第14話 少年と作戦
キングプロテア王国の王都、グランツ・ロード。
その中央通りにて、大歓声が沸き起こっていた。
皆が魔法使いの始祖の生誕を、国の安寧を祝う。
そして、始祖が残した6つの鍵の1つである、レティシア・ウィンドベルを讃えた。
両脇に並んだ民衆の間を、彼女を乗せた馬車が通過していた。
「先輩、先輩」
レティシアの前で座っている2人の護衛、七栄道。
オリヴィアの姉である、クレール・ローレンスが、隣の護衛に話しかける。
「うん?」
“黄金の英雄”こと、ライオール・ストレングスが、それに答えた。
「中々に残酷だと思いません?」
クレールは振り返る。
背後ではレティシアが民衆に向かって、手を振っていた。
それも、笑顔で。
内心はきっと、苦痛で苦痛で仕方がないはずなのに。
鍵として自分を讃える民衆に、笑顔で手を振る。
何とも残酷な光景。
仕方ないことだ、なんせ鍵に選ばれたのだから。
そう思い込むことで、無理矢理区切りを付けたクレールが、再びライオールに視線を戻した。
「どの国も鍵を兵器として使う以上、仕方のないことだよ。僕らが鍵以上の実力を持っていたとしても、聖地に行くには、鍵が必要だ」
「うへぇ、ど正論かまされた。爽やかな笑顔で何言ってんですか?」
だが、彼の目は笑っていない。
民衆の人気があるのは、彼も同じだ。
だから、彼らの前では最低でも、笑顔でいなければならない。
と、少なからず彼自身は思っているらしい。
クレールは、さらに加えてみる。
「常に笑顔振りまいて、まるでアイドルみたいですね!」
レティシアとライオール、どちらとも取れる発言に、彼は目を背けた。
「......参ったな、なんて返していいかわからない。まぁでも、強さが足りないのは認めるよ。僕らが未熟だから、僕が未熟だから、彼女に重荷がかかる」
「先輩、まだ強くなるんですか......」
クレールは、七栄道の戦闘力において、序列2に位置する男を見つめる。
既に、鍵という兵器すら超越している彼は、まだ強さを求めるらしい。
誰も彼もを救おうと、常に笑顔で、高みを目指すライオール。
根っからの英雄気質だ。
「というより、君も似たようなものだろう? 七栄道の紅一点、君は女性魔法使いの憧れだよ」
「私は人目なんて気にしませんから。少しはプレゼンス大先輩を見習ったらどうですか?」
彼女は、意地の悪い笑みを浮かべる。
いつにも増して、当たりが強い後輩。
ライオールは遂に、苦笑いをした。
「あの人は確かに、人目を気にしないけど、流石に“プレゼンス半裸伝説”に名を連ねるのはちょっと......」
「先輩の魔法師団、爽やかイケメン集団って感じですもんね! 先輩達が半裸で駆け回る姿なんて、想像つきません」
そんな会話を続ける2人。
だがそこで、雄叫びが上がった。
「ルゥレェティシィア様ぁぁぁぁぁああああ!!!」
多くの民衆と共に、2人の視線がそちらに引き寄せられる。
「先輩、あの茶髪の子、先輩の推薦枠の子ですよね?」
「ははっ、まさかそんなわけな......エドム?」
叫ぶ人物を見て、ライオールは呆然とした。
◆
「それじゃあ行ってくるね。成功を祈ってる」
「早く行くぞ、エドム」
中央通り沿いにある、建物の屋上。
その屋上にて、エドムとガゼルが、ゼデクに話しかける。
「......あぁ、そっちこそ、陽動頼むぞ」
護衛の目が彼らに向くかどうかは、作戦の成功に大きく関わってくる。
最低でも、クレール・ローレンスの視界を奪わないことには、成功という文字が見えない。
「ところで陽動の作戦は?」
「簡単だ。目立つ格好で、思いっきり叫ぶ!」
そう言いながら、ガゼルは上半身の服を脱ぐ。
「え、そんな作戦、僕聞いてないんだけど?」
「あ? 他に何かあるのかよ。確実に決めるのはこれだ。お前も脱げ、行くぞ」
「僕もやるの!?」
階段を目指しながら、上着を脱いでいく2人。
果たして、アレを野に放って良いのか?
