第27話 少年と出発
楽しい時間、苦痛な時間。
感じる長短は違うかもしれないが、待っていればその時間は過ぎ、やがて訪れる。
これで3度目。
ゼデク・スタフォードは、3度目の戦場に赴こうとしていた。
本隊は既に出発している。
ゼデクが所属する、未だ無名の魔法師団は、別動部隊として行動することになっていた。
3度目といえば、この魔法師団の結成もまた、そうである。
過去に2度結成された魔法師団は、いずれも壊滅した。
原因は不明。
見る人から見れば、存在そのものが何処か呪われていた。
先日に行われた官舎での説明でも、似たような話は上がった。
さらに加えれば、
『以上の事を加味すると、最終的には近衛兵団のような数にまで減るかもしれない』
と、笑いながら説明されたまである。
「じゃあ、私たちも行こうか」
丁度目の前で、その説明をした男が部隊員に指示を出す。
ゼデクは、男を見つめる。
黄金の英雄やエドムを想起させる爽やかな男。
これが所謂、イケメンというものなのだろう。
この男の名は、先日知った。
名は確かーー
「レオハート副団長が代理隊長か......」
と、思考していたゼデクの隣で、エドムが呟く。
今度はエドムの方を見る。
やはりと言うべきか、彼らは似ていた。
“象徴の魔法師団”
黄金の英雄こと、ライオール・ストレングスが率いる魔法師団の名前である。
その魔法師団の副団長に位置するのが、目の前の男、レオハートだ。
彼はレティシア不在の間、代理の隊長として赴任した。
“象徴”と称するだけあって、容姿・実力共に一流の魔法使いばかりが集まった魔法師団。
ゼデクも彼らの凱旋パレードを見たことがあるが、誰も彼もが『爽やかなイケメン』なので、個々の判別がつかない。
エドムに彼らの既視感を抱いた時は何となく予想していたが、彼もまた、その師団出身だったことが、先日判明した。
「どうしたの? ぼーっとしてるけど」
「この魔法師団、過去に2度破滅してるんだよな?」
「うん」
「ここまで執着する必要あるのか、疑問に思ってな」
「別におかしな話じゃないよ。レティシア様に限らず、どの王族にも似たような魔法師団が存在するんだ。死んだ王族の数だけ破滅した魔法師団があるし、王族が生きている限り、新しい師団は用意される」
聞いたことがある話だった。
王族には1人1人、魔法師団が是が非でも添えられる。
各々がその魔法師団を駆使し、次代の王の座を狙うのだ。
現在の国王を支えた魔法師団。
それが今の七栄道である。
とすれば、かつては7人だけではなく、もっと人数がいたのかもしれない。
エスペルトは、仲間を失ってきたのだろうか?
なんにせよ、その争いやクーデターの過程で、何人もの王族や兵の血が流れたのだから、良い印象を抱けない。
「......蠱毒かよ」
「蠱毒? あぁ、何となく考えてること、わかった」
ゼデクの脈略のない呟きも、エドムは理解してくれた。
そうこう話している内にも、行軍が始まる。
不要な会話はご法度だ。
しかし、エドムは声を微小にするだけで、話を辞めない。
「それにしても驚いた」
国境まで、それなりの距離がある。
ピクニック気分ではないが、彼の話したい気持ちが、ゼデクはわからない訳でもなかった。
緊張を和らげる、という意味でもきっと有効だ。
だから、同じく声を微小にして答えてみる。
「何が?」
「昨晩、君が大量にケーキを買ってきたこと」
「......俺もそんなに買うつもりは無かった。しばらくケーキは要らないな」
「え、もちろん帰ってからも食べるよね? ほら、エルアちゃんとも食べてないし」
ゼデクは絶句する。
昨晩、皆で嫌という程食べたはずだ。
後半に至っては、嘔吐する人までいる始末。
名誉の為に誰とは言わないが。
こっそり隣の部屋に差し入れまでして、やっと処理できたというのだから、もう十分だろう。
と、思っていたのはゼデクだけのようだ。
「別のものを所望する」
「なら、やっぱり肉ーーむぐっ!」
隣から、やたら大きい声を上げるガゼル。
ゼデクは反射的に彼の口を抑えたが、何人かがこちらを振り返った。
その中にはレオハートも混ざっていて、
「どうした?」
「いえ、何でもありません!」
「ふふ、逸る気持ちもわかるが、落ち着いて挑まなければいけないよ」
彼は笑うだけだった。
どうやら、お咎めはないらしい。
ゼデクは内心ため息を吐きながら、これからの戦場に想いを馳せるのであった。
◆
「聖地の結界だ」
しばらく無言だった隣人が、口を開いた。
金色の髪に鎧。
派手な見た目とは裏腹に、物腰柔らかな姿勢と威厳が奥行きを持たせる男。
ライオール・ストレングスだ。
彼の言葉に、エスペルトは反応した。
「私は2年ぶりですね」
「そういえば君は、戦場自体が久方ぶりなのでは? 政務ばかりで身体、鈍ってない?」
「多少はあり得るかもしれません」
エスペルトは戯けてみせる。
それにライオールは、そりゃまずい、と笑った。
彼らキングプロテア王国の本隊は“祠”、即ち国境付近まで進軍していた。
当然、聖地を閉ざす結界が待ち受けており、エスペルトの視線の先に、黒色のそれがドーム状に展開されている。
彼は、それをジッと見つめる。
ガラス玉のように透き通った、青き瞳でジッと見つめる。
「......前から気になっていたんだが」
「うん?」
「ひょっとして、君は結界の中を知ってるんじゃないか?」
その言葉にエスペルトは、一瞬だけ動きを止めた。
そして、静かにライオールの方を向く。
「はて、その根拠は?」
「君の魔法は、万物を見透す」
「私の力量がその相手に匹敵する限り、です。あの結界を作った、魔法使いの始祖に私が匹敵するとでも?」
肩をすくめるエスペルト。
どのような能力を持つ魔法も、力量差が有り余る相手には通用しない。
全ての魔法に関して言えることだ。
そんなことライオールは知っているはずなのに、彼は聞いてくる。
「いや、まぁそうなんだが......」
「“知ってる”と言ったら、貴方はどうしますか?」
「君がその事実を隠す意味を考える。その反応だと、知ってるのかい?」
「知りません」
今度は困ったように笑うライオール。
そんな笑みでも様になる男は、そういないだろう。
なんて、どうでも良いことをエスペルトは考えた。
沈黙が訪れる。
視線を感じたので、エスペルトは振り返る。すると、ライオールが彼を見つめていた。
「まだ何か?」
「何かは知らない。でも君は、僕らに隠し事をしている」
「貴方たち6人と戦場を駆け十数年。今更、隠し事なんてありませんよ」
「君はーー」
彼の言葉を、エスペルトは手振りで遮る。
程なくして、先行していた偵察兵が2人の元に駆けてきた。
第三者がいる以上、この話は終わりだ。
不満気な表情を浮かべるライオールに、エスペルトは笑みだけを返す。
偵察兵の報告に追われるライオールを確認すると、彼はもう一度結界の方を向いた。
そして、結界を見つめる。
青い光を灯した瞳で見つめる。
「さぁ、開戦です。抗えるだけ抗ってみましょう」
そう言い放つエスペルトの顔に、笑みはなかった。




