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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第4章 少年と幾千幾万の願い 〜ルピナスの戦花〜
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第42話 少年と前夜 3

 時間の流れに緩急は存在するのか? とりわけ同じ日々が続いたり、何かに没頭する日々というのは速く感じるものだ。


 そんなことを考えながらゼデクは王都を歩いていた。前回歩いた時は戦の前日だった。そしてそれは今回も同じ。ゼデクは明日、ルピナス王国に向かう。


 相変わらずな喧騒。彼らはこのことを知らない。呑気に笑っている者もいれば、元気にはしゃいでいる者もいた。前回と違う点といえば、エスペルトがいないことだろう。彼がいないだけで、ゼデクに向けられる視線が激減する。それはゼデクの顔が広く知れ渡っていない意味を示しているわけでーー


「......?」


 目に止まるものがあった。以前、エスペルトと入った店だ。結局、ケーキ屋だかお菓子屋だかはっきりしなかったが、そんな店。その店の前に2人の人物が立っていた。


 紫髪のツインテール少女と中年の男。1人はゼデクもよく知っている人間、ウェンディ・フェーブルだ。そしてウェンディと同じく紫色の短髪をした男。2人仲睦まじそうに店の前にいる。男がウェンディの髪を撫でた。頰を赤らめ微笑む彼女。


「......」


 何か自分はまずいものを眺めているのではないか? ゼデクの胸にそんな思いが去来する。このまま撤退するべきか? 否、普段自分の色恋沙汰をかき回されているのだから、向こうのことを把握するのも罪ではないだろう。相手が中年なのもいただけない。


 すると先に、中年の男がゼデクに気付いた。すぐさま彼女に尋ねるように指差す男。彼女もこちらを向く。視線が合う。酷く嫌そうな顔をするウェンディ。明らかに“こっち来んな”の合図だった。


「あー、はいはい。わかったわかった。退けば良いんだろ」


 振り返ろうとしたところで、中年の男が手招きした。はて、どうしたものか、とゼデクは考える。ウェンディに視線で問いかける。首を横に振られた。それも激しく。


 しばらく奇妙なやり取りが続いたところで、男がこちらに歩み寄ってきた。ウェンディも観念するように付いてくる。男が近づいて来て、顔がはっきりとしてきた。中年であれ、かなり整った顔立ち。それでゼデクは気付く。そして邪魔したことに後悔した。


「よっ! 坊主、名前は?」

「ゼデク・スタフォードです」

「やっぱりか。いつも娘がお世話になってる」


 やはりそういうことだった。目の前にいる中年の人物。七栄道が一角、“守護神”と称えられる男。ウェンディの父親、アイゼン・フェーブルだ。彼女が嫌そうにするのもわかる。親子水入らずの数少ない時間を邪魔されてはたまらないだろう。


