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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第6章 少年と千年鏡面世界 〜ヘイゼルの戦花〜
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第134話 始祖と悪魔 3

 その男は動けるはずがなかった。常識的に考えて、絶対と断言できるほどに死に体だった。


 慣れない環境、連戦による疲労。雷に胸を焦され、氷に貫かれ、出血量は計り知れない。


 だと言うのに――


「て、てめぇ、なんで動けやがる!」


 あろうことか立ち上がり、駆け抜け、今までで一番重い拳を振るった。


「......プレゼンスは死の淵から這い上がり、己の信念を貫いた......アイゼンは病に侵された心臓の痛みに耐え、息絶える瞬間まで戦い続けた......エスペルト(おろかもの)はただ1人で秘密を抱え込み、今も尚苦しんでいる......ならば......私1人がこの程度で根を上げるわけにはいかないッ!」

「そう言うこと聞いてんじゃねぇよッ!」


 根性論1つで生死の境目を彷徨えるものではない。見当違いな回答に悪魔は憤慨する。


「......!」


 が、そこでグラジオラスは膝をついた。既に限界を超えつつある身体。しかし、彼が苦しむ点はそこだけではない。


 頭の中で声がする。


 無数の声がする。


 まるで何人もの思考が、頭の中を駆け巡るような、そんな感覚。


「ククッ、漸く鈍感野郎でも気付きやがったか。ソレ使ってタダで済むと思うなよ?」


 "教皇"が持っていた魔法群。始祖の魔法、その半分。


 詰まるところ、グラジオラスは今、おびただしい程の魔法を抱えていることになる。常人では発狂しかねない量の意思を抱えている。


『時々聞こえるんだ。魔法の声が。意思が。あの噂はきっと嘘じゃない』


 ライオールの言葉が脳裏を過ぎる。魔法の声、魔法の意思。よく聞く、都市伝説にも近い噂話。彼はそれを信じていた。いや、実感していた。


 そしてグラジオラスも今、実感している。莫大な量だからか、始祖が絡んでいたものだからか、この魔法群からは確かに声がする。


 そして、頭の中を巡る無数の声や意思に自我が崩れそうになる。制御なんて二の次だった。


「常人が手にしていい代物じゃないんだよ。......ったく無駄な抵抗しやがって」


 悪魔が氷で生成された刺又を手に取る。動かなければ、トドメを刺される。


『妹に"鍵"の制御を強要するか。だが、貴様はどうだ? "力"を選ばず、"力"に選ばれることを良しとした貴様は果たして同じ業を為せるのか?』


 誰よりも魔法の扱いに長けていたペルセラルは、そう言った。良いわけがない。散々他人に強要しておいて、自分ができないなど持っての他だ。


 レティシアやゼデクが膨大な魔法のコントロールに苦しみ、努力して、そして完璧でないしろモノにした。


 グラジオラスは擦り切れそうな頭の中、自我に意識を集中させ、何とか立ち上がった。


 あらゆる代償を払った身体は、驚くほどに強化されていた。激痛が走る反面、何時もより軽く、速く動く。


「......まだ動くか」


 悪魔は空間魔法を用いて、グラジオラスの元まで瞬間移動する。彼を始め、これまでの人間には追随できない動き。


 だが、彼は確かに順応してきた。突き出された氷の刺又を、本来持ち得ない炎で溶かし尽くす。


 まだぎこちないが、確かに始祖の魔法の一部を使い始めている。


「これで魔法は同じ領域まで辿り着いた......」

「だが、テメェ自身が成っちゃいね――」

「ならば後は私自身が貴様を越すまでよ! 自我を保ち、力を限界まで引き出す! 力同等な今、外道に劣るわけにはいかんッ!」


 グラジオラスの周囲を紫水流が舞う。魔力でブーストされた水流に妖しげな輝きが増していた。


「んはっ、あれはヤバいな」


 流石の悪魔も後退りする。迫りくるアメジストの波を、迎え撃つことなく回避に専念した。


「このまま早く朽ちてくれよ、王族様ぁッ!」


 決して近付かず、無駄な浪費をさせるべく、牽制弾を放つ。余計に力を使えば使うほど、身が持たないグラジオラスは死へと加速する。


 しかし次の瞬間、彼は姿を消した。


 "雷光瞬足(ライトワープ)


 悪魔と同じ、空間移動魔法。この短期間で今まで全く縁のない魔法を使いこなし、悪魔の背後へと姿を現した。


「これまでの清算をして貰うぞッ!」

「ハッ、馬鹿の一つ覚えってか!」


 視界外の攻撃に対しても難なく回避した悪魔は逆に、グラジオラスへと刺又を突き立てる。


「自分の魔法にやられるマヌケはいない......ついさっき"教皇"で演じたばかりだろ」

「......がはッ」


 自身に刺さった刺又を握りしめ、項垂れるグラジオラス。瞬時に魔法群に適応したことは驚嘆すべき事実だったが、悪魔に及ぶことはなかった。


 それは経験値の差であり、実力の差であり、執念の差であった。


「......捕まえた」

「はぁ?」

「......漸く貴様を捕まえた」


 だと言うのに、彼は不思議なことを呟く。


「ははっ、血迷ったか? 刺又の一本や二本掴んで捕まえたとはめでたい思考してんなぁ! 馬鹿も休み休み――」

「いいえ。確かに、漸く貴方へと追いつきました」


 刹那、悪魔の胸を一振りの剣が突き破る。


「......なんで生きてやがる」

「私は......私たちはこの瞬間を待ちわびていた。さぁ、今こそ清算と行きましょう。()()()()()()様」


 男は......"教皇"レフティス・ミロワールは、悪魔の肩へと手を乗せ、疲労を隠すことなく笑みを浮かべた。


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