第19話 運命と決断
「覗けたのか?」
「何をです?」
王都から外れた森の中。
その中を2人の男が、飛ぶように走っていた。
しばらく続いていた沈黙を、グラジオラスが破る。
「あの得体の知れぬ奴の心だ」
「無理でした。色んなものが何重にもなって、ぐちゃぐちゃですよ」
本当は拷問など必要なかったのだ。
エスペルトの天眼は、対象の心理さえ見透かす。
だが、それは叶わなかった。
偽りの身体、気味の悪い魔力、或いは本人の魔法か?
それとも、単純にエスペルトを上回る実力を?
元よりアレは、それだけのものを持っていたのかもしれない。
「......そうか」
「はい」
再び沈黙が訪れる。
「ところでグラジオラス」
「なんだ?」
「どうでした? 彼、中々の逸材でしょう?」
「あれは何だ? ゼデク・スタフォードに潜む魔法。どこかレティシアに近いものを感じた」
エスペルトの言っていた計画。
中心を担うのは、間違いなく彼だろう。
そして、グラジオラスの元に彼が飛び込んだのも、エスペルトの仕業で間違いない。
どこか、レティシアの鍵と似た魔法。
あれは一体何なのか?
グラジオラスは思考を重ねながら、問う。
「私にもわかりません」
「......くだらぬな」
「いえいえ、本当ですって! 彼の存在はペルセラルに教えてもらったんですがね、肝心なところまで打ち明けてもらえませんでした」
ペルセラル。
七栄道の会議をすっぽかした男だ。
予想外の名前が挙がったところで、グラジオラスの思考が止まる。
一から考え直す必要があるからだ。
「そこで奴の名前が出るか」
「意外でしょう? 私もそうでした。ただ、貴方も言った通り、何処か鍵に近い魔法であることは確かです」
鍵は世に6つ。
それを六国が1つずつ保有するとなると、ゼデクの魔法が鍵であることは否定される。
では、彼の魔法は何なのか?
「......私はあの魔法を、7つ目の鍵と仮定しています」
「聖地を開くには7ついるということか?」
「いえ、多分6つでいいでしょう。アレはきっと、他の何かを開けるための鍵。私なりの予想はありますが、なんにせよーー」
「いずれにせよ、それを持つ我々が一歩有利というわけか。しかも他国の者共は存在を知らない」
が、1つ問題点が出てくる。
そしてグラジオラスが、問題点を指摘することをエスペルトは読んだ。
「ならば前線に出すべきでないな。隠せ」
「逆ですよ。敢えて前線に出します。もちろん隠す工夫はしますけどね。彼は戦場で強さを手に入れるべきだ」
隠し球が、前線で戦ってるわけない、と誰もが思う。
そんな心理を利用するのだ。
ゼデクの中にある魔法の存在は、本当の意味で意識したとき、気付くことができる。
現にエスペルトもグラジオラスも、言われて意識するまでは、気付くことができなかった。
それだけではない。
彼は強くなる必要がある。
あの魔法は聖地の為にあるものでない。
ならば何の為に?
答えはエスペルトの中に用意されている。
まだ確定したわけではない。
でも、彼と出会ったあの日、本能が言っていた。
己が目標に必要なものだと。
「ところでどうです? 是非レティシア様の伴侶にでもーー」
「ほざけ。あのような惰弱な存在、私は認めぬぞ」
エスペルトは笑う。
おそらく、王も国民も同意見だ。
ゼデク・スタフォードは弱い。
いや、一般的な目線で見れば強い。
国のエリートだ。
なんせエスペルトが育てたのだから。
でも足りない。
全く足りない。
七栄道と比べたとき、他国の強者と比べたとき、得体の知れない何かと比べたとき。
ゼデクはまだ、足元にも及ばない。
だから、そういう目線で見たとき、彼は弱い存在だった。
「......お前が育てたのだな。それは理解できた」
「え?」
脈略の掴めない言葉に、思わず間抜けな声が出る。
グラジオラス発した次の言葉で、さらに戸惑うことになる。
「お前によく似ている。そう思えたよ」
エスペルトは思わず、目を見開く。
「私が、彼と、ですか......?」
それにグラジオラスは笑った。
いつもの仕返しだと言わんばかりに。
エスペルトはむっとした。
この発言が、グラジオラスでなければ言い返せただろう。
気付けば主城の元にたどり着いた。
パレードはもう終わってる。
そして、エスペルトの勘が確かであれば、城内は慌ただしいことになっているはずだ。
このまま城内に入れば、2人は別々の仕事に追われる。
その前に伝えるべき言葉があった。
これから、手紙を持った妹に会いにいく、グラジオラスに向けてだ。
今の彼になら、この言葉は響くのだろうか?
