第41話 少年と国王
「まったく、貴方と言う人はーー」
ゼデクの目の前に立つ人物が苦笑いを浮かべながら、横目に壊れた窓を見やる。国民ならば誰もが眺めたことのある風貌。七栄道が一角、グラジオラス・ウィンドベルの兄であり、レティシアの腹違いの兄。今、確かに国王がここにいた。
「おぉ! 王よ、何故謁見の間から出てきとる?」
「それは貴方のせいですよ。あのまま放ってたら謁見の間の扉すら蹴破ったでしょう?」
国王の後ろから、額に手を当てた男が顔を覗かせた。金色の鎧に身を包んだ爽やかな男。“黄金の英雄”ライオール・ストレングスだ。
「仕方ないだろう! 正面から入ったらグラジオラスの奴に邪魔されるではないか!」
「当然です、先輩がゼデク君を連れて来なければ普通に入れるんですよ。彼の判断は正しい」
「そこは譲れん!」
「も〜」
子供のように駄々をこねるプレゼンス。だが、ゼデクにそんな余裕はなかった。ついに城の窓を、それも謁見の間付近の窓を破ってしまった。さらに国王本人の目の前で。どこまでの横暴が許されるのか、今の自分では判別つかない。しかし、そんな彼を他所に存外明るい雰囲気であった。
「此度の話、是非この少年も同席させたい! 王よ、どうだ?」
「貴方からの願いは珍しいな。どれーー」
国王がゼデクの方に歩み寄る。そして凝視する。ただじっと、値踏みするように。
「君がエスペルトの元にいる、ゼデク・スタフォード君だね?」
「......! 私のような者の名など......身に余る光栄です」
「あははは。それはもう知ってるとも。普段そんな言葉遣いをしないことも、昔レティシアがお世話になったことも。何から何までエスペルトに聞いている」
それを知って尚、ゼデクに笑顔を向ける国王。普通ならば、一庶民に過ぎない男が王族の娘に手を出そうなど、許されることではないだろう。だが、ゼデクはこうして今日まで生きている。それはエスペルトのお陰か、はたまた自分の中に眠る力のお陰か。
さて、どう返事をするべきか? ゼデクは必死に頭を回転させた。今後のことを思うに、この返事は大きな選択になる。表情から、声色から、出すべき答えを導き出すのだ。
「ふむ、良い。私が君を評価するように、君も私を見定めると良い。どうだ? 君の目にはどう映る? 私は王に相応しい人間か? レティシアの兄として相応しい人間か?」
それについての答えはもう出ていた。国王として申し分ない男だと、素直に思う。ルピナスの国王より、圧倒的に器が大きいのだ。第一、普通の王はこんなこと言わない。十分すぎる人間。王としてはーー
「貴方はレティシア様の現状をどうお思いなのでしょう?」
「ふふ、いつもは呼び捨てなのだろう? 私に構わずこの場でもそう呼べば良い。......そうだね、彼女には只ならぬ負担を掛けている。とても申し訳なく思うよ」
心底残念そうな表情を浮かべる国王。他人なら胡散臭く感じられる言動でも、この男からそれを伺えないことにタチの悪さを感じる。
「なら兵器運用なんかーー」
「でもね、今の私たちには必要なんだよ。例え妹が犠牲になっても。聖地を開くためには、国の安寧のためには、彼女が必要なんだ」
「王よ、そろそろ本題に」
そこでライオールが話を切り、隣のドアに手を掛ける。
「あぁ、すまない。急がないとね。ここで立ち話もあれだから、隣の部屋に移ろうか。君もくると良い」
この話は終わりだと言わんばかりに笑みだけを残し、部屋の奥へと向かう国王。どうやら今のやり取りで自分を評価しろ、ということらしい。
歯痒いが、ゼデクはついていくことにした。とりあえず最悪の状況は脱したのだ。
何かの会議室だろうか? 華美な装飾を除いてはあまり特徴のない光景が待っていた。もっとも豪勢な部屋にゼデクが慣れただけかもしれないが。
中央に円卓が1つ。その円卓に向かう。国王と対になる位置にプレゼンスが座った。それぞれの後ろにライオールとゼデクが立つ。
「君たちも座ってくれ」
だが、ライオールは頑なに頷かず、
「いえ、畏れ多い。遠慮します」
と言い張るので、ゼデクもそれに習った。
「あははは、似た者同士だな。やはり親戚だと似通うものなのか?」
「今は本題に」
「......親戚?」
何やら興味深いワードが聞こえた。親戚、とは一体何を意味するのか? しかし国王はしまった、という表情を浮かべ、それ以上掘り下げようとしなかった。
「話は済んだか? して、今日ワシが呼び出されたということはーー」
今の今まで静かにしていたプレゼンスが口を開いた。それに国王は首を縦にふる。
「あぁ。前回の戦いでエスペルトが確約した。貴方に行って欲しい」
「うむ、序列や歳を考えてもワシが最適じゃろう」
「......本当に良いのかい?」
「グァッハハハハ! 何を今更! ワシに仇を討たせてくれ」
すると、国王がゼデクの方を向く。
「今日彼を連れてきたということはーー」
「そうじゃ! この少年もルピナスに連れていきたい」
それにゼデクは驚く。ルピナス王国にいく。つまり、彼らはこれからルピナス王国に侵攻するつもりなのだ。そして、今から自分も連れていく。プレゼンスはそう言った。
