第135話 始祖と悪魔 4
今から数百年前のことだった。自身の魔法、"鏡魔法"の可能性と危険性に気付いた。そして皮肉にもそれは、鏡面世界の自身に気付かされた。
鏡面世界の自分、レフティス・ミロワールは、あろうことか自身、現世界のレフティス・ミロワールの命を狙ってきた。
この時、知らず知らずと世界の命運をかけた一騎討ちが繰り広げられるのである。勝利した方が、今後の両世界における主導権を握る。
結果として、私は鏡面世界の......並行世界の自分に手をかける。
彼は本来、自身が持ち得ない力を多く有しており、それ以上に身体が疲弊していた。
『あぁ、やはりこうなったか。同じお前であれば、身の丈に合わない力を持ち合わせた方が敗れるのも必然』
『......君は』
激闘の末、動くことも叶わないレフティスに、友であるグレンジャーは歩み寄る。
『友は死んだか......レフティスよ、身勝手な話だとは重々承知だ。しかし、どうかこの世界を見ていって欲しい。せめて、この世界までもが同じ末路を辿らないで欲しい』
並行世界の友はそう言った。私は初めて鏡の奥に潜む世界へと踏み入れることとなる。
鏡越しの世界は地獄だった。現世界の少し先の未来を体現していた。
聖地の真実に気付かず、手を取り合うべき六国が潰し合う。始祖の旧友が裏切り、六国の背後で"六花の子ら"が跳梁跋扈する。
それは、始祖の願いや先代の国王たちの意志から遠くかけ離れた未来。
意味もなく聖地を開き、人々が滅亡する未来が約束された世界線。
何もかもが手遅れだった。
『友はこの世界に絶望した。自分に絶望した。だから、探し出した始祖の魔法を抱え、もう一つの世界に活路を見出した。あわよくば乗っ取ろうと考えていた。生き場所を求めるお前と生き場所を守るべく戦うお前。あの決闘の勝敗は、戦う以前にわかっていたと言うのに』
つまり、彼は自分にとって変わって、今度こそ歩むべき道へと戻りたかった。平和を掴みたかった。その為に自分を殺してまで生きようとした。同じ末路を歩まぬ為に。
『そして、お前が勝った。そちらの世界のお前が勝った。であればお前には権利と責任がある。この世界を踏み台にしろ。ここには知りたい情報、隠された真実、現世界の目を盗んで行動できる場所......何でもある』
バケモノは真実に近付く者、真実を知る者を嫌う。聖地を何の準備もなく開かせる為に、余計な勘繰りを入れる者を嫌う。
恐らく、彼らは自分を抹消しようとしているだろう。"命の鍵"に助けられ、悲鳴を上げる肉体でもう何百年と生きた。多くの真実を知り得た。バケモノたちは、六国の強者の中でも頭1つ飛び抜けた自分が死ぬまで安心しないだろう。
だから、全部利用する。自分は死んでも構わない。
だけど――
『俺たちもただ意味もなく滅ぶのはゴメンだ。だから......俺たちを利用しろ』
出来る限りの手を尽くし、ありとあらゆる準備をした後に、仇撃つ要素を全て道連れにして死んでやる。
◆
『もうすぐ......あの方がここに来る』
仰向けで横たわるレフティスは呟いた。
『この始祖の力を求め......邪魔者である私を排除しに来る』
『邪魔者だと......?』
理解できない、とばかりに彼を見下ろす男、グラジオラス・ウィンドベルは首を傾げた。
『そして真実を知った今、君もまた排除の対象だろう。彼は私たちを消した後、始祖の力とゼデク・スタフォードを回収し、バケモノすら出し抜いて1人勝ち残るつもりだ』
『......貴様の目的は何だ? 貴様は何と戦っている?』
理解できないのは無理もない。レフティス自身、多くのことを隠し過ぎた。
『......頼りない先人ですまない。ここまで辿り着いてくれた君に......私から最期に頼みがある』
『......』
