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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第4章 少年と幾千幾万の願い 〜ルピナスの戦花〜
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第39話 秘密と特訓

 あれから何日経ったのだろうか? 何度も撃ち合って一週間は経ったはずだ。風が木々を揺らす音の中、土の上で静かに目覚める。


「おー、起きたか」


 隣で座っていたプレゼンスが声をかけてきた。


「どれくらい寝ていた?」

「30分くらいじゃの」

「......そうか。じゃあ続きをーー」


 身体があまり言うことを聞かなかった。全身が痛むというのに、心地良い疲労感が広がる。再び眠気に襲われていると、


「今日は終いじゃ! すまんがワシはこの後行かねばならんとこがあるからの」


 プレゼンスは立ち上がった。辺りを見回す。もう日が暮れかけていた。彼はいつもこの時間になると、1人どこかに出かけるのだ。


「動けるか?」

「しばらくしたら行ける。構わず用を優先してくれ」

「そうか。早く帰るんじゃぞ? 間違ってもそこで二度寝はしてくれるな」


 彼はいつも通りニッと笑うと。半裸のまま駆け出していった。


「......よし、動くな」


 しばらくして、ゼデクは身体を起こす。横に添えられていた刀を握る。千日紅刀。自身には、あまりにも勿体ない代物。あれだけ雑に扱ってきても、未だに刃こぼれが見当たらない。そのことに感慨深くなり、一振りしようとしたところで、


「さっき“ジジイ”に帰るよう言われたろ?」


 背後から声が聞こえた。ゼデクは振り返る。そこにはまた、半裸の男。当然、プレゼンスとは違う男だ。


「驚いた、ここに他の人がいるなんてな」

「別にいたって不思議じゃない」

「で、何の用だ?」

「ぐへ〜、愛想がないとこもアイツにそっくりだな」


 半裸の男は苦笑いを浮かべる。半裸ということは、“願望の魔法師団”の団員だろう。そんな彼はゼデクに何の用があるのか?


「いや、毎夜毎夜ジジイがうるさいんだ。『お前に似たやつを見つけた』って。だからお忍びで会いにきた」


 そんなことを言う。目の前にいる半裸の男とゼデクが似ているかは定かではないが、プレゼンスは毎夜この男に報告しているらしい。彼はゼデクの身体を観察すると、


「修行、順調に進んでないみたいだな」


 そう判断した。そして、正解だった。何日も撃ち合ったが、進歩の兆しが見えない。だからゼデクは苦い表情を浮かべることで答えた。


「もう夜更けだが、まだ気力あるか?」

「......? あるにはあるが」

「なら、俺ともやってみよう」


 半裸の男が構えながら言った。


「ほら、ジジイも不器用なとこあるしさ。その分俺が手伝ってやるよ。秘密の特訓ってやつ! なんかカッコいいだろ?」

「お前、強いのか?」


 ゼデクは失礼を承知で聞く。なんやかんやいって、ゼデクもそれなりに強いのだ。彼が届かない七栄道やその副団長たち。そのゼデクと彼らの間にそびえる壁が高すぎるだけであって、国全体を見たとき、ゼデクに匹敵する人は少ない。


「あ! お前疑ってるだろ? 俺、こー見えて結構強いんだぜ」


 そう言った半裸の男の手に、槍が握られていた。それにゼデクは驚く。いったい彼がいつ、槍を取り出したのか? 動きが見えない以前に、どこから槍を取り出したのか? いずれにしろ、只者ではない。


「さーて、いっちょやりますか!」


 こうして、奇妙な男との秘密の特訓が始まった。


 ◆


「だっはははははは! おら! 酒だ酒だ! 飲め飲め〜」

「悪い。俺、未成年だ」

「んだー! じゃあ仕方ねーなぁ!」


 ゼデクは半裸の男たちと酒に囲まれていた。たまには息に抜きも必要だ、そう提案したプレゼンスに従い、“願望の魔法師団”の官舎にて、みんなで馬鹿騒ぎをしている。もちろんエドムたちも一緒に。


「うっす! このオリヴィア、未成年故に酒は飲めませんが、麦茶一気やらせてもらいます!」

「うおおおおおー! 飲め飲めー! 嬢ちゃんノリがいいねぇ! 流石、クレールの姉貴の妹だぜ!」


 オリヴィアがテーブルの上で一気飲みを披露する。煽てる団員。アホな光景を白けた目で眺めるウェンディ。ガゼルは相変わらず肉に執着していた。


「賑やかだな」

「......」


 隣にいるはずのエドムから返事が聞こえない。横目で見やると、彼は既にダウンしていた。修行による疲労か、ひょっとしたら断る前に飲まされたか、真っ赤な顔で眠るエドム。


「......」


 もう一度、中心の方を見やる。このアホらしい光景も嫌いじゃなかった。いや、むしろ好きなのかもしれない。ゼデクはそう思った。


 “願望の魔法師団”。昔身寄りのなかった人を、プレゼンスがかき集めて作った魔法師団らしい。子供大人問わず皆彼のことを“親父”だなんて呼ぶ。でも、普通の家族と負けないくらい暖かい空間だった。それはプレゼンスの人柄が為せる技なのかーー


「最初はどうなるかと思ったが、最近だいぶ力を付けてきたな!」


 両手に酒を抱えたプレゼンスがこちらに寄ってきた。ゼデクは酒の匂いに少し眉をひそめる。これだけはどうしても慣れない。


「爺さんのおかげだ」

「ガハハハ! エスペルトが土台を作ったからじゃよ。ワシはそれを引き上げたにすぎん!」


 謙遜の形を取るプレゼンス。でもゼデクにとっては、2人とも感謝すべき存在だった。どっちが欠けていても、ここまでたどり着けなかっただろう。そして感謝すべき存在といえば、もう1人いた。


「そういえばいないな」


 ここ最近、晩に付き合ってくれる男は官舎で見ることができなかった。今改めて探してみるも見当たらない。


「誰がおらん?」

「ほら、あの半裸の男」

「皆半裸じゃ」

「......そうだった。んー、他の特徴〜」


 なぜか思い出すことができない。半裸というのは明確なのだが、他を思い出そうとするとぼんやりする。


「修行のやり過ぎで頭が呆けたな!」

「否めないのが悲しい」

「少し休養がいるやもしれん。......む、いかん! もうこんな時間か!」


 唐突にそんなことを言い出すプレゼンス。今夜も例外なく、どこかへ出かけるらしい。


「毎晩忙しいそうだな。どこに行くんだ?」

「そうじゃな〜、お前が立派に成長したら、連れて行ってやろう! それまで待っておれ」

「楽しみに待ってるよ」

「期待はせんでいい、拍子抜けになるやもしれん」


 プレゼンスは珍しく苦笑いを浮かべる。そして、彼は酒瓶を持つと立ち上がった。期待はしなくて良いと言った彼だが、やはり気になるものは気になる。そんなことを考えながら、去りゆく彼の背をしばらく眺めていた。


「ゼデクさーん! 一気しましょ! 一気!」


 オリヴィアから呼ばれため思考が中断される。彼女は元気に飛び跳ねていた。両手には麦茶とーー


「おい! それ酒だ、酒!」


 頭を傾けハテナを浮かべる彼女。理解していないようなので、すぐさま止めに入る。ウェンディがちゃんと見張っていたはずではないのか?


 そんなことを考えるゼデクが、再びプレゼンスの背に視線を向けることはなかった。

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