第31話 少年と夜襲
夜も更けてきた頃。
戦場を照らすのは、戦火と月星の輝きだけ。
それでも戦場を、結界を眺めるには十分過ぎる灯りだった。
いくつもの部隊が戦場を一望しては、突入していく中、未だに動きを見せない一団が1つ。
その先頭に立つ少女、レティシアが兄・グラジオラスに尋ねる。
「お兄様、本当に眺めるだけで良いのでしょうか?」
「良い。此度の戦は、お前が出向くようなものではない」
「代わりにしかと見届けよ〜ってね!」
「......口を挟むな、クレール」
背後で静かにしていたかと思えば、唐突に割って入るオリヴィアの姉、クレール・ローレンス。
彼のモノマネか、したり顔で少し凝った声を出す彼女に、グラジオラスは白けた視線を送る。
「ありゃ、下手くそでした?」
「あぁ、それはもう呆れるくらいにな」
「とかとか言って〜、毎回反応してくれる癖に〜」
「......」
グラジオラスは、彼女に視線を送ることも、返事をすることもやめ、再び戦場を眺める。
それに釣られたのか、クレールもグラジオラスの後を追った。
「やっぱり気になったり? 森の方」
「唯一、順調に物事が進んでいない地点だ。疑いの1つは出る」
「戦場というのは、そういうもーー」
「行ってくる」
「へ? 先輩?」
今は静かな森を見つめながら、グラジオラスは歩み始める。
周りの兵士は動かない。
“統制の魔法師団”
七栄道が1人、グラジオラス・ウィンドベルがまとめる魔法師団だ。
その名の通り、統率の取れた団員は、グラジオラスの意思をつぶさに推察し、汲み取る。
「お前はレティシアを守れ。団員は残す」
「何かデジャヴを感じる......」
クレールの呟きを拾うことなく、グラジオラスは走り去っていった。
知らぬ間に会話の主体が変わり、あまつさえ話し相手が消えて呆然とするレティシアに、クレールが微笑む。
「変わったね、貴女の兄様」
「え?」
「うーん、やっと妹離れしたというかなんというか。以前の先輩だったら、お前が見に行け、って言ってたと思うんだ」
「は、はぁ」
確かにそうなのかもしれないし、そうじゃない気もする。
彼と長年付き添った、仲間ならではの視点だからこそ、わかるものがあるのかもしれない。
「変わった言えば、貴女も」
「私が、ですか?」
「おうともよ! パレードの時より、ずっと良い目してる。何かありましたかな?」
グヘヘ、とおっさんのような声を出す彼女に気圧されながらも、レティシアはあの日のことを思い出す。
ゼデクたちのお陰で、前に進めたことを。
その彼らは今、森の方に出向いてるだろう。
そこに向かった兄の真意はわからなかった。
彼らは無事なのだろうか?
忌々しい結界に目を奪われながらも、考え続ける。
「黙ってないで、お姉さんに教えてくれたまえ〜。彼氏か! 彼氏なのか! お姉さんに黙ってお付き合いなんて許さないゾ! さぁ、相談するのだ!」
「......遠慮しておきます」
ころころと口調が変わるクレール。
黙っていれば、国随一の美人なのに、とレティシアは思う。
絡み続ける彼女の所為で、レティシアの思考が兄の真意に辿り着くことはなかった。
それがクレールの意図的なものとすら気付かずにーー
◆
森での戦闘は、ゼデクたちがワーウルフの一団を返り討ちにした形で、決着をつけた。
混沌と化した戦場も、夜の静寂と共に落ち着きを取り戻す。
今は静かな森の中。
そこに彼らは腰を下ろす。
「......疲れた」
「本当だよ。で、苦労したこの首にどのくらいの価値があることやら」
エドムが足下に転がった首を見る。
どこか上官らしきワーウルフの首だ。
側から見れば、誰も彼も似たような見た目なので、正直判別がつかない。
背後では、ウェンディたちが寝ている。
交代で休憩をしている最中だった。
「あ、いたいた。おーい、君たち!」
声が聞こえる。
そちらを見やると、声の主が仮の団長である、レオハートだとわかった。
座ったままというのも不味いので、2人だけでも、直ぐに立ち上がる。
彼は、それを手で制し、地面に横たわる首を見ると、
「あぁ、いいよ大丈夫だ。すまないね、1番の大物を君たちに任せてしまった。流石、団長たちの推薦を受けただけある。簡単に退けたね」
