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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第3章 少年と新設の魔法師団
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第22話 少年と案内

 百聞は一見にしかず、というが、まさにこのことだと思った。


『......はぁ、はぁ』


 まだ齢10の少年、ゼデク・スタフォードが駆ける。

 眼前には死体。

 足元にも死体。

 見えないけど、きっと横も後ろも死体だらけ。

 戦場にいた。


 おびただしい死体の数。

 もうすぐにでも吐けそうな血の匂い。

 悲鳴と怒号の大きさと多さ。

 戦う者の必死さ。


 どれも、ゼデクの予想を難なく超えるものばかりであった。

 1つ超えなかったものがあるとするなら、血で染められた赤が、少なかったことくらいだろうか。

 地面に広がる血は死体で隠れて、思った程主張していなかった。


 で、そんなことはどうでも良かった。

 酷くどうでも良かった。

 本当なら、気にするべきことなのかもしれないが、目の前の存在が、それを遮る。


 敵兵だ。

 エスペルトと同じく、“千日紅刀”を両手に持った男が1人。

 それだけで、千日紅国の兵士だとわかった。

 その男は、こちらを必死な形相で睨みつける。

 まだ齢10の少年なんぞを、大人げなく睨みつける。


 彼もまた、余裕が無いのだろう。

 厳密には、ゼデクの後ろにいる男を恐れているのだろうが。

 と、ゼデクは勝手に予想する。


 油断できないので振り向けないが、おそらくこの状況を作り出した男が、いつものように笑っているはずだ。

 エスペルト・トラップウィットだ。


『ほら、どうしました? 早く首を取りなさい』


 背後から、予想を裏付けるような声が聞こえる。


『こんな世界でなんの地位も知識もない人が、高位に登りつめる。その為には何が必要か、わかります?』


 それを聞いた目の前の男が一歩踏み出す。


『戦場での功績ですよ。具体的には敵兵の首。他にもありますが、今の貴方にできるのは、これが精一杯』


 それを見たゼデクは剣を強く握りしめる。

 血の付いてない、綺麗な手と剣。

 まだ人を殺したことがなかった。


『貴方が煌びやかな服を着て、レティシア様の元に行くには、まだ血が足りない。命が足りない』


 エスペルトの仕事服は、煌びやかだった。

 ひょっとしたら、彼もたくさん殺してきたのかもしれない。


『うぉぉおおお!!!』


 しびれを切らした男が、斬りかかってくる。

 ゼデクとって、その動きは遅いものだった。

 当たり前だ。

 一般の兵士くらい直ぐに殺せるように、訓練されてきたのだ。


 さらに、エスペルトが丁度良い兵士を選別した。

 ゼデクが殺せるように、1対1になるように、周りの敵兵を皆殺しにした。

 つまり、ゼデクと目の前の男は、戦場でエスペルトが作った籠の中にいる。


 正面に振り落とされた刀を、自身の剣で弾く。

 それだけで、男は刀を手離した。

 尚も諦めない彼は、拳を振りかぶる。

 必死だった。

 生きようと必死になって、絞り出した一撃。


 でも、それを片手で受け止めてしまった。

 悲しい程に残酷だ。

 そのまま、押さえつける。

 それでも暴れて抵抗して、こちらに襲いかかろうとするので、男の腹に拳を入れて大人しくさせた。


『え〜、剣使ってくださいよ。ほら、首はねてはねて』


 背後からの声は止まない。

 この期に及んで、人を殺せないゼデクを咎めるような声。


 嫌だった。

 怖かった。


 散々レティシアの元にたどり着くと息巻いて、戦場で戦功を立てると息巻いて。


 今更、人の命を奪うことに躊躇いを覚えた。


 すると背後の声が、抜刀の音に変わる。


『引き返すことはできませんよ。ここで殺せないようでしたら、貴方を斬り捨てます。それで、次に彼も殺します』


 その台詞で、男の表情に絶望が広がる。

 どの道彼は、死という運命から逃げられないらしい。

 逃げ道がないのはゼデクも同じようで、男を殺すか自身が死ぬかの二択に迫られた。


 ゼデクが剣を握る。

 その振動で出た金属音に反応して、男がゼデクに視線を向ける。

 視線が合う。

 最悪の気分だった。

 自分も彼のような表情をしているのだろうか?


