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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第3章 少年と新設の魔法師団
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第26話 少年と前夜 2

 夜の王都もまた、賑わいが衰えることはなかった。

 むしろ、昼よりも喧騒が増した気がするのは、自分だけなのだろうか。

 と考えながら、ゼデクはエスペルトに付いて歩く。


「あまり時間がありません。何食べましょうか?」

「......なんでも良い」

「はは、まいりましたね」


 時間が無いのになぜ外食などを選んだのかはさて置き、優柔不断な2人は店を決めあぐねていた。


「誘うんだったら決めとけよ」

「相変わらず口が悪い。誰ですか、貴方をこんな風に育てた人は」


 捻くれた会話を続ける間も、時は過ぎ行く。

 このまま無為に歩くのも嫌なので、ゼデクはパッと頭に浮かんだものを提案することにした。


「肉?」

「どこかの誰かが真っ先に思い浮かびそうなワードですね。良いでしょう、個室がある店が望ましい」


 誰とは言わないが、今の環境に染まってるような発言に、ゼデク自身驚きを覚える。

 ちょうど目の前に店が構えていたようで、エスペルトは中に入っていった。

 その後をゼデクは追う。


 彼の発言通り個室に入った2人は、いくつか注文をした。

 しばらくして、エスペルトが話し出す。


「明日、貴方は戦場に出ます。実に6年ぶりだ」

「......そうだな」

「今回は私の部下としてではなく、魔法師団の一員としての出兵。独り立ち......とは言いませんが、軽い祝いとしてこれを渡そうかと」


 彼はそう言うと、腰に帯びていた剣をゼデクに突き出す。

 他の剣よりも反りがあり、独特な鍔に燃え盛る炎のように赤い鞘。

 この国の剣ではなかった。


 色は違えど、エスペルトが持っている剣と同じ型のもの。

 千日紅刀だ。


「これ、千日紅国のだろ?」

「そうですね」

「この際あんたは手遅れとして、王族を守る魔法師団員がこれでは色々まずい」

「え〜これ、千日紅刀の中でも五指に入る名刀ですよ?」


 だったら尚更のこと、ゼデクが持つべき代物ではなかった。

 己が強さは、大なり小なり武器の性能に左右されるかもしれない。

 しかし、扱う本人の力量に依存するのが武器であり、知識であり、魔法だ。

 とても脆弱な自分では使いこなせない。


「お前、武器の良し悪しよりも自身の強さだって言っただろ。今の俺には宝の持ち腐れだ」

「そうですね」

「ならーー」

「早く相応しい人間になりなさい、と言うよりかは、強くなりなさい」


 エスペルトは突き出した腕を引かない。

 それでもゼデクが躊躇っていると、


「良いですか、四六時中肌身離さず持ち歩いてください。特に鞘。何があっても、です」

「はい? なんで?」

「う〜ん、強いて言うなれば、迷彩を施してるからでしょうか? それと細工のことは他言無用でお願いします」


 迷彩。

 何かを隠すとすれば、何を?

 エスペルトが前から目を付けていた、ゼデク自身の魔法のことだろうか?


