第18話 少年と乙女
帰ろうと一歩を踏み出したところで、意識が消えた気がする。
意識が戻ったかと思えば、そうではない気もする。
ゼデクは周りを見回す。
あたり一面、真っ白な世界。
以前も、ここに来たことがあった。
己が魔法の世界。
己が精神の世界。
やはり目の前で、鍵のようなものが燃えていた。
なぜか、鍵のようなもの。
頭の中で浮かんだワードは、レティシアを連想させた。
「“鍵”は世に6つだ」
1人呟く。
と、そこで、
「そう、世間一般に知られてる“鍵”は、全部で6つあるのよ!」
後ろから声がした。
女性の声だった。
子供のような無邪気さと、大人のような落ち着きが、混在したかのような声。
ゼデクが振り返ろうとしたところで、視界が真っ暗になる。
何かに目隠しをされたようだ。
感触から、それが両の手であることがわかった。
「問題! 私は誰でしょう?」
「......誰だよ?」
突然そんな質問を投げかけられた。
本来、ゼデクしか立ち入れない場所に、他の誰かがいることに驚いた。
ゼデクは目に当てられた手を振りほどく。
「あぁ、ダメよ! そんな簡単に諦めちゃ」
名残惜しそうな声が聞こえると同時に、彼女の姿が視界に入った。
レティシアのような金の長髪に、青い瞳。
白いワンピースを着た女性。
年齢はゼデクより上と見受けられる。
で、その女性の髪から、身体から、ワンピースから、燃え盛る炎と立ち込める煙。
でも不思議と熱は感じられないし、焼けるような匂いもしなかった。
一瞬だけ彼女がレティシアに見えた。
そんな自分に疲れてるなと思いながらも、正体を探ってみる。
「で、本当に誰だよ」
「少しは自分で考えなさ〜い」
「今日はたくさん考えごとがあって、疲れた」
「も〜、仕方ないな〜」
すると女性は、同じく燃える鍵のような物を指差した。
自分は貴方の魔法です、とでも言いたいのだろうか?
確かに共に燃えているし、この空間にいる存在なんて限られてくる。
だが、魔法と会話したなんて事例をゼデクは聞いたことがなかった。
「普通、魔法は喋らないだろ?」
「喋らないよ、でもどの魔法にも、意思があるの。そして私は特別性」
「で、誰なんだ?」
「そんな、信じてもらえな〜い」
言葉とは裏腹に、彼女は笑う。
そして、
「じゃあ、恋する乙女」
なんて言う。
ゼデクは呆れた。
「その恋する乙女が、今日突然、何の用だ?」
「また質問?」
「さっきも言ったけど、疲れてるんだ。お前が俺の魔法って言うなら、主人を助けてくれよ」
「うわ〜、困った主人を選んでしまったものだ〜」
そこで彼女は、少しだけ真剣な顔をする。
「今日が運命の日だから、やっと貴方に逢えた。でもビックリ。時間がないのに、貴方はとてつもなく弱い。もっと強かったら、より早く逢えたのに」
とてつもなく弱い、ゼデクはその言葉にムッとする。
酷く正論だった。
今日も弱いから、散々な目にあったのだ。
それでも、彼女は自分を選んだと言った。
何を期待して自分などを選んだのか?
「でもね、貴方を選んで正解だとも思った。感じるわよ? 貴方の中にある恋心、そして執着心。最初は直感で選んだけど、やっぱり貴方で良かった」
「......俺の恋心とお前の要件に、何の関係がある?」
ゼデク、運命の日、恋心、恋する乙女。
それらのキーワードから関係性を見出そうとしても、殆ど見つからない。
強いて見出すならば、恋心と恋する乙女。
「貴方がそんな人だからこそ、これから降りかかる災難を出来るだけ払ってあげたいの」
「俺の為に?」
「4分の1正解! 残りは私の為、世界の為、そして想い人の為!」
ここまで自分本位な魔法は、他には存在しないだろう。
彼女は両手を広げ、クルクル回り、ゼデクの周りを歩きながら答える。
「ねぇ、ゼデク・スタフォード」
「うん?」
「貴方にはね、私の野望の為に、生き残ってもらわないといけない。ついでに世界を救って、貴方の恋も成就して!」
恋愛という海に、頭を浸したかのような台詞。
世界を救うのはついでらしい。
そのついですら、ゼデクには遠い存在に思えるが。
回り続けていた彼女は、やがてゼデクの目の前で止まった。
「だから、これは貴方と私の約束。私は貴方の力となる。だから、貴方は力を使って恋を成就させて! 代わりに私は貴方を使って、私の恋を成就させる」
完璧でしょ、と笑う彼女。
エスペルトとの約束に似ているな、とゼデクは感じた。
本来魔法と交渉などする必要がないのに。
主人が魔法に振り回される必要などないのに。
他と違い、どこか得体の知れない存在なのに。
不思議と嫌ではなかった。
「互いの願いが叶うなら、それで良いよ」
「ふふ、約束ね! あっ......」
「どうした?」
「時間が来ちゃったみたい」
彼女は明後日の方向に顔を向ける。
そんな彼女に、再びレティシアの面影を垣間見た。
「ずっと会えるわけじゃないのか?」
「あら、ロマンチックな台詞ね! 貴方が強くなり続けて、生き残ってくれれば、いつかまた逢えるわ」
自分の中にいる存在なのに、会う時間が制限されている。
本当に不思議な存在だった。
ゼデクの視界がぼやけ始める。
「次に逢うときは、もっともっと強くなってね! 魔法につりあえるような、そんな人に!」
◆
「ーー起きろー!」
「......あ?」
ゼデクは目を覚ます。
すぐさま、こちらを覗き込んでいたエドムと視線があった。
屋上を構成する、煉瓦や石の冷たさを感じる。
意識が表に戻って来たらしい。
「突然倒れるから、ビックリしたよ。どうしたのさ?」
「恋する乙女と会話してた」
冗談混じりに言ってみる。
それに、エドムは言葉を失った。
やはり、先程の現象は他には無い事例らしい。
「あんた、頭大丈夫?」
「ゼデク君! 疲れの果てに、おかしくなりましたね!」
「無事ならなんでもいいや。帰って肉食おうぜ! 肉!」
詰め寄ってくる彼らを見つめる。
欲張りかもしれない。
それでも、彼らも守りたいと思った。
そんなゼデクに、魔法は応えてくれるだろうか?
「ゼデク、早く帰って寝るべきーー」
「いや、早く帰って剣の素振りでもしよう。エドム、お前も付き合えよ」
「......本当にどうしたの?」
そう思ったから。
ゼデクは強くなると、再度心に誓うのであった。