「いえ、こちらこそ。エスペルト共々、いつもお世話になっております」

「なんだよ、堅いなぁ〜。いや、エスペルトが迷惑なのは否定しないけどな? そうか、坊主がゼデク・スタフォード」


 アイゼンが少し屈んでこちらをジッと見つめる。


「......えーっと、何か?」

「坊主、理屈っぽい人間だろ?」

「へ?」


 理屈っぽい人間、突然そう言われても困る。まぁ、理屈っぽいのだとしたら、エスペルトの性格が色濃く反映しているわけで、あながち間違いでもないように思えた。


「俺も同じだったからさ、わかるんだ。遠い目をしている。いつも何かをするのに理由が必要で、遠くを見て探す。そんな目」


 いつも何かをするのに理由が必要で、この言葉にビクッとする。その通りだったからだ。目の前にいる男は何もかも見透かすかのように、こちらを見ていた。


「パ......父上。明日また前線に戻るのでしょう? 時間がありません」

「どうした? いつもみたいにパーー」

「いーいーかーらー! 行きましょう!」

「お、おう」


 ウェンディが目だけで“今は邪魔するな”と訴えてくる。当然状況がわかった以上、ゼデクも邪魔する気などさらさらない。


「坊主」


 ウェンディに背中を押されながらも、アイゼンが振り返った。


「理由を求めるのは悪くない。でもな理由なんざ案外足元に転がってるもんだ。お前はそれじゃあ不満か?」


 それだけ言い残して去っていく。しばらくその背を眺めていたのだが、


「お、いたいた。ゼデク、何街中ぶらついてんだよ」


 背後から声がかかる。ゼデクが振り返った先には半裸の男がいた。夜になると現れて、プレゼンスとの修行を補足する男が。


「街中もその格好って目立ち過ぎだろ」

「うん? あぁ、俺は別に良いんだよ。問題ない」


 問題しかなかった。だと言うのに、通り過ぎる人々が誰も彼を見ようとしない。そんな気がした。むしろ今だけはゼデクを見ている気さえするのだ。


「ほれ、最終日だ。行くぞ」

「......そーだな」


 不思議に思いながらも彼について行く。恐らく今日で最後の修行。前日まで続けるのも何だが、得られるものがあるのなら少しでも積んでおきたい。


 怪訝そうに眺めるウェンディの視線に、ゼデクはついぞ気付くことはなかった。


 ◆


「いい加減教えてくれよ」

「うん? 何を?」

「名前とか、なんでそんなに強いのとか」


 山へ向かう道中ゼデクは気になっていたことを聞いた。これが初めてではなく、もう毎日のように聞いた問い。


「そりゃ俺もジジイに鍛えられたからだよ」

「あんた誰だ?」

「ジジイの師団にいる人間」

「名前は?」


 すると半裸の男は振り返る。しばらく考えるような仕草を取って、


「今日で最後だろ? だから、お前が最後まで特訓をやり遂げたなら教えてやるよ」


 なんて言う。これもいつも通りの答えだ。最後まで頑張ったら教えてやる、この一点張り。


「最後といえばジジイとの修行、昼で終わったらしいな。どうだった?」

「どうも何も結局じいさんには勝てなかった」

「ははは、当たり前だ。一月でそこまで成長できたら苦労しない。もっと戦場に顔だすこったな」


 笑う半裸の男。確かにそうかもしれない。今現時点では届かないのだろう。でもそれで良いと思う。以前より遥かに強くなった。これもまた確かなことなのだから。


「安心しろ。代わりに俺がルピナスに行っても生き残れるようにしてやるよ」


 そう言いながら、何処からともなく槍を取り出す半裸の男。


「それ、どっから出した?」

「うん? あ〜、まぁそのうち分かる。ほれ、構えろ」


 そのうち分かる、とはどういうことか? 最後に何を教えるというのか? いずれにせよ、今日判明するに違いない。


「よ〜く感じとれよ」


 瞬間、男が煙のように消えた。文字通りパッと。


「......!」


 ゼデクは辺り一面を見回し、警戒する。先程までいた正面は愚か、どこにも見当たらない。


「こっちだこっち」


 首元の冷たい感触と共に声が聞こえた。ゼデクはバッと振り返る。そこには自身の首に槍先を当ててたであろう、半裸の男がいた。


「何をした?」

「それを見極めるのが課題だ。夜が明けるまでにはやってくれよ? ルピナス行くなら必須事項だ」


 そんな必須事項は聞いたことない。エスペルトもプレゼンスも言ってなかった。


「......聞いたことないぞ」

「エスペルトやジジイは知らないからなぁ〜。代わりに俺が教えてやらないと」


 半裸の男がまた煙のように消えようとする。完璧に消える前にゼデクが剣を振りかざすも捉えることは叶わなかった。


 急いでゼデクは辺りを見回す。見極める方法はどこかにあるはずだ。だからこそ、今こんな修行をやっている。


 今度は正面から槍が飛んできた。正確には、正面から非常に嫌な予感がした。ゼデクはそれを勘を頼りになんとか弾く。


「お、これくらい殺気剥き出しにするとダメなのか。まだ慣れない」


 半裸の男が姿を現わす。殺気を感じ取れたということは実体がそこにあるのか、はたまた攻撃する瞬間だけ実体が出てくるのか。


「よっしゃ、ガンガン行くぞ! ちゃんとコツ掴めよ!」


 再び姿を消す半裸の男。ゼデクはそれを必死に追うのであったーー。


 ◆


 木々をすり抜けて、額に暖かい光があたる。きっと朝日だ。あれ程まで真っ暗だった闇が嘘のように晴れる朝。


「あー、朝になっちまったなぁ〜」

「ほんとだよ。もう出発時間がくる」


 山の中で横になる2人。今日が当日だというのに、身体が動かなかった。実に馬鹿馬鹿しい話だった。


「それでもお前は見極めることができた。これはこの先、絶対に役立つ」

「......そうか」


 無言になる2人。ゼデクはしばらくの静寂を破ることにする。


「名前。教えてくれよ」

「名前なんか聞いてどーすんだか。......トレラント。“トレラント・デザイア”。それが俺の名前だ」

「思ったよりもなんか普通だな」

「はっ倒すぞ」


 彼はこちらを見ることなく、木々の先にある光を見つめていた。プレゼンスと同じ家名。それを聞いた時、ゼデクは1つの可能性を見出した。でもそれは、あって欲しくない可能性。


「あんたは行かないのか? あんたくらい強い人がいたら頼もしい」

「ルピナス?」

「ルピナス」

「俺かぁ。俺は良いよ、もう行ったからな。だからお前が代わりにジジイを支えてくれ」


 すると今度はこちらを向く。複雑そうな表情をしていた。


「もう聞くことはないか?」

「......もっと会うべき人いただろう? なんで俺選んだんだ?」

「気付いてたか」


 鎌かけるつもりで聞いた質問に、彼は思惑通り答えた。きっと彼はそうなのだろう。昔からずっと嘘がつけない人間で、どういう因果かこうしてここに居る。そして何故かゼデクを選んだ。


「偶々だ。偶々、俺の現状とお前の体質がマッチしただけ」

「......体質?」

「正確にはお前の中にいるソレが実現させてるのかもな」

「俺の中にいーー」


 そこで突然、猛烈な眠気が襲ってくる。これから出発しないといけないのに、大切なことを聞けそうなのに。半裸の男がそれを笑って眺めている気がした。


「最初は顔も見ぬ姫様の護衛なんて、って思ってたがーー」


 視界がぼやけてきて。


「こうしてお前みたいなやつが価値を見いだして、出会うことができてーー」


 瞼が重くなってきて。


「俺も少しは頑張った甲斐があったのかもなーー」


 やがて目を閉じる。


「ジジイのこと、頼んだ」


 その言葉を最後に、ゼデクは眠りにつくのであった。

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