ゼデクの胸中に、不安が広がる。
「おい、あいつらで本当に大丈夫なんだよな? というより、あいつら自身が危険な気が......」
「大丈夫よ、放っておきなさい。なんとかなるわ。それよりも、今大事なのはこっちよ」
「ゼデク君、早く来てください! 魔法かけて待機ですよ!」
ウェンディとオリヴィアが答える。
下では歓声が上がり始めていた。
もうすぐレティシアが、目の前を通るのだろう。
「そこに座って! ついでに下の様子を見ていてください! ウェンディちゃん、魔力足りないので、ウェンディちゃんの分もください」
オリヴィアの前に座り、下の様子を覗く。
隊列はすぐそこまで来ていた。
周りの兵士は見ない、時間がないから必要な箇所だけを見て、できる限りの情報を集める。
警戒する対象は車上の人物。
レティシアの前に2人。
先の会議で見たことがあった人物だった。
1人は黄金の鎧を着た人物、ライオール・ストレングス。
エスペルトの正面の席に座っていた男だ。
もう1人はオリヴィアと同じ、オレンジ色の髪を後ろに束ねた、ポニーテールの女。
これまでの情報からすると、彼女がオリヴィアの姉だろう。
そして、レティシアの後ろにいる人物はーー
「......グラジオラス・ウィンドベル」
「幻惑魔法、かけました。あまり他人と違った視線を送らないよう、気をつけてください。僅かな変化でも、あの人達なら気付く可能性があります」
オリヴィアが声を抑えて、言う。
ゼデクは一回、顔を引っ込めて、2人の方を振り返った。
幻惑魔法の一種。
幻でゼデクの存在を、指定者以外、認識できないようにする魔法。
ウェンディがこちらを見ているあたり、彼女は認識できるようになっているらしい。
念には念を、ということで、何重にも魔法をかけたのだろう。
2人の表情に、疲労が見て取れた。
「目の前をよぎるタイミングで、陽動がかかります。それと同時に向かってください。後、馬車には直接触らないように。馬車の振動で、バレるかもしれません。効果時間は大体5分くらいですが、早めの離脱を試みてください」
「わかった」
「......待ちなさい」
そこで、ウェンディが口を開く。
「あんた、なんでさっき、自分から行くって言い出したの? あのまま私達の誰かに任せてれば、あんた自身は安全だったのに」
「......間際で変なこと聞くなよ」
ウェンディの言葉に、ゼデクが顔をしかめる。
まだ、ゼデクを認めていないかもしれない彼女が、疑問に思うことは、あり得るかもしれない。
ゼデクはそう思いながら、急いで、でも真剣に考えて答える。
「......いい加減、嫌になりそうだったから。いつまでも、地べたでもがいてる自分が、嫌になりそうだったから。それに少なくとも俺は......俺はお前のことも、大事な仲間だと思ってる。できるだけ、危険な目にあって欲しくない」
その言葉に、ウェンディが目を丸くさせる。
隣でオリヴィアが笑っていた。
「満足か? 行ってくるぞ」
ゼデクは、返事を待たずに視線を下に戻す。
もうすぐ馬車が、目の前を通り過ぎるタイミングだった。
できるだけ視線に敵意や緊張を乗せないように気を付けながら、機会を待つ。
「ルゥレェティシィア様ぁぁぁぁぁああああ!!!」
下からそんな叫びが聞こえた。
歓声を破って尚、有り余る程の迫力を内包した咆哮。
おそらく、エドムとガゼルが半裸で叫んでいるはずだ。
そちらに視線は向けない。
護衛の視線はどうなったか?
前2人は間違いなく、叫び声の方を向いていた。
後ろは......
「......!!」
グラジオラスもまた、叫び声の方に顔を向けていた。
千載一遇のチャンス。
ゼデクは瞬間的に、魔力を身体に張り巡らせる。
身体強化魔法だ。
一般人とは比べ物にならない程の身体能力を引き出す。
そのまま壁を蹴り、屋上から地面目掛けて、飛び降りた。
観客と馬車の周りにいる兵士の間でワンクッション。
一瞬の出来事だからかもしれないが、誰も反応しない。
魔法の効果は確かのようだ。
護衛3人の視線は変わらない。
ゼデクは一気に馬車の側まで駆け抜ける。
そして軽く飛び、レティシアと同じ高さまで、身体を持っていく。
国の最大兵器だからか、象徴だからか。
彼女は華美な装飾が施された鎧を着ていた。
レティシアも驚きを浮かべ、叫び声の方を向いている。
きっと、かつての従者が自分の名前を叫んでいる場面に出くわしたからだろう。
しかも2人とも半裸で。
だがゼデクには、そちらに視線を向ける暇も、レティシアの表情を凝視する暇もない。
いつ彼らの視線が戻るか、わからないのだ。
急いで手紙を入れれそうな場所を探す。
辛うじて馬車から覗かせている、腰のベルトに狙いを定めた。
ベルトと鎧の間に手紙を差し込む。
この手紙が、レティシアの希望とならんことを祈って。
レティシアの心の支えとならんことを祈って。
自身の想いを、仲間の想いを、この手紙に込めて差し込む。
後は離脱するだけだ。
一歩でも踏みだして、一飛びすれば離脱できるのだ。
今の行動で、3秒も経っていない。
最後に前後を確認する。
まだ、3人とも視線を動かしていなかった。
そのまま反転して、来た方向へ急ごうと試みる。
あと少し。
あと少しで、離脱できる。
そこで......
「......なっ!」
腕を掴まれた。
そちらに振り向くと、後部座席に居たグラジオラスが、ゼデクの腕を掴んでいた。
あり得ない。
こちらを見ていなかったはずなのに。
幻惑魔法で、存在が認識できないはずなのに。
確かに、グラジオラスと視線が合っていた。
そのまま馬車に引きずり込まれる。
グラジオラスは、ゼデクを自席の足元に押し込んだ。
そして、ゼデクを踏み付ける。
「ぐっ!!!」
何とか、上を見る。
グラジオラスが、こちらを見下ろすのが視界に入った。
「......愚かな、本当に来るとはな。私も侮られたものよ」
あの会議の日と同じ、冷たさしか宿っていない瞳で、そう呟くのであった。




