第29話 少年と急襲
何年経っても、何も変わらない。
形が変わっても、本質が変わることはない。
きっと戦場とは、そういうものだった。
怒号。
悲鳴。
歓声。
今日も今日とて人間は、動物は、争いの中で我儘を押し付けていく。
力に物を言わせ、強さに物を言わせ、他者に死という形で押し付けていく。
貴方が私を脅かすから。
貴方が私の宝物を脅かすから。
貴方が気に入らないから。
貴方が私の道を塞ぐから。
そんな理屈で戦争は起こる。
大義なんてのは、どうでも良かった。
国の為だろうと、家族の為だろうと、結局は自分が望んだ未来に帰結する。
全て自分のエゴなのだから。
そして、今日。
ゼデク・スタフォードは、戦場に赴く。
仲間の安寧、レティシアの救済、育て親の目的達成。
を望む、自らの都合の良い結末の為に。
誰の為だなんだといっても、望んでいるのは他ならぬゼデク自身だ。
そう考えると、気分が少しだけ軽くなる。
仲間の為に人を殺すのではなく、レティシアの為に人を殺すのではない。
自分の我儘を押し付けにいく為に、人を殺すのだ。
相手も自分の我儘を押し付けに来る。
と、何度も言い聞かせる。
そんな自分勝手な思考は間違いなく......
「......最低だな」
「何が?」
「これから向かう、戦場を想像してみた」
行軍中、森の中。
隣にいたエドムには、誤魔化してみる。
彼らは少し心配そうな顔をしていた。
不思議に思っていると、
「......君、もしかして戦場初めてだったりする?」
「いや、3回目だ」
「人を殺めるのは?」
「もう何人も斬った。なんだよ、急に」
「なんか思い詰めた顔してたからさ、疑問に思って」
変な勘違いを招いてしまった。
今の自分は、どんな顔をしているのだろうか?
そう訪ねてくる彼らだって、良い顔をしてるとは言えなかった。
彼らも経験しているだろう。
でも、何回戦場に行ったって、不安はある。
ゼデクは、そんな彼らも護ると決めた。
エスペルトの言葉の所為で、妙に敵よりも仲間の方に意識が向いてしまう。
「心の準備はできたか? 森を抜けたら、目的地に着く」
レオハート隊長から、団員に向けて声がかかった。
いよいよだ。
この魔法師団は、遊撃部隊としての役割を担っている。
情報によれば、ライオールの部隊は千日紅国の部隊と交戦中のようだ。
今回は側面から、千日紅国の隙を突く。
「最後に1つだけ。周知の通り、この師団は過去に2度、滅んでいる。原因不明でな。だから、何が起きてもおかしくない」
直前に不穏な台詞を吐くな、とゼデクは思ったが、事実気を付けなければいけないので、もう一度だけ仲間を見る。
「それだけは肝に命じておけ」
彼らはゼデクの視線に気付くと、笑った。
その笑みが強がりか、励ましかはわからない。
最後にもう一度だけ、決める。
仲間は絶対に護るのだと。
「スピードを上げるぞ、付いて来い!」
号令通り、先頭がスピードを上げる。
直に森を抜ける。
抜けたら戦場だ。
その時。
ゼデクは何か視線を感じた。
「......?」
悪寒に身を震わせる。
「どうしたの、ゼデク? 前向かないと」
隣にいる仲間のものでもなく、敵意を感じるものでもない視線。
「......」
ゼデクは正体を探ろうとする。
「ねぇ、ゼデクってば!」
そして恐らくだが、視線の方角を掴む。
「代わりにお前が前を向いてくれ」
「はぁ?」
他に気を取られている場合ではなかったのだが、ゼデクは好奇心に負けた。
ふと、そちらを眺める。
木の奥に、子供がいた。
戦場に似つかわしくない、小さい子供。
一見普通の子供。
片腕がなく、血まみれなこと以外はーー
「ッ! 前方より敵襲ですっ! ワーウルフがこちらに来ます!」
「なに!? ワーウルフだと!?」
同時に先頭から声が上がった。
だが、ゼデクは直ぐに視線を外せなかった。
アレもまた、こちら側を覗いていたからだ。
子供は、ニィと笑う。
そして、口を動かした。
見てる場合じゃないのに、その動きを確認せずにはいられない。
すると、
『アレを見たらダメ。まだバレていないから』
頭の中で声がした。
いつの日か、聞いたことのある声。
この声はきっと......
瞬間、彼らの魔法師団は、ワーウルフの軍勢と衝突した。
◆
「そこ、通してくれんかの? “黄金の英雄”」
「すまないね、できない相談だ」
鍔迫り合いをしながら、両者は言葉を交わす。
「わしは、アンタに会いに来たわけじゃない」
「知ってるとも。そんなに気に入られてたのかい、エスペルトは」
「裏切り者は即粛清。それが千日紅国の鉄則......じゃ!」
秋仙は刀を引き、ライオールの重心をずらすと、再び斬りかかった。
完全にバランスを崩したのだ、傷の1つは付けれると確信していた。
しかし、閃光が走ったかと思うと、距離を取られる。
「“光魔法”。厄介じゃの、ぬしの魔法」
「君こそ、その歳でやるじゃないか」
言い終わるや否や、ライオールは拳を突く。
すると、拳の先端から光線が出た。
光線は一直線に秋仙を襲う。
が、その光線が彼に届くことはなかった。
枯れ葉が舞う。
魔力が揺らめく。
秋仙を中心に、水が湧き上がった。
水はやがて激流となり、刀に収束する。
その水流を刀に纏わせる。
「吐かせ」
秋仙は、水流を伴った刀を振るう。
それだけで光線は、文字通り水に流された。
水流と光線の衝撃で、周りの兵士が吹き飛んだが、彼らは気にしない。
「最近の大人は、ガキにも容赦ないのか」
「これでも手加減したつもりなんだけどなぁ......」
「......ぬし、存外鼻に付く奴じゃな」
ライオールの目は、こちらを見ていない。
そう秋仙は感じ取った。
どこか遠くを眺めるような、そんな瞳。
それは物理的か、あるいは少年である自分など、眼中にないのか。
「はっ、流石キングプロテア最強の男よ。見ている景色が違うらしい」
その言葉に、ライオールは少しだけ眉をひそめた。
でもそれは一瞬で、直ぐに困ったように微笑むと、
「みんなそう言うよ。だが残念、僕は2番目だ」
「......? それはどういう意ーー」
秋仙が言い終わる前に、ライオールは再び光線を放った。
光線は秋仙に命中し、爆発する。
煙が辺りを包んだのは僅かな間で、すぐに水流の中に取り込まれた。
「あ〜小賢しい! 話の途中で攻撃とは英雄の名が廃る!」
「すまない。僕好みの話題じゃないんだ」
「......もう良い。ぬし諸共、全部に水に流してくれる」
2人が剣を構えたところで、爆音が上がる。
どこか、ここではない場所からだ。
2人とも構えたまま、そちらを見やる。
「森の方からか」
「なんじゃ、そんなに気になるか?」
「そう見えるかい?」
秋仙がライオールに向き直しても、彼は依然として、森を見ていた。
ならば、森に何かがあるのは確実だ。
それは伏兵か。
或いはルピナスの手勢か。
だが何せよ。
「......確かに不穏な空気ではあるな」
そう言い放つ秋仙の瞳は、再び森を捉えていた。