今日が戦争激化の皮切りになる日なら、運命の日なら、きっと届く。
そんな気がした。
だから、この言葉を旧友へ紡ぐ。
「......らしくないですね、こんなこと考えるなんて」
「何がだ?」
「あの日、貴方がした選択は正しくなかったと思います。貴方は、自身の願いに添うべきでした」
「......」
己が愛した妹を、鍵と呼び続ける。
己が愛した兄に、鍵と呼ばれ続ける。
それはきっと正しくない。
レティシアを大事に想っていたグラジオラスが、彼女を傷つける。
グラジオラスを慕うレティシアが、彼に傷つけられる。
そんな光景を見るのは苦しかった。
「......しかし、こうも思います。間違いでもなかった。貴方がいち早く、彼女に現実を突きつけた。未熟な少女が今日、形だけでも鍵を扱えるようになったのは、貴方のおかげです」
敢えて厳しく接した。
恋を諦めろと言った。
こんな世界では、鍵として生きていくしかないと言い切った。
それが現実だから。
少なくとも聖地が開かれるまで、彼女の中に兵器としての役割が、嫌でも組み込まれる。
これがお前の運命であり、現実だ。
と、王族の彼女に面と向かって圧力をかける。
誰もが躊躇った。
グラジオラスは、自分しかいないと思った。
数少ない王族として。
彼女の兄として。
例えレティシアに恨まれようとも。
大事な妹に恨まれようとも。
いつか、彼女が苦境を乗り越えると信じて。
エスペルトの発言に、グラジオラスが驚きの表情を浮かべる。
今度はエスペルトが微笑む。
「これからする貴方の決断は、きっと間違っていない。そう私は信じてます。例えどのような決断であっても、です」
とんでもなく青臭い発言。
冗談なら斬って捨てるまでだが、真剣に言ってるようなので、タチが悪い。
グラジオラスも笑い、
「......吐き気がする」
「え〜、そこは感動するところでしょう?」
2人は城内に入る。
やはり、大騒ぎだ。
どこかの国が動きだしたのだろうか?
「そちらは、しばし任せるぞ」
「ごゆっくりどうぞ」
今日は疲れた。
散々な1日だった。
しかし、まだ終わっていない。
ここからが本番なのだから。
2人は背を向ける。
すぐに自分の目的地へと足を運び始めた。
◆
少女は手紙を机に置く。
もう自分の心は、決まっていた。
知らぬ間に、自身のベルトに挟まっていた手紙。
いや、心当たりはあった。
そのまま自室を出た。
兄の部屋に向かって、足を運ぶ。
一歩、一歩と足を運ぶ。
その足取りに悩みがないか?
恐怖がないか?
はい、と言えば嘘になる。
でも手紙を読んだとき、進むと決めた。
兄の自室にたどり着く。
幼い頃は、よく押しかけた部屋。
最近は向こうから訪ねてくるので、どこか懐かしさを感じた。
ノックする。
入れ、と遠い声が聞こえた。
彼は部屋に居るようだ。
最後に深呼吸を。
手紙を読んでから、もう何度目となる決意を胸中で行い、ドアを開ける。
「......何用だ?」
「......夜遅くに申し訳ございません。貴方に、大事な話があります」
誰かが言った。
今日は運命の日だと。
誰かは待ち続けた。
今日を機に動き出さんと。
それを少女は知らない。
だがこの日、運命の日に。
レティシア・ウィンドベルは初めて、重圧に抗うと決めた。




