第30話 少年と戦場
それは唐突にやってきた。
一度の衝突だけで、何人か死んだ。
味方は兎も角、相手は陣形を保つことに執着しないようで、場は混沌としたものになった。
ゼデクは目の前でワーウルフが横切るのを確認して尚、子供を探し、追う。
何故か子供の存在にしか、集中できなかった。
アレを子供と呼べるか怪しいかもしれない。
先程、アレを見るなと頭の中で誰かが呟いた。
しかし、化け物じみた子供を放置することが、はたして正解に繋がるのだろうか?
「ゼデクッ!」
後ろからエドムの声が聞こえるのと同時に、腕を引っ張られ、引き寄せられる。
すると、先程まで自分が居た位置にワーウルフの鉤爪が振り落とされた。
「なにやってんのさ! 君らしくない」
「......すまん」
「フヒヒッ、惜しかったなぁ」
目の前で、人型の狼が喋る。
ワーウルフ。
どこか人間に似ているようで、人間じゃない動物。
人と同じように話し、道具を使い、生活する様から、かつては人間だったと噂されるが、今そんなことを考えている場合ではない。
ワーウルフが下半身の筋肉を軋ませる。
こちらに飛んでくることは目に見えていた。
ゼデクは腰の刀に手をかける。
エスペルトから押し付けられた刀。
曰く、千日紅刀で五指に入る名刀。
自身の魔法に呼応するような、赤い刀身の刀に、ゼデクは炎を纏わせた。
当然、自身の強化も忘れずに。
「子供を嬲るのはサイコーだぜ!」
気分の悪くなる台詞と共に、ワーウルフが飛び出した。
子供。
そう聞けば、先程の光景が浮かぶ。
アレもまた、酷く気持ちの悪いものだった。
向かってきたそれを、ゼデクは容易く両断する。
「がふっ」
「......くそ。お前の所為で見失った」
ワーウルフの所為、というのは責任の押し付けかもしれない。
最初からゼデクが追える敵でなかったことは、心の何処かで感じていた。
それでも、気持ち悪い光景はずっと脳裏を離れなくて、それを断ち切るようにワーウルフを斬った。
ゼデクは背後を確認する。
見知った仲間は無事だった。
少なくとも、いつもの4人は側で戦っていた。
すぐに、加勢に入る。
同じ要領で、ワーウルフを3体ほど斬った。
元より、七栄道に育てられた身だ。
未熟だの弱いだの言われようと、このくらいで負けるほどヤワではない。
「お世辞にも良い状況とは言えないわね」
辺りを落ち着かせたところで、ウェンディはうんざりとしながら呟く。
「当たり前だろ、奇襲かけられたんだから」
「なんで、隙突かれたんでしょう?」
奇襲をかけるつもりが、逆にかけられた。
事前に探知はしていたし、情報も行き届いていたはずだ。
なのに彼らは急に現れた。
やはり、心当たりが子供しか見当たらなかった。
「考えるのは後でお前らに任せるとして、まずは首だ! 首!」
ガゼルが両の手を上に突き上げる。
彼が脳筋なのはさて置き、まだ戦中であることは確かであった。
上を目指す以上、できるだけ値のある首を取る必要がある。
ゼデクは戦場を見回す。
荒れた森の中、一際目立つのが1匹。
この場のリーダーだろうか。
暴れている様子を見ただけで、自分たちよりも格上だとわかる。
「......あれか」
「むむむ、ちょっと大き過ぎる。勝てますかね?」
「まだ、七栄道ほどじゃないし、やるしかないでしょ」
ゼデクの心配を他所に、彼らの中では挑むことが決定しているようだった。
それを聞いて、ゼデクも腹をくくる。
「じゃあできるだけ静かに隙を見てーー」
「いっくぞぉぉぉぉ! 正・面・突・破ッ!」
「了解であります! 隊長!」
ガゼルとオリヴィアが駆け出す。
