクロル王はゼデクにとっても大きな目標である。それが叶わぬとなればーー
「ゼデク。お前はこやつに付け。オスクロルより前に、返さねばならん借りがあるのだろう?」
びくりと肩を震わせるゼデク。ルピナス王国は何もオスクロルだけじゃない。戦鬼の首長、レゾンと並び、もう一翼強大な存在がいる。かつて仲間を殺し、ゼデクと対峙し、屈辱を与えた男。
「戦鬼の首長と共に、ワーウルフの首長に借りを返してこい」
「......!」
ゼデクの胸の奥でしまっていた怒りが沸々と込み上げてくる。そんな彼をレゾンは複雑そうな表情で見ていた。やがて彼は頷くと、
「......わかった。オスクロルの元に連れて行かないというのであれば、俺が子供たちを預かろう」
振り返り歩み始める。こうして、ゼデクたちはオスクロルの居城を目指した。
◆
辺り一面、荒野が広がっていた。きっと無造作に続く茶色の大地。そう感じたのは夜だから。しかし、所々に紫色の花が顔を覗かせる。ルピナスの花だ。国の名に冠する花は、荒れた大地の風景に逆らうように咲いていた。もっとも松明の火が届く範囲でしか確認できないのだが。
そんな光景をゼデクは眺める。手には鉄製の手錠が、身体には何重もの縄が、そして周りを檻が囲っていた。その檻を載せた台車を引く戦鬼。
「今晩はここに留まろう。この村には戦鬼しか住み着いていない」
先頭から戻ってきたレゾンが顔を出す。彼らの拠点は複雑で、通過してきた中で戦鬼だけの拠点もあれば、ワーウルフだけの拠点もあった。もちろん、混雑する拠点も。
いずれも大きな岩場であり、家と呼べる家すらない。彼らの文化を否定するわけではないが、およそ国と呼ぶには少し躊躇いを覚えた。これがこの国の現状なのか。
「運ばれるだけでもなんか疲れるね。眠くなっちゃった」
当然、戦鬼の村に着こうがゼデクたちは檻の中にいるわけで、基本外に出ることはできない。エドムは気怠そうにあくびをした。
「なら寝てろよ」
「捕虜が寝るってまずくない? もしワーウルフに見られたらどうするのさ?」
「もう寝てるやついるんだから、今更1人増えたって大差ないよ」
「はは、違いない」
それにゼデクは横目で眺める。エドムのさらに奥ではウェンディたちが寝ていた。相変わらず呑気に寝る3人。そういえばワーウルフの首長、ロゾに襲撃された日もこんな感じだったか。
「今度は勝てるかな?」
「誰に?」
「ワーウルフの首長に決まってるじゃない。それとオスクロル王」
考えることは同じのようだ。
「次こそ勝たないとな。修行した意味がない」
「お、かっくいい〜。なんかゼデクだけ特別にやってたもんね〜。置いてかれた気分だよ」
茶化すように笑いながら、そんなことを言うエドム。ゼデクは少し返答に困った。
「寝てろ」
「なに? 照れてる? ならもっと言ってあげようか?」
「いらない」
「ははは」
言葉とは裏腹に中々寝付かないエドム。焦り始めるゼデク。実は寝てもらわないと困ることがあった。
「眠くないのか?」
「眠いよ」
「なら寝ろよ」
「嫌だ」
「なんでーー」
「だって寝たら君、抜け出すでしょ?」
「......」
やはりというべきか、バレていた。これから戦闘が始まるわけで、その前にゼデクはロゾに“鍵”のことを聞き出しておく必要があった。戦いの真っ最中に彼が死なないとは限らないからだ。
「“鍵”についてでしょ? 僕も色々考えてたんだ。君だけ行こうなんてズルいじゃない」
「......まさか、付いてくるのか?」
「もちろん!」
エドムはそう言うと自身の縄を解き手錠を砕いた。元より奇襲をかけられても抜け出せるように細工されているのだ。
「......はぁ」
今まで、誤魔化しに費やした苦労はなんだったのか。ゼデクはため息を吐きながら手錠を破った。
◆
岩穴の中に一際大きな戦鬼が一匹。揺らめく松明に照らされた報告書を読む。ついに反旗を翻すまで、2日を切った。悟られないよう色々努力をしたが、果たして成功するのか。いや、成功してもらわなければ困る。その為に敵国の手すら借りたのだから。
そこで入り口の方が何やら騒がしいことに気付く。程なくして足音も聞こえてきた。レゾンは松明の灯りを増やしながら、訪問者を待った。
「お前たち、抜け出してきたのか......」
「あんたに聞きたいことがあってな」
灯りから現れたのは2人の少年。ゼデク・スタフォードと、共にいた茶髪の少年だ。後ろで見張りの者が申し訳なさそうに立っていた。それを気にしてないように、軽く手首を振って退かせる。