『......これまでの全てを話そう。逆転するんだ......今は惨めで良い......苦しんで良い......でも......』
今日、この日を以て――
『......私たちは逆転する』
◆
「離しやがれッ!」
「そうは行きません。またとないこの好機を逃す手はない」
剣を胸に突き立てられて尚、悪魔は難なくもがき続ける。
「......貴方は、ここで私たちを始末し、ゼデク・スタフォードを回収する予定だった。そうですよね? あの始祖に比肩した貴方ほどの者が唯一エスペルトに劣る点。......それはゼデク・スタフォードの中に眠る魔法なのだから」
「......なるほど。わざわざガキを拉致したくせに野放しにしていたのは、狙いが初めっから俺だったからってわけか......だかな!」
2人の身体に雷撃が走る。思わず手を緩めかけるグラジオラスとレフティス。
「この程度で殺せると思ったら大間違いだぜ。てめぇの厄介な"鏡魔法"も内側からやりゃ反射もできない」
「......必要なのでしょう?」
「......あ?」
「どうしても......必要なのでしょう? ゼデク・スタフォードの力が......魔法が」
彼女が。その言葉を聞いた時に、初めて悪魔の瞳が大きく波を打った。
「バケモノを出し抜くには彼女が必要だ。人々を出し抜くには彼女が必要だ。自分1人が勝ち残るには彼女が必要だ。何より......」
「......喋り過ぎたな、小僧」
幾重もの氷結晶のつららがレフティスの身体を内から突き破る。
「知り過ぎだ。流石は最初期の魔法使いってだけはある。......だがな、てめぇにも踏み込んで良い領分ってもんがあるんだよ。てめぇ如きじゃあ始祖や俺には成り代われないし、一生届かない」
「......えぇ、ですから私が出来ることは精々これくらいですとも」
すると、レフティスの背後に鏡が現れた。その鏡越しには真っ暗な空間が際限なく広がっている。
「それは......!」
「......結界の奥外、始祖様がバケモノたちを消す為に残した最終手段、虚無の世界」
現在、鏡面世界の六国を少しずつ呑み込んでいる結界だった。それは始祖が遺した最悪の最終手段。六国の全てを犠牲にしてまで、バケモノを消すべく設けられた結界。
「......空間魔法で繋げました。幾ら貴方とはいえ......この空間に巻き込まれれば――」
「死なねぇよ。これはお前の部下の身体だ。俺を殺すには至らない」
「ですが、貴方にも確実なダメージは負う。そして依代を失えば少なくともゼデク・スタフォードを回収する機会は失われるッ!」
「だったらなんだッ! 大人しく俺が落ちるとでも思ってんのかッ!」
悪魔はもがく。あらゆる魔法で"教皇"を攻撃し続ける。だが、彼は決して手を離さなかった。
「......!」
そして悪魔は異変に気付いた。身体が動かない。
「どうして......?」
「さっき口にしたことですよ......それは私の部下......誉高き"神官十三家"、イリアス・ルーツの身体ッ! 例え貴方が相手だろうとッ! 彼は黙って他人に乗っ取られるような男ではないッ!」
「クソッ! 雑魚如きが俺の意志に逆らうなぁァァァァァアアアアッ!」
「早くその手を離せッ! グラジオラスッ!」
レフティスは叫んだ。
「君はまだ向かうべき場所がある筈だッ! 最期まで彼らを見届けろッ!」
「おい待てっ、王族様よぉ! 色々知ったてめぇはちゃんと死んでもらわねぇと――」
「......君には君の使命がある筈だ」
悪魔が、イリアス・ルーツの身体が1人でに背後へと飛んだ。その勢いを利用して、レフティスは共に鏡の方へと身を投げる。
「絶ッッッ対戻って来てやるッ! 覚悟してろよッ!」
断末魔には少し遠い声を吐きながら、彼らは虚無の世界へと吸い込まれていった――