 とにかく彼は、何が何でもこの刀を持たせたいらしい。

 2人きりになった理由だけは理解しながら、刀を受け取る。


「......ありがとう」

「素直でよろしい」


 釈然としないが、この話は終わりのようだった。

 淡々と食事を進める。

 他に何か目的があってもおかしくないのだが、妙な外食は何事もなく終わってしまった。

 そのまま店の外に出る。


「この刀を渡すためだけに、俺を食事に誘ったのか?」


 何かあると思っていただけに、ゼデクはつい聞いてしまう。


「まぁ、そんなところですね。疑問に思うことでも?」

「あんたのことだから、他に何か企んでてもおかしくないと睨んでた。でも、何もないから、逆に不安になる」


 すると、エスペルトは少し驚いた顔をした後、


「貴方と共に食事をすることに理由がいるとは考えていませんでした。いや、刀を渡すことに企みはあるんですけどね?」


 笑みを浮かべた。

 どこか哀愁が漂う笑み。

 予想外の反応に、ゼデクの思考が一瞬止まる。


 その後に、微弱な後悔が押し寄せる。

 こんな道化に真なる哀愁が存在してるかも怪しいのに。

 それでも。

 微弱でも。

 ゼデクはそんな感情を抱いてしまった。


「......あんたの普段の行いが悪いからそうなる」

「わ〜、否めないのがまた、悲しい」


 そう言い放つ彼の顔に、哀愁は消えていた。

 いつもの道化めいた笑み。

 先程感じたものは、やはり気のせいかもしれない。


 翻弄されるゼデク。

 彼の視界の片隅で目に止まるものがあった。

 目線の先には看板が。

 洒落た店名を把握しているわけではないが、外から推測するに、ケーキを売っているような店だった。

 目線と共に体の動きも止めるゼデク。


「どうしまし......あぁ、ケーキですか。やっぱり食べたいんですか?」

「いや、普通に売ってそうだから、あいつらどこ見てたのかなって思っただけだ」

「そうですか、食べたいですか。では、急ぎ買いに行きましょう。時間ありませんし」

「おい」


 ゼデクの制止も虚しく、ケーキが売ってると思われる店に入るエスペルト。

 1人路上にいるのも何なので、ゼデクも後に続くことにした。


 店の中に入ると、はたして。

 ケーキが並んでいた。

 こんなにも沢山並んでいるのだから、見落とした彼らは何処を探していたのだろうか。


 食事した店でもそうだが、エスペルトと共にいると視線を感じる。

 よくよく考えれば、国の宰相で七栄道の1人である男がケーキが並ぶ店にいるのは、側から見れば異様な空間となっているに違いない。

 それも出兵前日に。


 そんな状況もお構い無しに、エスペルトは手招きをしていた。

 ゼデクは慣れた視線をかわしながら、彼の元へと歩を進める。


「彼らはどんなケーキをご所望でしょうか?」

「......わからない。第一、俺がこの手のこと詳しくないの知ってるだろ?」

「奇遇ですね。私も詳しくありません」


 なら何故店に入った、などと訴える気力も失せ、並ぶケーキを淡々と見つめる。


「......多分、苺が乗っているのが、スタンダードなのか?」

「え〜、チョコレートっぽいのがスタンダードなのでは?」


 などと、商品を前に異国の刀を引っさげた図体の大きい男たちが会話を続けるのだから、店側は堪ったものではないだろう。

 店員に至っては、畏れ多い目でエスペルトを見つめることしかできない。


 彼らのためにも早く決断したいところなのだが。


「本当に買うのか?」

「買わないんですか? 出兵後では遅いかもしれませんよ。死人が出るかも」


 そういうことだった。

 ゼデクは恨めしげな視線を向ける。


「出ない」

「はは、そうですか。それでどうします? 買いますか?」


 ゼデクの返答には笑うだけで、判断を促してくるエスペルト。


 死人が出ないのなら、今急いで買う必要はなかった。

 みんな戦場で生き残る。

 みんなでケーキを買う。

 彼らと来れば、種類を迷う必要なんてないし、きっと楽しい。


 たった一言、今は必要ないと言う。

 ただそれだけのこと。

 それだけのことなのに。

 ゼデクは切り出せなかった。


「......エドムは戦争の前後こそ、楽しむと言っていた」

「だから?」

「......今買っても、悪くはなーー」

「はは、なんやかんやで素直なところが貴方の美点ですよ」


 ゼデクの答えを聞き終える前に、エスペルトが笑みを浮かべると、


「時間がありません。片っ端から頂きましょう」


 この台詞を聞いた店員の顔と、自分の中で渦巻いた感情を忘れることは、一生ないだろう。


 出兵前夜、ゼデク・スタフォードは、ケーキを買った。

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