第39話 秘密と特訓
あれから何日経ったのだろうか? 何度も撃ち合って一週間は経ったはずだ。風が木々を揺らす音の中、土の上で静かに目覚める。
「おー、起きたか」
隣で座っていたプレゼンスが声をかけてきた。
「どれくらい寝ていた?」
「30分くらいじゃの」
「......そうか。じゃあ続きをーー」
身体があまり言うことを聞かなかった。全身が痛むというのに、心地良い疲労感が広がる。再び眠気に襲われていると、
「今日は終いじゃ! すまんがワシはこの後行かねばならんとこがあるからの」
プレゼンスは立ち上がった。辺りを見回す。もう日が暮れかけていた。彼はいつもこの時間になると、1人どこかに出かけるのだ。
「動けるか?」
「しばらくしたら行ける。構わず用を優先してくれ」
「そうか。早く帰るんじゃぞ? 間違ってもそこで二度寝はしてくれるな」
彼はいつも通りニッと笑うと。半裸のまま駆け出していった。
「......よし、動くな」
しばらくして、ゼデクは身体を起こす。横に添えられていた刀を握る。千日紅刀。自身には、あまりにも勿体ない代物。あれだけ雑に扱ってきても、未だに刃こぼれが見当たらない。そのことに感慨深くなり、一振りしようとしたところで、
「さっき“ジジイ”に帰るよう言われたろ?」
背後から声が聞こえた。ゼデクは振り返る。そこにはまた、半裸の男。当然、プレゼンスとは違う男だ。
「驚いた、ここに他の人がいるなんてな」
「別にいたって不思議じゃない」
「で、何の用だ?」
「ぐへ〜、愛想がないとこもアイツにそっくりだな」
半裸の男は苦笑いを浮かべる。半裸ということは、“願望の魔法師団”の団員だろう。そんな彼はゼデクに何の用があるのか?
「いや、毎夜毎夜ジジイがうるさいんだ。『お前に似たやつを見つけた』って。だからお忍びで会いにきた」
そんなことを言う。目の前にいる半裸の男とゼデクが似ているかは定かではないが、プレゼンスは毎夜この男に報告しているらしい。彼はゼデクの身体を観察すると、
「修行、順調に進んでないみたいだな」
そう判断した。そして、正解だった。何日も撃ち合ったが、進歩の兆しが見えない。だからゼデクは苦い表情を浮かべることで答えた。
「もう夜更けだが、まだ気力あるか?」
「......? あるにはあるが」
「なら、俺ともやってみよう」
半裸の男が構えながら言った。
「ほら、ジジイも不器用なとこあるしさ。その分俺が手伝ってやるよ。秘密の特訓ってやつ! なんかカッコいいだろ?」
「お前、強いのか?」
ゼデクは失礼を承知で聞く。なんやかんやいって、ゼデクもそれなりに強いのだ。彼が届かない七栄道やその副団長たち。そのゼデクと彼らの間にそびえる壁が高すぎるだけであって、国全体を見たとき、ゼデクに匹敵する人は少ない。
「あ! お前疑ってるだろ? 俺、こー見えて結構強いんだぜ」
そう言った半裸の男の手に、槍が握られていた。それにゼデクは驚く。いったい彼がいつ、槍を取り出したのか? 動きが見えない以前に、どこから槍を取り出したのか? いずれにしろ、只者ではない。
「さーて、いっちょやりますか!」
こうして、奇妙な男との秘密の特訓が始まった。
◆
「だっはははははは! おら! 酒だ酒だ! 飲め飲め〜」
「悪い。俺、未成年だ」
「んだー! じゃあ仕方ねーなぁ!」
ゼデクは半裸の男たちと酒に囲まれていた。たまには息に抜きも必要だ、そう提案したプレゼンスに従い、“願望の魔法師団”の官舎にて、みんなで馬鹿騒ぎをしている。もちろんエドムたちも一緒に。
「うっす! このオリヴィア、未成年故に酒は飲めませんが、麦茶一気やらせてもらいます!」
「うおおおおおー! 飲め飲めー! 嬢ちゃんノリがいいねぇ! 流石、クレールの姉貴の妹だぜ!」
オリヴィアがテーブルの上で一気飲みを披露する。煽てる団員。アホな光景を白けた目で眺めるウェンディ。ガゼルは相変わらず肉に執着していた。
「賑やかだな」
「......」
隣にいるはずのエドムから返事が聞こえない。横目で見やると、彼は既にダウンしていた。修行による疲労か、ひょっとしたら断る前に飲まされたか、真っ赤な顔で眠るエドム。
「......」
もう一度、中心の方を見やる。このアホらしい光景も嫌いじゃなかった。いや、むしろ好きなのかもしれない。ゼデクはそう思った。
“願望の魔法師団”。昔身寄りのなかった人を、プレゼンスがかき集めて作った魔法師団らしい。子供大人問わず皆彼のことを“親父”だなんて呼ぶ。でも、普通の家族と負けないくらい暖かい空間だった。それはプレゼンスの人柄が為せる技なのかーー
「最初はどうなるかと思ったが、最近だいぶ力を付けてきたな!」
両手に酒を抱えたプレゼンスがこちらに寄ってきた。ゼデクは酒の匂いに少し眉をひそめる。これだけはどうしても慣れない。
「爺さんのおかげだ」
「ガハハハ! エスペルトが土台を作ったからじゃよ。ワシはそれを引き上げたにすぎん!」
謙遜の形を取るプレゼンス。でもゼデクにとっては、2人とも感謝すべき存在だった。どっちが欠けていても、ここまでたどり着けなかっただろう。そして感謝すべき存在といえば、もう1人いた。
「そういえばいないな」
ここ最近、晩に付き合ってくれる男は官舎で見ることができなかった。今改めて探してみるも見当たらない。
「誰がおらん?」
「ほら、あの半裸の男」
「皆半裸じゃ」
「......そうだった。んー、他の特徴〜」
なぜか思い出すことができない。半裸というのは明確なのだが、他を思い出そうとするとぼんやりする。
「修行のやり過ぎで頭が呆けたな!」
「否めないのが悲しい」
「少し休養がいるやもしれん。......む、いかん! もうこんな時間か!」
唐突にそんなことを言い出すプレゼンス。今夜も例外なく、どこかへ出かけるらしい。
「毎晩忙しいそうだな。どこに行くんだ?」
「そうじゃな〜、お前が立派に成長したら、連れて行ってやろう! それまで待っておれ」
「楽しみに待ってるよ」
「期待はせんでいい、拍子抜けになるやもしれん」
プレゼンスは珍しく苦笑いを浮かべる。そして、彼は酒瓶を持つと立ち上がった。期待はしなくて良いと言った彼だが、やはり気になるものは気になる。そんなことを考えながら、去りゆく彼の背をしばらく眺めていた。
「ゼデクさーん! 一気しましょ! 一気!」
オリヴィアから呼ばれため思考が中断される。彼女は元気に飛び跳ねていた。両手には麦茶とーー
「おい! それ酒だ、酒!」
頭を傾けハテナを浮かべる彼女。理解していないようなので、すぐさま止めに入る。ウェンディがちゃんと見張っていたはずではないのか?
そんなことを考えるゼデクが、再びプレゼンスの背に視線を向けることはなかった。




