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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第4章 少年と幾千幾万の願い 〜ルピナスの戦花〜
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第40話 少年と転機

 キングプロテアの王都“グランツ・ロード”。その主城の近くに墓場がある。それは、かつての戦で散っていった戦士の墓場。等間隔で綺麗に並べられた墓石の合間を、エスペルトは1人歩いていた。


 何故ここに来たのか? それは本人でもパッとしない。ふと、ここに来たいと思ったから。ここで眠る友に会いたいと思ったから。そんなところだ。やがて、1つの墓石にたどり着く。


「申し訳ない。前回と随分間が空いてしまいました」


 などと、しゃがみながら墓石に言ってみる。当然返事は返ってこなかった。やたら丁寧に掃除された墓石。よく人が来ている証拠だ。しかし、脇に酒瓶が無造作に置かれていた。


「相変わらず彼が訪れているようですね。これでは眠れないでしょうに」


 今度は笑ってみる。もちろん反応はない。エスペルトはしばらく思いふける。友の墓標、そして“彼女”と初めて出会った場所。そんな表現をしたら、ここに眠る主は抗議するだろうか。


『こんにちは。貴方が隣国から来た方ですか?』


 彼女が初めてかけてくれた言葉である。この国に来てからの初陣で彼を亡くした。当時落ち込んでいたエスペルトに、彼女は話しかけて来たのだ。


 金髪で青い瞳をした美しい少女。今思えば、あれは自身の人生における大きな分岐点だったかもしれない。そんなことを考える。


「貴方のような人がここ居るとは......」


 まさかーー


 エスペルトは一瞬自身の耳を疑った。彼女と似たような声がしたからだ。エスペルトは驚きがちに振り返る。そこには彼女がーー否、彼女によく似た少女が立っていた。今は亡き彼女の娘である、レティシア・ウィンドベルだ。


「なんだ、貴女ですか」

「なんだ、とはなんですか。失礼ですね」


 不満気な表情を浮かべるレティシアを、エスペルトは見つめる。すると、彼女はさらに機嫌を損ねた。


「どうしました? そんなに見つめて」

「いえ。こんなこともあるのだな、と」


 親子揃って似たような邂逅。もしこれが神からの悪戯だとしたら、相当にタチが悪い。ただ母と違って、娘の反応は冷たいものだった。もちろん心当たりは十分にある。


「それで貴女こそ何用で?」

「......癪ですが貴方と同じ用事です」


 レティシアが隣にしゃがむ。


「彼は将来、私が率いる魔法師団の副団長になる人でした」

「そうですね」

「でも不運にも戦場で亡くなられた。当時産まれてなかったとはいえ、私も少しお世話になりましたから」


 “鍵”を護るために設立された魔法師団。ゼデクの代で三代目だ。目の前で眠る彼はその初代に当たる。少なからず、レティシアも罪悪感を抱いているのだろう。本来なら要らぬ罪悪感を。


「ゼデクは大丈夫なのですか? 彼のようにならないとも限りません」

「それはもう、ご安心ください」

「そう言って今まで何人も死んでいきました。正直、貴方のことはわかりません。母も兄も皆、貴方を信じている。それが私には理解できない」


 複雑な表情を浮かべる少女。その通りだ。兄ならいざ知らず、母親が父親以外の男を深く信用するなど、只ならぬことだ。それはエスペルトも理解している。


「私やゼデクのことは放っておきなさい。それより貴女自身が大事です。“鍵”のコントロールは順調なのですか?」


 レティシアは肩をピクリと動かす。やはり“鍵”という言葉には敏感だった。そして、すぐに答えないことが彼女の現状を語っている。


「......時間がないのはわかっています」

「はて、まだそれなりに残っていますよ」

「ですが! その間にもゼデクがーー」


 それをエスペルトが指で制止する。


「先も言いましたが、今は貴女自身が優先です。自分のことを解決できない者が、他人を助けるなど以ての外」

「......」

「まぁ、安心してください。貴女も近いうちにコントロールできるようになります」


 困惑の表情を浮かべる少女。そんな表情も、母と似ていた。


「えらくハッキリと断言しますね」

「それはもう、信じてますから」

「......気持ち悪いです」

「締まらないなぁ〜。まぁ冗談はさておき、近いうちに転機が訪れることは確かですよ」


 すると、エスペルトは立ち上がる。


「もう帰るのですか?」

「気が晴れましたから」

「......母の墓は覗かないのですね」

「これ以上、貴女に嫌われたくありません」


 ところで彼女の周りに護衛が見当たらない。もし1人ならば自分が残らなければならないのだ。流石に1人でここまで出向いたとも思えないので、エスペルトは尋ねてみることにした。


