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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第2章 少年と4人の元従者
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第20話 少女と手紙

 腰のベルトに挟まった手紙。

 その存在に気付いたのは、パレードが終わり、自室に戻った後だった。


 一体誰からのだろう?

 どうやって自分の元まで、これを運んだのだろう?

 レティシアは珍しいものを見るように、手紙の包みを手でクルクル回す。

 実際彼女からしたら、手紙自体珍しいのだが。


 すると、直ぐに差出人がわかる。

 かつて、自分に仕えていた4人の従者の名前が、そこに描かれていた。

 そういえば今日、半裸のエドムとガゼルに会った。

 あのことが、何か関連しているのだろうか?


 エドム・オーランド。


 彼の真面目さが出た字だ。

 あの日から変わらず、綺麗な字。

 今も個性的なメンバーをまとめているのだろうか?

 だとしたら、適任だ。

 でも半裸でレティシアの名を叫ぶ彼は、似合わない。

 今思うと、可笑しくて笑いそうになった。


 ガゼル・デンジャー。


 昔は字を書くことができなかったが、書けるようになったらしい。

 ちょっと汚くて、大きすぎて、笑みがこぼれる。

 迷いがない愚直な字。

 彼が昔と変わってないことがわかり、レティシアは嬉しかった。


 ウェンディ・フェーブル。


 彼女は気丈な性格だ。

 でも、それ以上に乙女な部分だってある。

 そんな彼女らしさが出た、丸っこい字。

 誰よりもレティシアの恋話に、興味を示した彼女は、想い人が出来たのだろうか?


 オリヴィア・ローレンス。


 今日彼女の姉に、口付け寸前まで迫られた。

 ともあれ、彼女の元気良さが前面に出た字。

 今も彼女は、昔同様、いやそれ以上に元気はつらつな女の子だろう。

 時々大人っぽくもなる。

 そんな要素も含んだ、どこか丁寧な字だ。


 彼らが届けてくれた手紙の内容は......


 ◆


 意を決して、兄を見据えるレティシア。

 それに対して、グラジオラスは椅子に座り、背を向けたままであった。

 何かを書いている。


「......で、重要な話とは?」

「私は鍵です」

「......知っている」

「私は鍵として生きてきました。少なくとも母上が死んで以来はずっと」


 早6年。

 皆から鍵と称えられ、兄から鍵と圧力をかけられ6年。

 レティシアはそれに応えて生きてきた。


 自由も何もなかった。

 今まで聖地を目指して、国を守ろうと、王族を守ろうと、何人も斃れてきた。

 中には自分の為、と言って死んだ人もいる。


 だから、そんな彼らの為に、平和を願う国民の為に、戦わなきゃいけない。

 その理屈は理解できた。


 今の王である長兄も、目の前にいる次兄も、戦ってきたのだ。

 国を治める王族としての責務を果たす為に。

 彼らに対する、確かな尊敬は存在する。

 昔は自分も、その責務を背負うのだと息巻いた。


 でもそれは王族として、だ。

 鍵としてではない。

 今はこうも思う。

 どうせ戦うのなら、命を懸けるのなら。

 他でもない、自らの信念に従いたい。

 レティシアが想う、彼のように。

 彼らのように。


「私は、レティシア・ウィンドベルでありたい。鍵ではなく、鍵を扱う、レティシア・ウィンドベルでありたいのです」

「少なくとも聖地を開くまで、お前はどう足掻こうと鍵だ」

「わかっています」


 聖地を開くまでは、鍵としての役割がレティシアの中にある。

 それも理解できる。

 おそらく逃げられないことも。

 だから、今回の主張はそこじゃない。


「聖地を開くまで、私は戦い続けます。だから、1つ約束を......いえ、宣言しにきました」


 グラジオラスの手が止まった。

 席を立つ。

 振り返る。

 きっと彼の冷たい瞳が、此方を捉えるだろう。

 しかし、もう恐れるわけにはいかない。


 前を向け。

 見据えろ。

 言う。

 言うのだ。


 ずっと諦められずにいた想いを。

 ずっと抱えてきた想いを。


 グラジオラスが、レティシアを見る。

 その兄の瞳を見たレティシアは驚いた。


「どうした? 言ってみろ」


 冷たい瞳じゃない。

 瞳に冷たさが宿っていない。

 レティシアは知ってる。

 この瞳はかつて大好きだった、優しかった兄の......