頭を抱えている暇も、いつ彼が隊長になったのかとツッコミを入れる暇もなかった。
少人数でいけば確実に殺されるのだ。
急いで彼らを追う。
「ははは。作戦立てる必要が無くなったね」
根本は何も解決できていないが仕方がない。
道中いた敵を斬りつつも、目的の前まで詰める。
既にガゼルが、斬りかかっていた。
隣でエドムが帯電するのを感じる。
きっと、ゼデクより速いエドムが、先に仕掛けるだろう。
ならば、自分は2人を陽動に一撃の機会を狙うべきだ、とゼデクは今後の展開を予想した。
予想通り、手前の2人では仕留めきれなかった。
その2人に気を取られていることに乗じて、ゼデクはワーウルフに斬りかかる。
燃え盛る炎を纏った刀が、ワーウルフを襲った。
「次から次へと、忙しいなぁ!」
完全に背後を取った......が、刀は届くことなく、ワーウルフの凶々しく発達した爪に弾かれる。
「......ちっ」
「へっ、イキの良いのが出てきやがった」
重い衝撃に耐えながら、さらに2、3合撃ち合うも、決着が付かない。
ゼデクは素早く距離を置いた。
そのまま5人が集まる。
「なぜ千日紅の男がいる?」
おそらく、ゼデクのことを指しているのだろう。
容姿・装備諸共、千日紅国のそれにしか見えない。
対して目の前にいるワーウルフは、遠くから眺めたよりも一層、大きな図体だった。
いや、図体のみならず、威圧感も魔力量も、全てだ。
「彼、どのくらいの人物......狼物だと思う?」
「なんだよ、その呼び方。......でもかなり上の方だとは思う」
情報を信じるなら、彼らの長は千日紅国と戦闘中だ。
と、すれば副官か似たような官位だろうか?
もっともルピナス王国に、ちゃんとした官位があるかなど、定かではない。
向こうは、思考を重ねるこちらの事情などお構い無しに、襲いかかってきた。
それに、ゼデクは動かなかった。
異常に発達したワーウルフの腕を、ウェンディが盾で遮る。
彼女の鋼鉄魔法で拡張・硬化した円盤状の盾は、攻撃を完璧に防いでみせた。
その広くなった盾に隠れる3人。
「うっ、重い......」
なんて言いつつも、ワーウルフと力で張り合う彼女の腕力に、ゼデクは内心恐れを抱く。
「いつまで後ろに隠れてるの! 早くしなさい!」
「言うな、3人隠れてるのがバレる」
実は既に、2人はガゼルとエドムが側面から飛び出したことを確認している。
つまり、やり取り全てがブラフ。
さらに注意を引くべく、ゼデクが正面から突っ切る。
今度は彼が陽動だ。
「くたばれ!」
「甘ぇ!」
ゼデクが放った一閃は、簡単に受け止められる。
少し間をおいて、側面から2人が斬りかかった。
次こそ、裏を取ったはずだ。
「甘ぇつってんだろ!」
必死の工作も虚しく、2人はワーウルフに蹴飛ばされた。
と、ワーウルフだけが確信していた。
「なっ!?」
蹴り飛ばされた2人が、煙のように消える。
空かさず電流が走る。
致命傷とは行かずとも、ワーウルフの動きを止めるには十分だった。
「貰った!」
消えたかのように思われたエドムとガゼルが、右腕と左足を斬りとばす。
バランスを失い、倒れかけるワーウルフの視界の奥に、1人の少女が映った。
「うっ、魔法使い過ぎて鼻血出てきました......」
瞬間、悟る。
これだけ長い間、戦っているのに関わらず味方が駆けつけないのも、先程自分が蹴り飛ばしたと勘違いしていたのも、全てこの少女に起因することを。
「てめぇ、幻惑魔法を使いやがーー」
「うぉぉぉぉおおおおお!」
自分の脳を侵食する程、強い幻惑魔法に驚きを覚えるのを最後に、バランスを失ったワーウルフは、ゼデクに首を刎ねられた。




