第131話 少年と六花 3
「なぁ、アンタ。この声が聞こえるか? ......俺の声が聞こえるか?」
空間を強引に引き裂き、鏡面世界へと姿を現した男を出迎えたのは、1人の少年だった。
話しかけられた男、ペルセラル・ストレングスは答えを示すべく、少年の方へと向き直る。
「相変わらず物怖じしない自信に満ちた顔だな、もう一度アンタの顔を見れるとは思わなかったよ」
「......そうか。俺は果てたか。だが驚くことではない。所詮、こちらの世界の俺は――」
目の前で腰掛ける少年は、ただ気まずそうに笑みを浮かべる。
「それだけの存在だった、だろ? 残念なことに、俺も困難に打ち克つだけの存在にはなれなかった」
「......こちらの俺は何を成した?」
「劣勢になった人々の退避する時間を稼ぐべく、バケモノの軍勢相手に1人で三日三晩戦い続け、殿をつとめた。他の誰にも出来ないマネだ」
「......フン」
ペルセラルは鼻で笑い、一蹴した。
「で、アンタはこの世界に何しに来たんだ?」
「行く末を見届けに。生憎、加勢をする気は毛頭ない。鏡面世界の問題は、鏡面世界の俺が解決すべき問題よ」
「......やっぱり、アンタらしいな」
少年はそんなことを言う。やはり、こちらの世界でも同じような関係だったのだろうか? もしそうだとしたら、鏡面世界の自分はとことん道半ばで斃れたらしい。どこか他人事めいた思考がペルセラルの頭を過ぎる。
「1つ、頼みがある」
「断る」
「加勢しろとは言わない。あそこに連れて行って欲しいんだ。もう一度こんな身体になった俺に、戦う機会をくれ」
「......」
「アンタにしか頼めないんだよ......師匠」
◆
黒ずんだ結界が動き出す。あの時と全く同じだった。自分だけは逃すまいと生涯を捧げるのみにとどまらず、死後も魔法になってまで永世疎外してきた男が仕掛けた結界。
"魔法使いの始祖"が遺した呪いにも似た物。あの結界だけは苦手だった。聖地同様、自らの排斥に注力された代物は、どうしても破ることができなかった。
それは力を付けた今も同じ。バケモノは......神にクロッカスと名付けられた花は、生と目的の成就を勝ち取る為に蠢きだす。
子だけでは間に合わない。この世界で唯一用意された出口へ向かわなねば。
彼を以ってしても、結界を破ることは不可能だった。仮に破ることができたとしても、その外にある光景は、大陸でもなく海でもなく、始祖が仕組んだ虚無の空間だけ。
そう。この世界が結界に囲まれた時、既に外界と切り離されていたのだ。手に負えなくなった以上、己を慕った民たちを犠牲にしてまで、滅そうとしてくる。
それだけは許せない。何の為に生まれ、何の為に人を喰らい、何の為に此処まで死線を潜り抜けたかわからなくなる。
クロッカスが主城へと向かうべく巨体を起こした時――
火炎が道を塞ぐ。バケモノの巨体を防ぐ程の爆炎。
「......馬鹿な。魔法如きが単独でここまで来るなど――」
「これ以上、外の奴らの世話になるわけには行かない。今となっては殺すことも封じることも叶わないが......たかが数時間、この場に止めることくらいできる」
抹消した筈の少年が、宿主を失い惑う魔法が、聖地から離れた場所に単独で現れている。
「死して尚、我が道を阻むというのかッ! 怨念風情がッ!」
炎の波に漂う少年は――ゼデク・スタフォードは刀を抜いた。
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