「で、何を聞きに来たんだ?」
レゾンは諦めるような表情をすると、そばにあった小さな岩を指差した。座れという意味だろう。ゼデクとエドムはそれぞれ岩に腰掛けた。
「あんたは“鍵”を持っている」
「そうだな」
眉ひとつ動かさないレゾン。場合によってはタブーに触れそうな言葉だと思っていたが、彼は平然としていた。少し面食らいながらもゼデクは意を決して踏み込むことにした。
「単刀直入に聞く。“鍵”のコントロールをする術。知ってるなら教えてくれ」
「良いぞ」
「そうだよな、だと思ってこっちも色々準備をーーは?」
「良いぞ」
もう一度あさっさり答えるレゾン。今度は動揺を隠すことができなかった。いくら同盟国になる予定があったとしても、子供相手だったとしても、それは口が軽すぎるのではないのか? 2人して呆然とする。
「ほ、本当か?」
「“鍵”について聞きにきたのだろう? 予想はしていたさ。それとも違うのか?」
「いや、そうだが」
理由はわからないが、どうやら教えてくれるようだ。ゼデクは猜疑心の中で、少しだけ安堵を覚えた。
「二つ返事で了承したものの、何から話せば良いのかーー」
レゾンは顎に手を当てながら考える。しばらく間を置き、口を開いた。
「大前提として、“鍵”について説明せねばならん。まずはーー」
説明を始めるレゾン。そもそも“鍵”とはどのようなものなのか。
“鍵”、それは六国それぞれに、一つずつ保有されるもの。六つ揃えば聖地への道を開けるもの。膨大な力を内包し、保有者に大きな影響を及ぼすもの。
時に保有者に莫大な強さをもたらすも、誤用したり、無理に引き出そうとすれば暴走し、収拾がつかなくなる危険な存在でもあった。
「まぁ、本題はコントロール方法だ。期待してたお前たちには悪いが、確立した方法などない」
「え? それはどういう意味さ?」
エドムが拍子抜けた表情で問いかける。
「あくまで俺が俺であったからこそ、できた話だ。......そうだな、例えば茶髪の少年よ、お前はキングプロテアの“鍵”の保有者とどのような関係だ? この情報を知って何に役立てる?」
「僕? 関係ねぇ、関係関係......。僕の主人であって友達であって、やっぱり貴重な情報だから、彼女の為になる情報なら知っておきたいかな」
それにレゾンは頷いた。そして、恥ずかしそうな顔をする。
「俺の中の答えはそこにある」
「と、言いますと?」
「魔法は宿主を選ぶ。宿主が魔法を選ぶのではない。そして、その真価を発揮するには魔法が理想とした宿主の精神が必要なのだ」
なんだか頭が痛くなりそうな話ではあるが、ゼデクは少し理解することができた。ゼデクの中に潜む魔法。彼女は自分でゼデクを選んだと言っていた。そして、ゼデクの恋心に、友情に応えるとも言った。恐らくレゾンの言いたいことはそこにあるだろう。
「宿主の精神状態が危うければ、力のコントロールが疎かになる。“鍵”ともなれば尚更だ。周りから兵器として見られない我らからすれば、宿主自身を見てくれる存在や、それを跳ね除ける生きがいが精神の安定を助ける」
何か精神的な支えになるものが必要で、それを土台に飛躍するのだ。
「お前たちの保有者にとって大切なものが何かは知らないが、理解者は大きな助けになる。そして、もしお前たちが必要とされる存在であるなら一緒にいてやれ」
「と、すれば貴方にも大切な存在が?」
「まぁ、そんなところだ」
恥ずかしそう顔を背けるレゾン。エドムは構わず前に詰め寄ると、
「その方とも是非、話してみたいな!」
なんていう。それにはゼデクも共感した。果たして今の自分が支えになれているかはわからないが、同じような存在がいるのであれば、是非とも知りたかった。しかし、レゾンは表情を曇らせる。
「......残念ながら、お前たち相手では叶わない話だ」
「え?」
「もういい、夜も更けた。いい加減睡眠を取れ」
レゾンは先程、見張りの戦鬼と同じように腕を振る。これで話は終わりのようだ。立ち上がろうとする2人。だが、
「ゼデク、お前はもう少し残れ」
ゼデクだけは引き止められた。エドムも一瞬止まるが、レゾンが首を横に振るとやがて渋々出て行った。
「なんだよ。まだ何かあるのか?」
「お前は“鍵”の保有者か?」
「いや、違うがーー」
「ならば最後に警告せねばならない。お前自身のことを聞かせろ、できるだけ詳しくな」
これまでとは違い、凄まじい剣幕でレゾンはそう言うのであったーー