「彼は知らなかったようだが、大丈夫なのかい? この侵攻はーー」
「重要性はちゃんと理解しとる。一夜にして六国の情勢が一転するんじゃ、この一手に失敗は許されん」
それを聞いた2人は、それぞれ違った反応を見せた。顎に手を当て考えるような仕草をとる国王と、複雑そうな表情を見せるライオール。
「僕は反対したい。個人的な約束がありますから。今、彼に死んでもらっては困る」
先に口を開いたのはライオールだった。個人的な約束、とは前回彼に説教された時の“ゼデクの母との約束”を指しているのだろう。それに国王も頷く。
「そうだな。あまり本人を前にして言うのもはばかれるが、今の彼では力不足だ」
そう断言された。その国王の評価は二重の意味が込められているとゼデクはわかっていた。1つ目はそのままの意味。そして2つ目は“今の自分には妹を任せられない”という意味。
彼はそう評価したのだ。例え本人が意図していなくても、力不足という言葉は自ずとそこに帰結してしまう。だがゼデクは気にしなかった。自身が1番理解しているからだ。
それを承知で戦っているし、少しでも払拭しようと努力をしている。もう腐らずに進むと、いつか見返してやると決めた。だから、顔色1つ変えずにプレゼンスの返事を待った。
「ふはっ、ふはははははは! そうか、そうか、ライオール! お前がどのような約束を抱えたかはわからんが、それが目を曇らせてることはわかったぞ!」
突然、大笑いするプレゼンス。それに誰もが驚き、注目した。彼は立ち上がりゼデクを引き寄せると2人めがけて指をさす。
「確かに2人の目には少年が弱く映るやもしれん! ワシとて最初はそうじゃった! しかし、蓋を開けてみればどうじゃ。彼の精神は! 今まで積み上げてきた努力は! 成長は! 願いは! 誰にも負けぬものがある」
言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。ゼデクの瞳が大きく開く。ズルかった。せっかく国王の手前、動じない自分を見せようとしたのに。今、ゼデクは初めてーー
「この際じゃ、堂々と宣言しよう。誰がなんと言おうとワシは認めるぞ! この少年は“強い”! そして、いつか誰よりも強くなると!」
認められた。初めて強いと認められた。この男は国王相手にはっきりと宣言したのだ。今、自身が最も渇望していた言葉をかけるプレゼンス。彼の中には世辞も誇張もないのだろう。彼はそんな人なのだから。
「ほれ、お前も黙っとらんで何か言わんか! 眼前でアピールなんて早々にできんぞ!」
プレゼンスがゼデクの頭をワシワシと揺らす。ここまで来て何も言わないなんてできない。恥ずかしいにも程がある。
「お願いします。必ずや功績を立ててみせましょう」
あくまで強い言葉は使わない。これでも国王が相手なのだ。調子に乗らず、必要な意思表示だけをする。後は言葉を実現すればいい。
しばらく目を丸めてた国王だが、やがて微笑むと、
「ふむ、ならば君にも行ってもらおう」
そう答えた。
「王!」
「良いんだ、ライオール。私は信じるよ。エスペルトとプレゼンスが見込んだ男だ。だから次の戦いで証明してくれ。君がいかに強いのか......レティシアに見合う人間なのかを」
「そうと決まれば、早く続きをせねばならんな! さぁ、戻るぞ! 出兵に間に合わせるぞ」
プレゼンスはドアを開け、慌ただしく出て行く。ゼデクも慌てて追いかけようとしたが、一度国王の方を振り向き一礼した。
「ありがとうございます」
「......残念だが私やグラジオラスに妹を救うことはできない」
ゼデクはその言葉に思わず顔を上げる。そこには国王の変わらない微笑みがあった。
「本当に君が強くなれるのだとしたら......いつか妹を救ってあげてほしい。多分これは君にしかできないことだ」
「ーー何しとる! 早く行くぞ!」
「......行くと良い。期待しているよ」
チャンスを貰った。それも大きなチャンスを。とてつもなくプレッシャーのかかるものだったが、ゼデクは嬉しかった。浮かび上がる笑みを隠しながら、もう一度だけ一礼をする。もう臆さず進む。
ゼデクが外に出たところで、ライオールが国王に話しかけた。
「満足気なところ申し訳ないですが、本題の作戦。細かい日程、準備等、説明できておりません」
「あ......済まない、行ってくれるか? 多少の間は我が身くらい守って見せよう」
長年の配下であり、友であるライオールの呆れた声に、国王が申し訳なさそうに答えた。ライオールはわざとらしくため息を吐き、苦笑いすると、
「貴方も昔から変わりませんね。すぐに戻ります」
部屋を出て行った。途端に静かになる部屋。今日は慌ただしい日だった。そして、これからはもっと忙しくなるだろう。
「プレゼンス。貴方は最期の最期で見つけることができたのだな」
だからこそ、彼はこのタイミングで強行したに違いない。国王は1人天井を仰ぎ、想いにふけるのであった。




