第21話(閑話) 宰相と初恋 1
『ねぇ、エスペルト』
『うん?』
風がエスペルトの髪を揺らす。
主城の屋根が開けたスペースに、彼らは居た。
彼が振り返った先に、1人の女性と赤子。
『貴方はどうして、こんなにも優しくしてくれるのですか?』
『優しい? 私が?』
彼女の金色の髪が、夕日に照らされ輝く。
彼女の腕の中にいる赤子も、多分金色の髪だった。
王と彼女の間にできた子。
グラジオラスとは腹違いの妹。
レティシア・ウィンドベル。
彼女に似た美人に育つのかもしれない。
『いえ、愚問でしたね。貴方はそういう人でした。誰よりも仲間を想い、今日まで戦ってきた人だもの』
彼女は微笑む。
グレイシア・ウィンドベルは微笑む。
エスペルトは、彼女の笑う顔が大好きだった。
その顔を見て、自分の心が少し痛んだ気がする。
未だに彼女を愛してるのだと分かった時、自分に対する嫌悪感が湧き上がる。
王も不用心だ。
こんな男と自分の伴侶を2人きりにさせるなんて。
彼女の幸せそうな顔を見る。
やはり、正しかった。
前線でいつ死ぬかと分からぬ身である自分よりも、名君と呼ばれ続けた王の元に居た方がずっと良い。
だから、ずっと隠してきた。
この想いを悟られないように、押し殺してきた。
で、正解だと思う。
愛おしそうに、自分の子を撫でる彼女を見て、そう感じる。
『今日まで戦ってきて、何人もの仲間を失ったポンコツですよ』
『ううん、貴方はポンコツなんかじゃない。みんな、そう思ってますよ』
今日まで、何人もの仲間と共に戦ってきた。
彼らを護ると、彼女を護ると、何度も何度も刀を振るった。
それがエスペルトの生きる理由。
でも、仲間を護りきれなかった。
誰も死なない戦争なんて、そうそうない。
回数を重ねるごとに失う。
何人も失う。
その度に、影で泣いた。
ずっと悔やんだ。
そして、彼女は自分の側に居ない。
やはり、自分はポンコツだ。
『前から気になっていたのですがーー』
『はい』
『貴方にも想い人が居たりするのですか?』
一瞬、ドキりとする。
その心を必死に殺す。
大丈夫、自分なら隠せる。
何度も練習してきたのだ。
グラジオラスたちには見抜かれるが、少なくとも彼女には隠せていた。
『居ません、私に見合う女性はそうそう見つかりませんよ』
違う、居る。
『えー、本当? 私個人としてはクレールちゃん辺りと睨んでますが』
目の前に居る。
『彼女ですか? いや、悪いわけじゃないんですけどね?』
愛している人が、目の前に居る。
『じゃあ......他に大切な人、居たりするのかもね』
グレイシアが微笑む。
残酷な程に、幸せそうな微笑み。
いや、自らが願ったことではあるのだが。
それに、エスペルトは笑って誤魔化した。
『エスペルト、実は私、長くないかもしれません』
『はぁ、何か病でも?』
唐突にそんなことを言う。
今日は驚いてばかりだ。
らしくない。
『いえ、そういうわけではありません。ただ何となく、胸騒ぎがします』
『何か知りませんが大丈夫ですよ、私が、グラジオラスが貴女を、王を護りましょう』
『あら、嬉しい言葉ですね。でも、もしものことがあります』
彼女が赤子に視線を戻す。
『だから、私の身に何かあった時、この子をお願いできませんか?』
エスペルトも、レティシアに視線を向けた。
グレイシア同様、幸せそうな顔で眠る彼女。
自分が願った幸せだ。
2人だけは、2人の幸せだけは、絶対護ると決めたのだ。
失った仲間たちとの約束なのだ。
『ええ、お任せください』
そして数年の時が経ち、エスペルトはグレイシアを失う。
レティシアの幸せを失う。
酷く無力だった。
それでも彼は歩み続けた。
レティシアだけは、まだ間に合う。
仲間である七栄道が、側に居る。
彼らこそは護らねばならない。
そんな彼はある日、1人の少年に出会う。
自分と同じく、叶わぬ恋を抱く少年。
悲しい程、無力な少年。
でも自分と違うのは、彼が諦めてなくて、レティシアが彼に恋情を抱いてること。
やがて少年は、仲間を失う痛みを知らない少年は、仲間という存在に価値を見出す。
それがとてつもない苦しみを伴うと知らずに。
最初は彼の中に眠る力を目的としていたのに、変なものを拾ってしまった。
情など抱いてなかったに。
抱くつもりも無かったのに。
どこか自分と似ている彼にエスペルトはーー




