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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第2章 少年と4人の元従者
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第15話 少年と次兄

「離しなさいっ!!」

「ダメです、ウェンディちゃん! どこ行く気ですか!?」


 甘かった。

 自分たちの思考が甘過ぎた。

 クレール・ローレンスの視線とか、幻惑魔法とか、関係なかった。

 おそらく、2番目という時点で通用するレベルじゃない。

 彼ら七栄道は、自分たちが思っていたよりも、遥かに化け物だった。


 しかも、彼の手を掴んだのはクレールではなく、グラジオラス。

 よりにもよって、グラジオラス・ウィンドベルがゼデクを捕らえたのだ。

 形は違えど、ゼデクと同じくレティシアに執着する彼は、少なからずゼデク・スタフォードという人間をよく思っていない。


 だから、それを見たウェンディは、すぐに駆け出そうとした。

 それを身体を張って止めるオリヴィア。


「決まってんでしょ!? 助けに行くのよ!」

「無理ですっ! 私達が行っても、一緒に捕まるだけです!」

「どうせ、みんな連座よ! 捕まるなら、こっちから出向いてやる!」


 疲れた身体を奮い起こし、力任せにオリヴィアを投げようとしたところで、動きを止める。

 奥から、1人の男が歩いて来るのが見えたからだ。


「本当ですよ。せっかく良いところまで計画が進んだのですから、黙ってみていてください」

「......なぜ貴方が、ここにいるのですか? エスペルト様」


 2人はエスペルトの方を凝視したまま動けなかった。

 この状況で七栄道の一角である男が、彼女たちの前に現れる。

 果たして、彼は敵なのか?

 それとも......


「捕まりましたか、ゼデク。まぁ、16歳の少年少女にしては健闘した方なのでは? そこら辺の暗殺者よりはよっぽどマシですよ」


 エスペルトは、そんな彼女たちの横を通り過ぎ、下を見下ろす。

 すると下にいた、グラジオラスがこちらを向いた。

 彼の眼鏡が、太陽に反射して光っているが、おそらく目線は、こちらを捕らえているだろう。

 グラジオラスの口元が動く。

 エスペルトはそれを、見つめる。

 動きだけで、言わんとする言葉を見極める。


 《お前だけに、先は歩かせぬぞ》


 と、彼は言っていた。

 どうやら彼も、あの日からの一歩を踏み出す気になったらしい。

 それに、エスペルトは微笑みで答える。


「......計画とは?」

「えー、少しは自分で考えてみたらどうですか? 」


 秘密のやりとりに、横槍が飛んできたので、彼女たちの方に向き直す。


「いや、でも面白いですよね、彼。ちょっと吹き込んだだけで、あんなに躍起になって。美しきは仲間の友情、ですかね?」

「吹き込む? 何をです?」


 今度はオリヴィアが問いかける。

 先ほどの言葉を聞いても尚、質問を続ける彼女たちに、エスペルトは笑った。


「君たちを仲間ではなく、踏み台として見るべきだと。でも優しい彼は、弱い彼は、それが出来ない。だから、今回も自ら役を買って出たのですよ。ほら、仲間に危険な目にあって欲しくないでしょう? 私も心底そう思います」


 それを聞いたウェンディは、ゼデクの言葉を思い出す。


『......いい加減、嫌になりそうだったから。いつまでも、地べたでもがいてる自分が、嫌になりそうだったから。それに少なくとも俺は......俺はお前のことも、大事な仲間だと思ってる。できるだけ、危険な目にあって欲しくない』


 つまり、そういうことらしい。

 本当に最悪だった。

 結果として、みんなが連座という危険なラインに立ったものの、彼が進んで死地に出向いたことに変わりはない。

 レティシアを救えない自分の弱さを、どうにかしたくて、仲間を踏み台にしたくない一心で。

 彼自身も知らぬうちに、追い込まれていたのだ。


 そして自分たちも焦り、追い込まれていた。

 レティシアが外に出る、今しかないと。

 このタイミングを逃せば、次の機会はいつになるかわからないと。

 そもそも自分たちは、七栄道の元で育ち、推薦されるに至ったのだ。

 冷静に考えれば、こうなることは予想できたかもしれない。

 でも、焦った。

 そして、彼らを侮った。

 で、その結果がこれだ。


「......貴方はゼデクを、私たちをどうしたいのてすか? 」

「安心なさい。私の見立てでは、彼は無事に帰ってこれますよ。私は貴方たちの味方ってところですから」


 両手を広げて、微笑みながら言うエスペルト。

 何とも胡散臭い微笑み。

 だが、彼女たちは、黙って見ていることしか出来なかった。


 ◆


「ぐっ!!!」


 ゼデクが引きずり込まれた衝撃で、馬車が揺れる。

 それで前にいた3人が、こちらに顔を向けようとするが、


「良い、前を向け」


 グラジオラスが、一声で制止させる。

 何か彼なりの意図があるのか。

 残りの3人には気付かれて欲しくないらしい。

 周りからは、何事もなかったかのように歓声が聞こえる。

 エドムたちはどうなったのか?


「お前だけに、先は歩かせぬぞ」


 グラジオラスは上を向きながら、そんなことを言う。

 その言葉がゼデクには、誰に向けた言葉なのかわからなかった。


「な、なんで......」


 何とか上を見上げながら、グラジオラスを見つめる。

 疑問は2つあった。

 まず、視線がゼデクの方を向いていないのに、何故気付くことができたのか?

