第36話 昇藤と誓い
眼前に広がる荒野。他人から見れば、殺風景かもしれない。だが、この国の人々はそれを愛した。この地が彼らを育んだのだ。
『“鍵”ってなんだよ。どんな理由であれ、お前を忌み嫌っても縛ってもいいわけじゃない』
ワーウルフの少年が苛立ちながら話す。
『......良いんだよ。力を持った以上、それを正しく使うことがその者の役目だ』
それを戦鬼の少年が笑いながら答えた。どれだけ蔑まれても良い。避けられ、利用されようと構わない。それで皆の平穏が得られるのであれば、喜んで我が身を差出そう。そう思った。
『あ? 良いわけあるか! お前はもう少し自分を大切にするべきだ!』
立ち上がり、懸命に主張するワーウルフ。衝撃で舞うルピナスの花。不思議にも荒野の中で綺麗に咲く、唯一の花。曰く、初代国王を象徴する花だとか。
『良い。構わない。お前の心意気だけで十分だ』
幾度となく救われた。こんなにも自分を大切にしてくれる友。彼に出会えただけでも自分は幸せ者だと、何度も何度も感謝した。この身に宿った力はきっと、彼らを守る為なのだと、1人胸中で確信する。
『......決めた』
『え?』
『俺はワーウルフの首長になる! で、お前は戦鬼の首長になれ。そしたら俺たちはこの国の頂点に立つ。六国を制覇して、お前を腐った運命から解放する!』
こちらを指差すワーウルフ。
『お前まで戦う必要はないんだ。俺の為にーー』
『俺はこの国の現状が気に入らないから戦う。これは俺の意思だ。文句あるか?』
風が吹く。彼を後押しするように強く吹く。それに花が舞う。貪欲に進めと言わんばかりに高らかに舞う。
『......良いのか? 良いのだな? きっと過酷な道だぞ』
『構わん! つーかな、お前も頑張るんだよ! 俺だけが首長になったって仕方がない』
この国を守る為、皆の為になればと最初は思っていた。でも実際は違って、心のどこかで救いを求めていて。きっと彼は救ってくれるのだ。ならば応えねばなるまい。我が友の願いに。自分の素直な願いに。
十数年の時を経て、彼らは族長となる。この国の人口の殆どを占める、ワーウルフと戦鬼。その族長になれば、国を制覇したにも等しかった。
これから、自分たちの国を創り上げる。皆が幸せで、友が幸せで、“鍵”に縛られない生涯。それらを手に入れるため、六国へと跳躍する。そう、願っていた。
そう、願っていたのだ。
あの男が現れるまではーー
◆
「なぁ、少年よ! お前の夢を教えてくれ!」
戦鬼やワーウルフに匹敵する筋肉・図体、白い髪に髭、どこか見覚えのある顔、そして何より半裸。ゼデクはこの老人に会ったことがある。会議だ。レティシアと再会したあの日、彼もまた会議にいた。
「落ち着いてください、プレゼンス。貴方は少々勢いが過ぎる」
エスペルトは苦笑いを隠さない。彼の一言で確信した。プレゼンス・デザイア。彼もまた、エスペルトと肩を並べる七栄道が1人だ。
「ガハハハ、すまんすまん!」
ゼデクは地面に解放された。思わず上を見上げる。やはり彼の図体は異常だった。顔を見る限り老人と判別がつくのだが、体格が老人のそれではない。
「どうです? 改めて彼を見た感想は?」
「気に入った! じゃが、今の態度は好かん。随分と腐った顔をしとる」
ゼデクはムッとする。実際、腐っているのは確かだが。側から見ても今の自分の表情は、そう映ってるらしい。
「本当にワシが預かって良いのか? 確かこの少年はペルセラルが見るはずの男だろう?」
「今の状態で彼の元に行けば、十中八九死にます。いえ、確実に死にます。ですから、貴方でワンクッションを」
「おい、物騒な言葉が聞こえたぞ」
ペルセラル、この名も聞いた覚えがある。しかし、明確に思い出すことができなかった。1人疑問に思っていると、
「会議前にあった男です。ほら、眼力だけで人を殺す彼です」
エスペルトが冗談っぽく言った。それで思い出す。名が一致することはなかったが、あの衝撃的な出会いを忘れることなどできない。会議前に出会った修羅の男だ。そういえば、とゼデクはついでに思い出した。
『ゼデク・スタフォード、もし死ぬ物狂いで道を駆け抜け、その果てに迷いが出たのであれば、俺の元に来るが良い』
彼がゼデクに放った言葉だ。迷いが出る、今がまさにその時ではないのか? 一瞬その思考がよぎったが、すぐに止める。エスペルトが言うには、殺されるらしい。
「よし、決まったな」
すると、プレゼンスが立ち上がった。
「本当に良いのだな? ワシが面倒を見ても」
「少し悔しい気もしますが、文官の私にはこれが限界なのかもしれません」
「そう自分を卑下するものではない! お前の積み上げてきたものは確かなものだ! ワシが保証する」
気付けばゼデクは、プレゼンスの脇にかかえられていた。あまりにも一瞬の出来事。
「お、おい!」
「さぁ行くぞ! 見ておれ、エスペルト! この少年はワシが必ず育ててみせる」
「ええ、任せました」
微笑むエスペルト。心なしか、本当に悔しそうな、そんな何かが垣間見える微笑み。それにゼデクは驚くも、彼は遠ざかっていく。プレゼンスが走りだしたのだ。
すぐさま屋敷を飛び出し、坂を飛び降り、家々の屋根を駆け巡る。半裸の男が少年を担いで疾走するのだから、もう絵面は大惨事だ。
「ど、どこ行くんだよっ? 勝手に話をーー」
「強くなりたいのだろう? ならば修行するしかあるまい。だがその前に聞かねばならんな」
飛びながらこちらを見るプレゼンス。その表情に、先ほどの軽快さはなかった。やがて、大きな官舎の前にたどり着く。ゼデクたちの魔法師団と違い、遥かに立派な官舎。きっと、彼ら“願望の魔法師団”の官舎だろう。
「他ならぬ、少年の口から聞かねばならん」
とても落ち着いた声音。彼がどれくらい真剣なのか、声音で、表情で伝わってくる。
「お前の夢を聞かせてくれ」
プレゼンスは、今日何度目とわからぬ質問を投げかけるのであった。