 意表を突かれた気分だった。

 予想とは違う意味で決意が揺らぐ。

 それでも、踏み止まり口を開いた。


「私は、ゼデク・スタフォードを諦めません。必要なら戦います。聖地を切り開けというなら、切り開きます。でも、他の伴侶なんていらない。ここだけは絶対に譲らない」


「......アレは弱い」

「いつか強くなって、私の元にたどり着きます」

「途中で死んだら? お前は立ち直れなくなる」

「死にません。私は信じてます」


 現実はそう甘くない。

 死ぬ時はあっさり死ぬだろう。

 レティシアも予測はつく。

 でも、信じると決めたのだ。


 メリットもある。

 このレティシアの想いの堅固さが、魔法のコントロールに、鍵のコントロールに繋がる。


 グラジオラスは、どう捉えるか?

 彼の瞳に映る自分は、どのような瞳をしているのだろうか?


 しばらく沈黙が続く。

 やがてグラジオラスは、溜め息を吐いた。


「無謀だな。だが、運が良い。お前の見込みとは別に、アレには価値がある」


 エスペルトが、自分の計画の為に執着する力。

 ゼデク・スタフォード。

 本人が弱くても、きっと生き残るだろう。

 エスペルトが陰ながら、全力で擁護するからだ。

 グラジオラスは、ゼデクを認めていない。

 ゼデクを信じる、エスペルトを信じているのだ。


「もしアレが死んでも、お前は戦い続けろ。これは約束だ」

「はい、違えません」

「これから先、お前も強くならねばならん。困難だぞ?」

「承知の上です」


 もちろんだ。

 彼らだけが頑張って、自分は待ち続ける。

 そんなわけにはいかない。

 自身だって強くなる。

 レティシアとして生きるために。

 鍵を使いこなし、聖地を切り開き。

 そして。

 そしていつか......


「私が私である為に、強くなりたいです。ですので、稽古をよろしくお願いします」

「傲慢な()に育ったものよ......好きにしろ」


 今、確かに彼はそう言った。

 兄としての本心なのだろうか?

 七栄道としての、王族としての言葉ではなく......


 レティシアは微笑んだ。

 それにグラジオラスは一瞥するだけで、部屋の外に出る。

 地下の修練場に向かうのだろう。

 彼の後を追い、背を見つめる。


 少しだけ、昔の兄が戻ってきたような気がした。

 彼は傲慢な妹だと言った。

 傲慢に、育った、


 ()


 少しだけ、嬉しかった。

 口には出さない。

 でも、胸中では呟こうと思う。

 それはきっと、



 きっと、私が慕う、貴方に似たのですよ。



 ◆


 レティシアの私室。

 机の上にあった手紙が、風に揺られ地面に落ちた。




 拝啓ーーって、時間がないので端折ります。

 ゼデク・スタフォードです。

 この間は見苦しいところをお見せしました。


 とりあえず、半分は貴女が心配で手紙を書きました。

 もう半分は貴女に宣言をする為。


 ご存知の通り、めでたく貴女を支える魔法師団の推薦枠を勝ち取りました。

 正直なところ、貴女が嫌がる理由を正確には掴めません。

 だから、これが気休めになるのかすら、わかりません。


 エスペルトに利用されてる、承知の上です。

 多分、あいつは良からぬことを考えてます。

 弱い自分では死ぬかもしれない、承知の上です。


 無謀かもしれない、でも諦めることができません。

 貴女を諦めることができません。

 いつか貴女の元にたどり着きます。

 これは、自分のワガママです。

 貴女の為なんかじゃありません。

 貴女を言い訳になんか使いません。

 自分がそうしたいから、戦うのです。


 迷惑かもしれません。

 貴女が嫌がるかもしれません。

 しかし、意地でも、這ってでも、貴女の元にたどり着いてみせます。

 貴女はどうですか?

 まだ、あの日の約束を覚えていますか?


 あー、なんか気持ち悪い文になった。

 焦って、何描いてるかもわからなくなった。

 あと丁寧語も疲れた。

 性分じゃないんだ。

 とにかく、お前が本気で生理的に無理とか言わない限り、俺は諦めない。


 だから、どうか。

 どうか、諦めないでください。

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