 そして幻惑魔法を、クレールでなく、グラジオラスが反応できたのか?

 ゼデクの言葉に、彼は視線を下に戻す。


「当たり前だ、むしろ何故見つからないと思った。......お前たちの失態はいくつもあったが、何よりも侮りよな。何年もの間、クレールの魔法を見ながら戦ってきたのだ。今更2番手如き、見抜けぬはずがなかろう?」


「......良いのかよ、他の奴に知らせなくて。なんで、足元に隠す真似なんてするんだ?」

「エスペルトがお前自身に聞けと言うのでな、お言葉に甘えて、今この場で聞かせてもらうことにした」


 グラジオラスは、ゼデクにだけ聞こえる声量で話し出す。

 何を聞く?

 エスペルトとの間に、どんなやり取りがあった?

 ゼデクの疑問を他所に、話は続く。


「なぜエスペルトは、お前に肩入れする?」

「答える義理があるか?」


 ゼデクはグラジオラスを睨む。

 レティシアの頬を叩いた彼に、抑圧する彼に怒りを覚えているからだ。


「言葉は選んだ方が良いぞ。レティシアの腰にある手紙がどうなるかは、お前の答え次第だ。必要ならば、順に仲間の首をはねてくれよう」


 答え方によっては、手紙を見逃すとも捉えられる発言。

 その言葉が嘘かどうか、判別は付かない。

 しかし仲間の首をはねる、という言葉は本気だ、そう感じた。

 王族であり、七栄道である彼が、どこまでの権力を持っているかもわからない。

 答えるしかなかった。


「......エスペルトは、俺の中に強大な魔法が眠ってると言っていた」

「どのような魔法だ? それは何の役に立つ?」

「......わからない。俺が使えるのは身体強化魔法と炎の属性魔法だけだ。あいつには、いつか悪霊退治をして欲しい、そう頼まれた」


 答えれるだけ、全て答える。

 それでグラジオラスに満足してもらえれることを祈って。


「......」


 グラジオラスは黙ったまま、値踏みするようにゼデクを見つめる。

 あの会議の日から、1度も変わらぬ冷たさが宿った瞳で。


「......あり得るのか? なぜ奴は話さぬ? いや、それが本当であれば、打ち明けぬのが妥当......」


 グラジオラスは、1人呟き出す。

 彼は何か、わかるのだろうか?

 やがて、納得するように頷くと、


「よい。それで未だに弱いお前は、尚もレティシアを追うつもりか?」

「当たり前だ。あんなレティシアは、もう見たくないし、放っておけるわけない」

「お前たちの存在がチラつく程、奴が苦しむとわからぬか? いっそ忘れさせるのが、優しさというものよ」


 レティシアに1番抑圧を掛けているであろう人物の発言に、ゼデクは再度怒りを覚える。

 その怒りを抑えるように、声を発した。


「......レティシアは鍵なんかじゃない。お前らの都合のいい兵器なんかじゃない。お前らの方がよっぽど、彼女を苦しめてる」

「あれは強大な力だ。奴の存在価値は、あの力が全てよ。他などどうでも良い」


 そんな言葉を吐いた。

 それを聞いた瞬間、ゼデクの中に怒り以外の感情が湧き上がる。

 違和感。

 それも、とてつもなく大きな違和感。

 エスペルトは言った。

 力も重要であるが、それ以上に必要なもの。

 それは、力を扱う己が強さと精神だ。

 グラジオラスは先程から、力以外を蔑ろにするような発言をしていた。

 あり得ない発言。

 彼ほどの実力者が、このことを知らぬはずがない。

 酷い矛盾が内包した発言に、違和感を覚えたのだ。


 ゼデクはグラジオラスの顔を見つめる。

 一見変わることのない、ポーカーフェイス。

 氷のような、冷たき瞳。

 しかしゼデクには、その表情が先程と変わっているようにも思えた。

 気のせいかもしれない、間違いかもしれない。

 追い詰められてるのは自分たちなのに。

 なんで。

 なんで。


「......なんでお前が、そんなに苦しそうな顔をするんだ?」


 気付けば、口に出していた言葉。

 それにグラジオラスの表情が驚きに変わる。

 ゼデク自身も、驚いた。


「......貴様っーー」


 グラジオラスは、ゼデクを踏み付けている足の力を強めようとする。

 だが、そこで彼が動きを止めた。

 いや、周り全てが止まっているようにも思えた。

 同時に悪寒が走る。


 この悪寒を、ゼデクは味わったことがなかった。

 だが、グラジオラスは知っている、かつて感じたことがある。

 6年前のクーデター事件で感じたものと同じだ。

 レティシアと彼女の母、グレイシアの私室から感じられた悪寒。

 その悪寒を辿り、私室の扉を開いた先に、彼女の死体があった。


 グラジオラスは、悪寒が感じる方向を振り向く。

 すると子供が1人、レティシアの方を向いて笑っていた。

 ぱっと見は、普通の子供。

 護衛の衛兵よりも手前にいることを除けば。

 その邪悪な表情・魔力を除けば。


「あぁ、レティシアちゃん。可愛く育ったなぁ〜」


 子供らしからぬ発言と共に、彼はただ、気味の悪い笑みを浮かべるのであった。

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