第35話(閑話) 宰相と初恋 2
あの日、初めて彼女に出会った。
『こんにちは。貴方が隣国から来た方ですか?』
みっともなく沈んでいる時に出会った。
『そうですね。私がその余所からきた“裏切り者”です』
世界はいつも気まぐれだ。
『私、貴方を一目見たくて、ここに来ました』
突然、別れを突き付けたかと思うと、今度は出会いを押し付ける。それも酷く落ち込んでいる時、悲しんでいる時、苦しんでいる時に限って。世界は、まだこの舞台で踊れと言うのだ。
『はて、こんな自分に?』
『はい、そんな貴方に』
金の長髪が風で揺れる。エスペルトはそれを美しいと思った。素直な感想だ。
『それで、余所者の私を見てどう思いました?』
『とても不思議な方。そして、優しい方なのですね』
それを聞いて、エスペルトはむっとした。優しいと言われたのは初めてだから。
『優しい? 隣国を平気で見捨てた私が?』
『はい、隣国を見捨てた貴方が。......ってなんですか、この似たようなやりとり』
対して、彼女は笑っていた。恐らく、今のエスペルトにはできない表情。どうすれば彼女のように笑えるのだろうか?
『初陣での活躍、聞きましたよ。国中大騒ぎです。それはもう1番の手柄を余所者に取られただなんて言う人もいるくらいに』
『もちろん。たくさんの味方を踏みつけて手にした戦功ですから。私、味方の命も省みない外道なんです。貴女も罵ってみては?』
『ふふふ、そんな外道さんは墓前で泣いたりしませんよ』
そこで思い出す。2人は今、戦死者を弔う墓前にいた。
いつもは平静を装うことができるのに、今日ばかりはダメだった。とっさに流した涙を止めることができても、腫らした目はどうにもならない。さらに、墓前にいては説得力のない言葉。もう誤魔化せなかった。
『どうです? 少しお話ししませんか?』
最近は説明のつかない感情が渦巻く。
『貴方のお話、是非聞かせてください』
自分のことを仲間と呼ぶ人に抱いた感情も。目の前にいる彼女に抱いた感情も。
『隣国のお話とか、初陣のお話とか』
世界はいつも気まぐれだ。救いの手を差し伸べるかのように、残酷な運命を押し付ける。
『他ならぬ、貴方の言葉で』
この日、エスペルトは初めての恋に落ちた。
◆
「いい加減おきてくだせ〜。じゃないと捨てますよ〜?」
静かな森の中。辺り一面緑の世界ーーではなく、所々に血で彩られた赤が垣間見える。死体の山は最近まで戦場であったことを示す。その中を少女が歩く。少女の肩には、これまた少女が1人。
「あぁ? あぁあぁ、ごめんよ。もう良さそうだね。“暴君”も王族様もいない。......よっと」
肩にいた少女が地面に飛び降りる。衝撃で身体から血や臓物が飛び出たが、本人は気にも留めない。
「も〜その身体駄目なんです? さっきの混戦で新調したばっかなのに」
「次の身体、探すよ。今度は可愛い子が良いなぁ。いや、この子も良かったんだけどね? レティシアちゃんの身体とか志望します!」
「うわ、きめ〜」
半眼で軽蔑の視線を送る少女。
「だって母親似だもん! で、その母親は彼女に似てて! 殺すときっと気持ちいいんだろうなぁ......君の身体も中々に良さそうだね」
「死にやがってください。何ならウチがぶち殺しますよ〜?」
「冗談だって、怖いなぁ〜。絶対に勝てないし」
と言い、五体満足な少女を見つめる。彼女に勝てないというのは本当のことだった。今はもちろん、新しい身体を用意しても怪しい。それ程に彼女は強大な存在だった。
「しかし、もう少し眺めていたかったなぁ」
「あの少年?」
「そうそう。一瞬、彼の中から匂ったんだよね。懐かしい彼女の匂い」
「ストーカですか。本当にきめ〜ですね」
そう貶されても、少女は笑い続ける。
「いやね、良いとこで“暴君”や王族様が邪魔してきたんだよ。彼ら鋭過ぎない? 最近、俺の行動制限されてんよ」
「あんたさんがカスなだけですよ。もっと隠れてやればい〜んです、ああいうのは」
五体満足な少女は指を動かす。すると、目の前の景色が歪み始めた。やがて別の空間が開くと、
「じゃっ、ウチはこの辺で。後は好きにしてくだせ〜。死んでも知らんので」
「はーい。ありがとー」
空間の中に入っていく少女。それを骸はただ眺める。しばらくして、足の機能が停止しつつあることに気付いた。早く、次の身体を探さないと面倒なことになるだろう。
「うーん、今度の身体は〜迷うなぁ」
骸は......エルア・レインの骸の中に入った何かは、そう呟くのであったーー