「護衛、誰なんです? 見当たりませんが」

「お兄様が近くにいます。貴方の姿を見て私だけ行くよう促しました」


 それにエスペルトはムッとする。試しに遠くを見回してみると、木の下にグラジオラスがいた。彼の視線に気付いたのか、すぐさま顔を逸らすグラジオラス。


「これは1つやられましたね......」


 タチの悪い悪戯をする神様は、存外近くにいたのであった。


 ◆


「ふんっ!」


 豪快な掛け声と共に、巨大な拳が振るわれる。ゼデクはそれをかわした。以前よりも早く、以前よりも容易く。間髪入れず二の拳や脚が追随する。最初は認識することすら叶わなかった攻撃。しかし、今ではそれを受け流すことができた。


「ほんと何があったんじゃ? ここ数日の成長。眼を見張るものがある」

「何日も爺さんの動き見てるんだ。そろそろできなきゃ、自分で嫌になる」


 これは事実であり、少し語弊もあった。晩の半裸の男と手合わせ。それがプレゼンスの修行に順応するクッションになったのだ。少しずつだが彼に追いついている。ゼデクは今ならそう実感できた。


「ふむ、ならば踏み込まねばならん」


 プレゼンスが側にある槍に手を伸ばそうとしたところで、


「プレゼンス将軍!」


 2人の修行に割って入る者がいた。この国の騎士だった。どこかの魔法師団に所属しているであろう男。彼はプレゼンスの側まで来ると膝をつく。


「おぉ、グラジオラスのとこの者じゃな! して、どうした?」

「王が貴方を呼んでおります」

「......そうか。ついに来たか」


 何やら不穏な雰囲気になる。ゼデクはその様子を見守っていた。


「すぐに服を着ていただき、お一人で参上願います」

「なぁ、この少年を連れて行くことは叶わぬか?」

「ご容赦ください。そうグラジオラス様より命を受けています」


 するとプレゼンスは何故かこちらを見る。それに騎士も不思議そうにしていた。


「行ってこいよ、爺さん」

「......」

「......」


 しばらく見つめ合う2人。やがて、プレゼンスはニッと笑うと、


「なぁ、お前さん」

「はっ」

「許せ。事情は後からワシがグラジオラスに直接伝えよう」


 唐突に走り出した。それもゼデクを抱えて。騎士が言葉の意味を悟った時には、もう遅かった。


「ちょ、爺さん! 何する気だ!?」


 嫌な予感しかしない。驚愕の表情を浮かべた騎士がこちらを追いかけるも、どんどん離れて行く。


「無論! お前も連れて行くことにした!」


 構わず走り続けるプレゼンス。あの騎士は確かに王が呼んでいると言っていた。となれば今から自身が向かう場所は1つ。


「なぁ、爺さん! いくらあんたでもそんな横暴許されるのか!? 何で俺を連れてくのか知らないが、それはやめろ!」


 ゼデクを王の下に連れて行く。エスペルトですら実行しなかったことだ。敢えてやらなかったのか、はたまたできなかったのか。そんなことは知らない。だが、今のゼデクには後者としか思えなかった。


「爺さーー」

「お前は8年間、姫との約束を胸にここまで来た。ワシはそう聞いとる」


 いつになく真剣な表情をするプレゼンス。その顔に笑みはなかった。あまりの神妙さにゼデクは頷いて答える。


「齢16の少年が胡散臭い大人の垂らした糸に懸命にすがって8年。常人なら折れても死んでもおかしくない8年を経て今、この場にいる」


 王都の家屋。その上を半裸の男を担いだ半裸の巨漢が、怒涛の勢いで駆け巡る。


「きっとな、迷ったろう。人知れず涙を流した日もあったろう。終始振り回さればかりだったかもしれん。それで良い。お前はまだ16の少年なんじゃ」


 やがて主城が見えた。夕陽に照らされ、オレンジ色に染まる主城。その手前でプレゼンスは足腰をグッと沈めた。


「だかな、そろそろ転機が訪れて良いのじゃ。そしてその転機は、今のワシにしか引っ張れん」

「ーーなっ!?」


 次の瞬間、2人は跳躍していた。プレゼンスの巨体はあっという間に城の上層まで届きーー


「お前の願い、受け取ると約束したからな」


 彼が笑ったところで、窓を突き破った。轟音と共に廊下に滑り込む2人。


「さて、謁見の間まで一直線じゃ!」

「その必要はない。プレゼンス、貴方は相変わらず滅茶苦茶な人だ」


 すぐ傍で声がした。そちらを見たゼデクの瞳が開かれる。会ったことがないとはいえ、国民であれば誰しもが眺めたことのある男。



 キングプロテア王国の国王がそこにいたーー

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