もはや量産型と化した、爽やかなイケメンスマイルを放つレオハート。
が、素直に喜べなかった。
実は襲撃してきたワーウルフの大半を、この男が1人で片付けたことを、ゼデクは知っている。
それは、エドムも同じようで、
「い、いえ。まだまだ、副団長には遠く及びません」
と、畏れ多そうに答えた。
副団長、とはエドムが元所属していた、“象徴の魔法師団”での、レオハートの肩書きだろう。
「あははは。いや、謙遜させるつもりじゃなかったんだけどね、ごめんよ。ゆっくり休んでくれ。僕は死亡者数を数えてくるよ。ついでに見回りも」
自分の存在がゼデクたちの休憩を妨げると思ったのか、それだけで去ってしまうレオハート。
2人は、少しだけ申し訳ない気分になった。
彼は彼なりに、自分たちの実力を評価してくれたのだろう。
ゼデクは寝ているウェンディたちに視線を向ける。
「それにしてもよく寝れるな。どうしても匂いが慣れない」
「まぁ、休まないと続けて戦えないしね。匂いに関しては同意だけど」
つい先程まで、戦場だった森。
下を見やれば死体・死体・死体。
過酷な戦場は、当然ケーキのような甘い匂いなんてしない。
そんな中、彼女たちはスヤスヤと眠る。
それも無防備に。
きっと、自分たちは信用されているのだ。
危険から守ってくれることも、襲ったりしないことも。
それがゼデクにとって、ちょっぴり嬉しかった。
仲間とは多分こんなものだろう、と1人心を温める。
少なくとも初戦は、彼らを守りきった。
仲間。
そういえば、エルアはどうなったのか?
彼女曰く、自分たちは仲間なのだ。
ゼデクは自身のチョロさを心の中で感じながらも、辺りを見回す。
どこにも見当たらなかった。
「誰探してるの?」
「エルア」
「あぁ、あの浮気相手の子?」
「いい加減、そこから離れろ」
「ごめんごめん。僕らの大事な仲間だもんね。確かに安否は気になる」
その言葉にゼデクはピクッと反応する。
彼らにとってエルアは、もう大事な仲間だそうだ。
「仲間ってどこからが仲間なんだろうな」
「急に哲学出てきたんだけど」
「簡単に増えすぎて、響きが安っぽく聞こえる」
すると、エドムが顔を真面目な顔をする。
「うーん、そうだね。互いをそう認められたら、仲間なんじゃない?」
「そういうものかね?」
「知らなーい」
「投げるなよ」
なんて、2人で笑っていると、袖を引かれた。
ゼデクは釣られ、後ろを向く。
思いの外、探し人は直ぐに見つかった。
「あぁ、良かった! 無事でしたか、ゼデクさん!」
全身傷だらけで、血まみれな少女。
エルア・レインだ。
それにゼデクは驚く。
「......! どうした? 何があった?」
と、尋ねるも、十中八九つい先程の戦闘であることは間違いない。
混乱した頭の中から出たのは、間抜けな質問だった。
混乱しているのは彼女も同じようで、
「子供が! 先程の混戦の中、子供がいてーー」
「はい? 子供? なんで戦場に子供なんかーー」
2人のやりとりを聞いた時、ゼデクの血が引いた。
記憶の片隅で危惧していたナニカが、再び前面に出てくる。
なぜ、今までこんなことを忘れていたのか?
さっき、レオハートに報告すべきじゃなかったのか?
「それで、それで、その子供を助けようと小隊のみんなでーー」
説明を続けるエルア。
親身に聞くエドム。
しかし、ゼデクは話の内容が頭の中に入ってこなかった。
ゼデクの中に潜む何かが、それを拒む。
「ーー私以外の仲間がみんな殺されて!」
『アレを見たらダメ。まだバレていないから』
あの時、ゼデクの頭の中で響いた声。
ゼデクの中に潜む、恋する乙女の声。
「私、逃げるのが精一杯で!」
「お、落ち着いて、ね?」
恐らく魔法が、思考を妨げていた。
「お願いです! 早く伝えないと! あの子供はーー」
ゼデクが思考から戻ってきた時、彼の視界が真っ赤に染まった。
生暖かい、赤い液体が自身に被るのを感じる。
そこらに散らばっているのと何ら変わらぬ匂いがする液体。
浮き上がる少女の身体。
その胸は、腕のようなものに貫かれていた。
滴る血。
静まる場。
誰もが、そこを注目する。
「第2ラウンドってとこかぁ?」
1匹のワーウルフが、暗闇の中から現れた。




