第15話 少年と次兄
「離しなさいっ!!」
「ダメです、ウェンディちゃん! どこ行く気ですか!?」
甘かった。
自分たちの思考が甘過ぎた。
クレール・ローレンスの視線とか、幻惑魔法とか、関係なかった。
おそらく、2番目という時点で通用するレベルじゃない。
彼ら七栄道は、自分たちが思っていたよりも、遥かに化け物だった。
しかも、彼の手を掴んだのはクレールではなく、グラジオラス。
よりにもよって、グラジオラス・ウィンドベルがゼデクを捕らえたのだ。
形は違えど、ゼデクと同じくレティシアに執着する彼は、少なからずゼデク・スタフォードという人間をよく思っていない。
だから、それを見たウェンディは、すぐに駆け出そうとした。
それを身体を張って止めるオリヴィア。
「決まってんでしょ!? 助けに行くのよ!」
「無理ですっ! 私達が行っても、一緒に捕まるだけです!」
「どうせ、みんな連座よ! 捕まるなら、こっちから出向いてやる!」
疲れた身体を奮い起こし、力任せにオリヴィアを投げようとしたところで、動きを止める。
奥から、1人の男が歩いて来るのが見えたからだ。
「本当ですよ。せっかく良いところまで計画が進んだのですから、黙ってみていてください」
「......なぜ貴方が、ここにいるのですか? エスペルト様」
2人はエスペルトの方を凝視したまま動けなかった。
この状況で七栄道の一角である男が、彼女たちの前に現れる。
果たして、彼は敵なのか?
それとも......
「捕まりましたか、ゼデク。まぁ、16歳の少年少女にしては健闘した方なのでは? そこら辺の暗殺者よりはよっぽどマシですよ」
エスペルトは、そんな彼女たちの横を通り過ぎ、下を見下ろす。
すると下にいた、グラジオラスがこちらを向いた。
彼の眼鏡が、太陽に反射して光っているが、おそらく目線は、こちらを捕らえているだろう。
グラジオラスの口元が動く。
エスペルトはそれを、見つめる。
動きだけで、言わんとする言葉を見極める。
《お前だけに、先は歩かせぬぞ》
と、彼は言っていた。
どうやら彼も、あの日からの一歩を踏み出す気になったらしい。
それに、エスペルトは微笑みで答える。
「......計画とは?」
「えー、少しは自分で考えてみたらどうですか? 」
秘密のやりとりに、横槍が飛んできたので、彼女たちの方に向き直す。
「いや、でも面白いですよね、彼。ちょっと吹き込んだだけで、あんなに躍起になって。美しきは仲間の友情、ですかね?」
「吹き込む? 何をです?」
今度はオリヴィアが問いかける。
先ほどの言葉を聞いても尚、質問を続ける彼女たちに、エスペルトは笑った。
「君たちを仲間ではなく、踏み台として見るべきだと。でも優しい彼は、弱い彼は、それが出来ない。だから、今回も自ら役を買って出たのですよ。ほら、仲間に危険な目にあって欲しくないでしょう? 私も心底そう思います」
それを聞いたウェンディは、ゼデクの言葉を思い出す。
『......いい加減、嫌になりそうだったから。いつまでも、地べたでもがいてる自分が、嫌になりそうだったから。それに少なくとも俺は......俺はお前のことも、大事な仲間だと思ってる。できるだけ、危険な目にあって欲しくない』
つまり、そういうことらしい。
本当に最悪だった。
結果として、みんなが連座という危険なラインに立ったものの、彼が進んで死地に出向いたことに変わりはない。
レティシアを救えない自分の弱さを、どうにかしたくて、仲間を踏み台にしたくない一心で。
彼自身も知らぬうちに、追い込まれていたのだ。
そして自分たちも焦り、追い込まれていた。
レティシアが外に出る、今しかないと。
このタイミングを逃せば、次の機会はいつになるかわからないと。
そもそも自分たちは、七栄道の元で育ち、推薦されるに至ったのだ。
冷静に考えれば、こうなることは予想できたかもしれない。
でも、焦った。
そして、彼らを侮った。
で、その結果がこれだ。
「......貴方はゼデクを、私たちをどうしたいのてすか? 」
「安心なさい。私の見立てでは、彼は無事に帰ってこれますよ。私は貴方たちの味方ってところですから」
両手を広げて、微笑みながら言うエスペルト。
何とも胡散臭い微笑み。
だが、彼女たちは、黙って見ていることしか出来なかった。
◆
「ぐっ!!!」
ゼデクが引きずり込まれた衝撃で、馬車が揺れる。
それで前にいた3人が、こちらに顔を向けようとするが、
「良い、前を向け」
グラジオラスが、一声で制止させる。
何か彼なりの意図があるのか。
残りの3人には気付かれて欲しくないらしい。
周りからは、何事もなかったかのように歓声が聞こえる。
エドムたちはどうなったのか?
「お前だけに、先は歩かせぬぞ」
グラジオラスは上を向きながら、そんなことを言う。
その言葉がゼデクには、誰に向けた言葉なのかわからなかった。
「な、なんで......」
何とか上を見上げながら、グラジオラスを見つめる。
疑問は2つあった。
まず、視線がゼデクの方を向いていないのに、何故気付くことができたのか?
