第37話 少年と願望
「......俺の願い」
「そうじゃ、お前の願い。その答え次第でこの門を開けよう」
ゼデクは再び官舎に目を向ける。この奥には彼の魔法師団員がいて、きっと日々の修練に励んでいるのだ。彼らがどれくらい強いのかは知らない。でも今の自分と違って、腐らずに前に進んでいる。
ゼデクの願い、それはーー
レティシアとの恋を成就したい、その為に名声が欲しい、強さが欲しい。惨めにならないような強さを、戦場で恥をかかない為の強さを。
常に望んでいたことだ。
が、目の前にいる男にレティシアとの約束を教えることも気恥ずかしい。それ故に、ゼデクは伏せることにした。
「......強くなりたい」
「何の為?」
「戦場で醜態をーー」
「違うな、姫と結ばれたいのじゃろ?」
「......!」
あっさりと看破され、驚くゼデク。姫、おそらくはレティシアのことを指す言葉。つまりこの男は彼の事情を全部知っていた。心当たりはもう1つしかない。
「エスペルトか」
「お前には悪いが、そう聞いてしまった」
ニッと笑うプレゼンス。どういうつもりか、エスペルトは話してしまったらしい。ゼデクは観念する。
「あぁ、そうだ。そうだよ。で、これを聞いたらどうするつもりだ? 阻止するか?」
「まさか、お前の願いを尊重しよう」
ゼデクはそれにギョッとする。時と場合によっては大罪人として処されてもおかしくない願望。それを彼は言い切る。お前の願いを尊重すると。
「......正気か?」
「ガハハハ、エスペルト同様捻くれとるの〜! 言葉を素直に受け取れ。その願い、人によっては意見が分かれるのは確かだ。じゃが、ワシは人の願いを否定せんよ。どうして否定できよう? そこに信念がある限り、ワシは尊重する」
彼は笑うと、すぐに表情を変えた。真剣な顔だ。そして、圧倒されるゼデクにさらに問いかける。
「その上で聞く。お前は強くなりたいのか?」
「俺にはそれしか道がない......から」
あの日、エスペルトの手を取った瞬間から決まっていた。この恋を叶える為に、誰よりも強くなって彼との約束も果たす。できなければ死が待つのみだ。だからもう、進むしかなかった。
「いや、まだある。今ワシが願いを聞いたからな」
「え?」
「誰もが強くなれるわけじゃない。途中で斃れる者もおれば、壊れる者もおる」
さっき、ゼデクの胸中で浮かべていた言葉。それが、そのまま叩きつけられた。それに動揺を隠せなくなる。
「だからの、お前が戦いを放棄するなら、ワシが代わりに叶えよう。お前の友を守り、姫を守り、六国を制覇する! 平和になった後はワシやエスペルトの権限で姫と好きにすれば良い!」
「お前何言ってーー」
「グラジオラスも説得しよう! エスペルトが戦わぬお前を殺すと言うならば、防いでみせよう! さぁ、どうする? それでもお前は本当に強くなりたいのか?」
夢だ。夢のような話だ。自分は何もせずとも、この男が全てやってくれると言う。怠慢なこの身も守ってくれると言う。酷く魅力的な話。七栄道の一角がそれを保証してくれるのだ。信憑性はかなりある。なのに。
それなのに。
とても不快だった。ゼデクには、微塵の魅力もなかった。違う、何かが違う。
「じゃが、その時は姫にこう言わねばなるまい。『俺は強くなることを諦め、プレゼンスに全てを託す』と」
瞬間頭の中で、何かが弾けた。あの日の約束を反故にするのか? レティシアが、エドムたちが戦うのを黙ってみてるのか? その果てに結ばれる未来はーー
「望んじゃいない」
最初は利己的な理由で戦ってきた。
「......強くなりたい」
今だって利己的な理由だ。レティシアと結ばれたくて、自分の大切な人には生きてて欲しくて、自分にとって都合のいい未来を目指していて。
「道半ばで倒れるかもしれんぞ?」
戦いを押し付けられたかもしれない。
「強くなりたい」
仲間を押し付けられたかもしれない。
「ワシが代わりに叶えてやるぞ?」
運命を押し付けられたかもしれない。
「強くなりたい!」
でもいつだってそうだ。最後は決めた。他ならぬ自分自身で。こうして今、ここに立ってることは決して他人の意思なんかじゃない。
「この手で、俺の手でやらなきゃ意味がないんだ! そうレティシアと、みんなと約束した! 頼む、俺、強くなりたいんだ! もう誰も失わないくらいに、後悔しないくらいに!」
