第3話 少女と悪夢
その昔、とある聡明な男が魔法という概念を習得した。男は後にセントラル・クロッカスと称せられる聖地を中心に、その偉大な力を用いて人々を救ったのだ。やがて魔法は男から6人の弟子に継承された。
『お前たち6人に、これを残す』
男は魔法のみならず、“鍵”を1つずつ弟子達に残したという。
それは、6つ揃えれば、聖地への道が開ける鍵。
それは、人1人の体内に宿る鍵。
それは、宿主に強大な力をもたらす鍵。
自らは聖地を閉ざすとともに、永遠の眠りについた。
弟子達は各々の国を造った。彼らが聖地を求めることはなかった。しかし代が変わるにつれ国の盛衰が激化した頃、国々はかつて栄華の中心となった聖地に注目しはじめた。
財宝?
資源?
力?
何が眠る?
それを手にいたら、国はもっと栄えるのでは?
国々は次第に、聖地の中にあるものを求めた。互いに争いはじめたのだ。何故、男が聖地を閉ざしたのか、理由を知る者はいなかった。何故、弟子達は聖地を求めなかったのか、理由を知る者はいなかった。
ただひたすらに盲信して、執着して。ただいたずらに血を流し、何年も何年も。
◆
子供の頃、レティシアは思っていた。望んだものを何でも手に入れることができると思っていた。自分は王様の子供だから。甘いお菓子、美味しいご飯、好きなお人形さん。望めばみんなが揃えてくれた。大好きな家族に囲まれて、幸せだけを噛み締める、そんな毎日。
だから、あの日恋に落ちた時、ゼデクとの日々も手に入れられると思っていた。父親達にお願いすれば彼を籠から出してあげられるのは造作もない、そう思っていた。
『ならぬ、お前の伴侶は相応の実力を持つ者のみ、許される』
いつものようにお願いをしたら誰もが同じ言葉を吐く。
10歳を超えた頃には環境も変わってしまった。彼女自身が想う伴侶を求めたから? それは違った。何の脈絡もなく徐々に、でも確実に、周りが狂っていくように変わりだした。
同時にレティシアのことを“鍵”と呼ぶ者も出てきた。最初は何のことか分からなかったが、みな同じようなことを口にするので、次第に理解できるようになった。どうやら、自分には“鍵”と呼ばれるものが宿っているらしい。
『レティシア、お前は“鍵”だ』
父が自分のことを“鍵”と呼ぶ。
『レティシア様は、偉大な力を持つお方だ! この先、王を、民を聖地へと導く“鍵”だ!』
臣下が口々に叫ぶ。誰も彼女を“レティシア”として見るものはいない。中には兵器と呼ぶものさえいた。
『嫌だ......』
大好きな母が謎の死を遂げ。
『嫌だ......!』
程なく父も壊れ、死に行き、長兄が後を継ぎ王となる。親しかった友達も消えていく。みな、彼女から離れてゆく。
『嫌だっ!』
そして、幼少から慕っていた次兄は......
『お兄様! グラジオラスお兄様! 私は! 私はっ!』
優しかった兄の面影はなく、そこにあったのは、冷たく現実を突きつけるような表情だけ。
『レティシア、お前はキングプロテア王国唯一無二の“鍵”だ。国の兵器に、選択権はない』
『嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
絶叫と共に目を覚まし、跳び上がる。
「ハァ、ハァ......夢」
窓からもれる朝日を眺めながら、過去の悪夢を何度も頭の中で繰り返す。
「レティシア、入るぞ」
「......!!」
ノックの音するとドア越しに声が聞こえる。先程夢で聞いたものと、何ら変わらない声。それはレティシアの次兄、グラジオラス・ウィンドベルのものだった。
「......どうぞ」
その声に怯えを覚えながらもなんとか声を絞り出した。
「おはようございます、グラジオラスお兄様......」
「先程の叫び、外まで聞こえていたぞ」
グラジオラスと呼ばれた男は妹の挨拶を躱しながら、冷たく見下ろした。どうやら相当な声量だったらしい。
「申し訳ございません」
「......まぁ、良い。早急に準備を済ませよ。じきに会議が始まる」
そこで今日、主城で会議がある事を思い出す。
自分にまつわる議題らしいが、詳しくは聞かせて貰っていない。
「はい、すぐに取りかかります」
部屋から去りゆく兄を背に返答をする。
「何が、“世の中変えてあげる”よ」
かつて、幼い頃に恋をした人物に投げかけた言葉を思い出す。希望を持たず自嘲気味に。結局、彼と何も変わらない。大きな籠の中に閉じ込められているのは他でもない、自分自身であった。
◆
「さぁ、着きましたよ」
エスペルトはゼデクに言い残すと、門番の方へ向かっていった。何やら手続きをしているようだ。ゼデクは、城を見上げる。この国の王が、そしてレティシアが住んでいるであろう城を。
視線をエスペルトに戻すと要件が済んだのか、こちらに向かって手招きしている。エスペルトに続き城の中に入る。何度も文官の会議に連れられたことがあるので、今回が初めての体験という訳ではない。それでもエスペルトは今回、レティシアに会えるのだと言う。
「文官の会議で、どうしてレティシア様がお越しになられるのですか?」
「え〜、何ですか、その変わり身。貴方が丁寧な口調で話すというのも、気持ち悪いものですね」
ゼデクは今、なんの位も持たぬただの使用人。当然城の中で王族であるレティシアに敬称を付けないところを聞かれたら、これまでの苦労が全て水泡に帰す。
そして仮にも上官であるエスペルトに、横柄な態度を取るところを、他人に見られるのも好ましいことではない。故に、この結論に至った。
「ところでゼデク、“七栄道”を知っていますか?」
先程丁寧口調を馬鹿にされたので、ゼデクは無言で頷いてみせる。
「よろしい」
“キングプロテア王国・七栄道”
6年前に先代の国王を始めとした王族が数名、謎の死を遂げた。国内は大いに混乱し、それに乗じてクーデターを実行する者まで出る始末。その時、現国王と共に国の混乱を鎮め、今日までキングプロテア王国を支えてきた7人の将軍がいた。国民は彼らを“七栄道”と称え、7人の将軍は現国王の元、国の実権を握っている。
「それが、どうかしました?」
慣れない丁寧な口調に苦戦しながらも、ゼデクは疑問を口にする。なんせ、国民であれば誰もが知っていることであり、ゼデク目の前にいる人物もまた、七栄道の1人なのだから。そうこうしている内に、目的の部屋の前にたどり着いた。
「ゼデク、私に感謝してくれても良いのですよ?」
エスペルトはいつものように笑みを浮かべてゼデクの方を向いた。
「このタイミングで、その話。まさか......」
「ようこそ、誉れ高き七栄道の会議場へ。まぁ、それとは別にレティシア様との御対面、楽しんで下さい」
ドアに手を掛け、楽しげに呟くのであった。