そして幻惑魔法を、クレールでなく、グラジオラスが反応できたのか?
ゼデクの言葉に、彼は視線を下に戻す。
「当たり前だ、むしろ何故見つからないと思った。......お前たちの失態はいくつもあったが、何よりも侮りよな。何年もの間、クレールの魔法を見ながら戦ってきたのだ。今更2番手如き、見抜けぬはずがなかろう?」
「......良いのかよ、他の奴に知らせなくて。なんで、足元に隠す真似なんてするんだ?」
「エスペルトがお前自身に聞けと言うのでな、お言葉に甘えて、今この場で聞かせてもらうことにした」
グラジオラスは、ゼデクにだけ聞こえる声量で話し出す。
何を聞く?
エスペルトとの間に、どんなやり取りがあった?
ゼデクの疑問を他所に、話は続く。
「なぜエスペルトは、お前に肩入れする?」
「答える義理があるか?」
ゼデクはグラジオラスを睨む。
レティシアの頬を叩いた彼に、抑圧する彼に怒りを覚えているからだ。
「言葉は選んだ方が良いぞ。レティシアの腰にある手紙がどうなるかは、お前の答え次第だ。必要ならば、順に仲間の首をはねてくれよう」
答え方によっては、手紙を見逃すとも捉えられる発言。
その言葉が嘘かどうか、判別は付かない。
しかし仲間の首をはねる、という言葉は本気だ、そう感じた。
王族であり、七栄道である彼が、どこまでの権力を持っているかもわからない。
答えるしかなかった。
「......エスペルトは、俺の中に強大な魔法が眠ってると言っていた」
「どのような魔法だ? それは何の役に立つ?」
「......わからない。俺が使えるのは身体強化魔法と炎の属性魔法だけだ。あいつには、いつか悪霊退治をして欲しい、そう頼まれた」
答えれるだけ、全て答える。
それでグラジオラスに満足してもらえれることを祈って。
「......」
グラジオラスは黙ったまま、値踏みするようにゼデクを見つめる。
あの会議の日から、1度も変わらぬ冷たさが宿った瞳で。
「......あり得るのか? なぜ奴は話さぬ? いや、それが本当であれば、打ち明けぬのが妥当......」
グラジオラスは、1人呟き出す。
彼は何か、わかるのだろうか?
やがて、納得するように頷くと、
「よい。それで未だに弱いお前は、尚もレティシアを追うつもりか?」
「当たり前だ。あんなレティシアは、もう見たくないし、放っておけるわけない」
「お前たちの存在がチラつく程、奴が苦しむとわからぬか? いっそ忘れさせるのが、優しさというものよ」
レティシアに1番抑圧を掛けているであろう人物の発言に、ゼデクは再度怒りを覚える。
その怒りを抑えるように、声を発した。
「......レティシアは鍵なんかじゃない。お前らの都合のいい兵器なんかじゃない。お前らの方がよっぽど、彼女を苦しめてる」
「あれは強大な力だ。奴の存在価値は、あの力が全てよ。他などどうでも良い」
そんな言葉を吐いた。
それを聞いた瞬間、ゼデクの中に怒り以外の感情が湧き上がる。
違和感。
それも、とてつもなく大きな違和感。
エスペルトは言った。
力も重要であるが、それ以上に必要なもの。
それは、力を扱う己が強さと精神だ。
グラジオラスは先程から、力以外を蔑ろにするような発言をしていた。
あり得ない発言。
彼ほどの実力者が、このことを知らぬはずがない。
酷い矛盾が内包した発言に、違和感を覚えたのだ。
ゼデクはグラジオラスの顔を見つめる。
一見変わることのない、ポーカーフェイス。
氷のような、冷たき瞳。
しかしゼデクには、その表情が先程と変わっているようにも思えた。
気のせいかもしれない、間違いかもしれない。
追い詰められてるのは自分たちなのに。
なんで。
なんで。
「......なんでお前が、そんなに苦しそうな顔をするんだ?」
気付けば、口に出していた言葉。
それにグラジオラスの表情が驚きに変わる。
ゼデク自身も、驚いた。
「......貴様っーー」
グラジオラスは、ゼデクを踏み付けている足の力を強めようとする。
だが、そこで彼が動きを止めた。
いや、周り全てが止まっているようにも思えた。
同時に悪寒が走る。
この悪寒を、ゼデクは味わったことがなかった。
だが、グラジオラスは知っている、かつて感じたことがある。
6年前のクーデター事件で感じたものと同じだ。
レティシアと彼女の母、グレイシアの私室から感じられた悪寒。
その悪寒を辿り、私室の扉を開いた先に、彼女の死体があった。
グラジオラスは、悪寒が感じる方向を振り向く。
すると子供が1人、レティシアの方を向いて笑っていた。
ぱっと見は、普通の子供。
護衛の衛兵よりも手前にいることを除けば。
その邪悪な表情・魔力を除けば。
「あぁ、レティシアちゃん。可愛く育ったなぁ〜」
子供らしからぬ発言と共に、彼はただ、気味の悪い笑みを浮かべるのであった。