プレゼンスの肩を掴み、全力で叫ぶ。言わなければいけない。勘違いして欲しくなかった。もう迷わない。強くなれるとか、なれないとかじゃなくて、なると決めた。
「見てるだけだなんて嫌なんだ! あいつに強制なんかされてない! この俺の願いはっ! 他ならぬ俺自身のものだっ!」
そう叫び切る。訪れる静寂。プレゼンスはこちらを見据えていた。やがて、満面の笑みを浮かべると、
「よくぞ言った。その願いワシが受け取る......ついてこい」
扉を蹴破り、豪快に入りこんだ。ゼデクは一呼吸を置いて、その後に続く。“願望の魔法師団”、その官舎の中へと。
「......!」
「ようこそ、ゼデク・スタフォード! 我ら“願望の魔法師団”はお前を歓迎しよう!」
一歩踏み込む。すぐに喧騒が聞こえた。本当に建物の中なのか? そう疑う程に、開けた広場のような空間が待ち受けていた。そこには半裸の男たちがいて、酒を飲みながら騒いでいる。
「おい、お前ら! いつまで飲んでやがる! 修練の時間だ!」
「やべっ、親父が帰ってきたぞ!」
「はえーな! 親父ぃ、今日は用事あるんじゃなかったのかよ〜」
そんなやり取りをゼデクが見ていると、隣から声がかかった。
「よっ! やっと来たか、待ってた」
「お、おう」
そちらを向く。すると、ガゼルの顔が目の前にあった。吸い込まれそうな程に大きな瞳。しばらく見つめ合っていると
「ちょうど良かった。ガゼル、しばしゼデクを任せた。ワシはあいつらシメてからすぐに戻る」
「わかったよ、親父」
プレゼンスはガゼルの返事を聞くと、奥へと駆け出した。同時にドタバタと騒音が大きくなる。
「お前、ここにいたんだな」
「当たり前よ! 俺はこの団出身だからな」
相変わらず、謎のマッスルポーズを取るガゼル。そのマッスルポーズも、半裸な彼も今回ばかりは周りに溶け込んでいた。この空間で生活していたのであれば、いつも彼が半裸なのも納得がいった。......いや、だからと言って公の場で半裸なのは頂けないのだが。
「おっ、ゼデクだ」
さらに声がかかる。半裸の男ーーエドム・オーランドがこちらに駆け寄ってきた。
「3日のおさぼり楽しかった?」
「あー、その、なんだ。すまなかった」
ゼデクは目を背けた。3日サボったと言えばまだ響きは良いかもしれない。でも実際、彼らの知らないところで、心が折れる寸前まで腐っていたのだから、妙な罪悪感に苛まれる。
「良いよ、戻ってきたから。安心した」
爽やかな笑みで答えるエドム。ひょっとしたら、彼はゼデクの心境を察していたのかもしれない。これができる男の対応。しかし、半裸が全てを台無しにする。
「ところで、なんでお前も半裸なんだ?」
「それがここのしきたりだからさ。“プレゼンスの半裸伝説”に従い、誰でもこの団で修行するもの皆、半裸ってね!」
「ってことは、残りの2人はいないよな?」
「いるに決まってるじゃない。もちろん彼女たちも半ーー」
「あ、ゼデクさーん!」
タイミングよく背後から聞こえた声に、ゼデクが肩をピクリと震わせた。それにエドムがニヤニヤと笑う。
「ほら、呼んでるよ。振り向かないの?」
「どうせ服着てるんだろ?」
「なら振り向けば?」
ため息がちに振り向く。見える少女2人はいつもの格好。当然、彼女たちは例外のようだ。
「あんた今、変なこと考えてたでしょ」
「あぁ、悲しいです。ゼデクさんがそのような人だとは......レティシア様になんて報告すれば......」
「......」
ゼデクは弁明するのをやめた。いつもからかわれるのだ。一つ一つを相手するも疲れてきた。しかし、いつもと似たようなやり取りに、なぜか安らぎを覚える。
散々惨めに負けてきたが、彼らに助けられて、彼らを助けようとして、ここにいる。そしてありがたいことに、こうした日常が保てていたのだ。だから、今度こそちゃんとした形で彼らを守りたい。
「それじゃあ行こうか。多分、僕らと同じだからあっちでーー」
「いや、違うな」
気付けばプレゼンスが戻ってきていた。宣言通り、彼の脇には半裸の兵士2人がシメられている。
「違うってどういう意味だ?」
「お前には特別な場を設ける。ついて来い......これからの修行には、命を懸けてもらう」
プレゼンスが豪快な笑みと共に放った一言。それはゼデクが踏み出す一歩、その大きさを示すものであった。