『あぁ、そういえば先日でしたか。レティシア様も戦場に来たんですよ、お忍びで。で、貴方よりも先に体験なされました』

『......何を?』

『わかってるくせに〜。今から貴方がやることですよ』


 その台詞を聞いた時に、ゼデクの中で何かが弾けた。

 剣をさらに強く、握りしめる。


『貴方が殺せば、その分だけ彼女が手を汚さずに済む。貴方が殺せば、その分だけ彼女に刃向かう敵が減る。貴方が殺せば、その分だけ彼女が救われる』


 剣を振り上げる。

 男が必死にもがくのを足で押さえながら、剣を振り上げる。


『ほら、貴方の目の前にいる人物も、多くの命を奪い、奪われる覚悟を持って戦いに参じた者です』


 エスペルトに迫られたから。

 死にたくないから。

 高位に登る為に。

 レティシアの為に。

 やらないと、やられる。

 この男の手によって。

 あるいはエスペルトの手によって。


 だから、摘むのだ。

 この命を摘むのだ。


 摘め。


 摘め!


 摘めッ!


『うぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!』


 ゼデクは剣を振り下ろした。

 それだけで、さっきまで人間だったものが、肉の塊になる。

 死とは、あっけないものだった。


 それを見て、ゼデクは悔いた。

 レティシアを言い訳にしたことを悔いた。

 本当は自分のエゴなのに。

 こんなに気分が悪くなることの理由に、レティシアを使ったのだから。


『やっと終わりましたか。じゃあ、あと9人くらい、頑張ってみましょう』


 うな垂れる少年に振りかけられた残酷な言葉。


 この世界は本当に最低で最悪だった。



 ◆


 始祖生誕祭の翌日。

 王都の中央通りの人通りは、昨日と比べ減ったものの、変わらず喧騒が飛び交っていた。


 常に賑わいを見せてこその王都。

 それは例え、これから戦争が起きるとしても、だ。

 その王都を2人の男が歩く。

 片や目にクマを、片や身体中に擦り傷を見せる、2人の男。

 ゼデクとエスペルトだ。


「あ〜、嫌になります。生誕祭の準備で寝不足なのに、今日も寝れないなんて」

「仕方ないだろ、これから出兵なんだから。俺もこんなに急とは聞いてなかった」


 昨日は、手紙の一件とは別に色々あったようで、これからエスペルトは会議に、ゼデクは魔法師団の官舎に行くのだ。

 ゼデクはまだ、これから戦争があるとしか聞かされていない。


「第一貴方、よくこの状況下で早朝に、修行に付き合えなんて吐かせましたね」

「あんたも大人気なく、はしゃいでただろ......」


 ゼデクは擦り傷を見ながら、まんざらでもなさそうに木刀を振り回してたエスペルトを思い出す。

 さぞやストレスが溜まっていたのだろう。


 ゼデクが視線を横に移したところで、動きを止める。

 視界の端に、少女を捉えた。

 道の真ん中であたふたしている少女。

 特別珍しいものでもなかった。

 初めて王都に訪れた田舎者が道に迷う、よくあることだ。

 彼女もその類だろう。


「どうしました?」

「いーや、何も」


 放っておけば大概、中央通りに店を構える人が助けてくれるものだ。

 一々助けていてもキリがないので、再び歩こうとしたその時。

 こちらが視線を送ったのがダメだったのか、視線が合った。

 何かに気付き、意を決したような表情をした少女が、こちらに歩いてくる。


 ここまで来て、無視するのも気がひける。

 ゼデクは歩き出すことができなかった。

 別に彼が助ける必要など、何処にもないのに。


「先を急がねばなりません、放りなさい」

「......」


 尚も立ち止まるゼデク。

 はぁ、とため息をついたエスペルトが、彼より前に出る。


「虚しいだけですよ」

「え?」

「レティシア様を救えない貴方は、彼女を救って自己満足がしたいだけです。でも実際残るのは虚しさだけ」

「なんだ、えらく具体的な感想だな。あんたも似たようなこと、やったことあるのか?」

「さぁ〜? どうでしょうか?」


 何とも捻くれた会話。

 エスペルトは今日初めての笑顔を見せると、先に行ってしまった。

 少し間を置いて、少女がこちらに来る。

 彼女はエスペルトを目で追うと、


「あ、あれ? エスペルト様行っちゃった......」

「......何の用だ?」

「あ、いえ、その......えっと」


 エスペルトに認識があるのも珍しいことではないので、触れずに促す。

 すると少女は、あたふたしながら両手を振った。


「み、道をお訪ねしたく」

「行き先は?」


 行き先を聞き出したら、道を教える。

 必要であれば、ある程度案内をする。

 それで早くおさらばだ。

 エスペルトが残した、捻くれた一言が後ろ髪を引っ張るので、ゼデクは必要最低限のことをして、その場を去ろうとした。


「え、えっと! レティシア様の魔法師団、その一般試験に受かったのですが、そ、その魔法師団の官舎に行きたくて......」


 そんなゼデクの思惑を他所に、少女の口から出た行き先は、ゼデクと同じ目的地だった。


「......」

「難しかったら、無理にとは言わないので!」

「......付いて来い」


 ゼデクは1人、ため息を吐くのであった。

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