表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れじの戦花  作者: なよ竹
第2章 少年と4人の元従者
13/141

第13話 少年と決意

 いつからだろう、彼女のことが気になり始めたのは?


『私はね、ゼデクのこと大好き!』

『う、うん』


 金色に輝く麦畑の中、今日も彼らは逢瀬する。

 いつもの橋の上で、逢瀬する。


 いつからだろう、彼女のことが頭から離れなくなったのは?


『......反応薄い』

『ご、ごめん! 恥ずかしい』


 思わず、顔を背けるゼデク。

 それに、レティシアは微笑んだ。


 いつからだろう、彼女のことが好きになったのは?


『貴方は私のこと、好き?』

『す、好きだよ』

『え、なんて言ったの?』


 彼女は微笑み続ける。

 絶対に聞こえている、そんな反応。


『だから、好き』

『もう一回!』

『好き!』

『さらに、もう一回!』

『もー、聞こえてるでしょ』


 何度か同じやり取りをしたところで、ゼデクは限界を迎えた。

 自分は今、真っ赤な顔をしているだろう。

 感じる熱で、それがわかる。

 レティシアの方を見る。

 彼女は嬉しそうに頬を赤らめながら、じっとこちらを見つめていた。


『私のどんな所が好き?』

『......え?』


 少し戸惑った。

 どんな所が好きなのだろう?

 気付けば気になっていて、頭から離れなくなっていて、好きになっていた。

 全部が好きだ。

 でもそれは、なんだか安易な答えな気もする。

 すると、


『私のこと、可愛いと思う?』

『......うん』

『そかそか〜』


 そんなやり取りでも、満足気な表情をするレティシア。


『他には?』

『......うーん、あるんだけど、上手く言葉にできない』

『ふふ、何それ』

『でも......』

『うん?』

『でも君といる時間は、とても楽しくて、幸せだと思う』


 レティシアの笑みが止まり、驚きの表情に変わる。

 でもそれは一瞬で、すぐに微笑みが戻る。

 そこで今度は、ゼデクが聞いてみた。


『ところでさ、僕のどんな所が好きなの?』


 彼女は、その言葉を待ってましたと言わんばかりに跳ね上がる。


『えーとですね、それはたくさんありまして。でもね、まず最初に言うべき所は......』



 ◆



「おーい、筆進んでないぞ〜。大丈夫?」


 その言葉にゼデクの意識が戻された。

 少し頭をあげると、エドムがこちらを覗いている。

 今、ゼデクは中央通り沿いにある、建物の屋上にいる。

 彼らは二手に分かれていた。

 ウェンディとガゼルはパレードにおける、レティシアと、その護衛隊列の偵察に。

 残りは彼女の通過点を見下ろせる、この場所に待機している。

 パレードはもう始まり、レティシア達は主城から出発しているはずだ。


「少し、昔のことを考えた」

「それで、出来そう?」

「出来る。文は浮かんだ。後は書くだけだ」


 ゼデクの中で、答えは出ているはずだった。

 これが今の自分にできる、一番正解に近い答え。

 後は書くだけ、否。

 心に残る不安を払って、書くだけだ。


「なぁ、エドム」

「なに?」

「俺は、お前らの仲間として進むことを決めた。正解だと思うか?」


 するとエドムは、目をパチリとさせる。


「え、何? 馬鹿? 僕らが誘ったんだから、例え悪意があったとしても、うんって答えるに決まってるじゃん」


 質問した後に、ゼデク自身もそう思った。

 でも聞かずにはいられなかった。

 不安を払うように、さらに聞く。


「お前は、どんなことをしてでも、俺をレティシアの元に連れて行くと言った」

「うん、言ったね」


 次の問いに一瞬戸惑う。

 それでも聞く、そう決めた。


「......俺がお前を仲間ではなく、踏み台として活用したら、辿り着けるとする。お前はそれでも、身を差し出すのか?」

「良いよ、でも君には無理だ。君は絶対にそんな事しない」


 彼はあっさりと答える。

 ゼデクが戸惑いながら出した問いに、あっさりと断言する。


「なぜ断言できる?」

「ごめん、実は昨日のゼデク達の会話、聞いていたんだ。ううん、多分聞くように仕向けられてた、エスペルト様に。それで君が、彼を殴ったのも見た」


 それにゼデクは驚いた。

 エスペルトが、エドムにそう仕向けた理由がわからない。

 本当に彼らを利用したいのなら、聞かせるべきではないはずだ。

 本当にゼデクを仲間から踏み台へと誘導するならば、やはり聞かせるべきでない。


「......だから、お前は信じるのか?」

「いや、それもあるんだけどさ......」

「なんだよ?」


 今度はエドムが躊躇う。

 少し間をおいて、恥ずかしそうに笑った。


「多分......多分さ。レティシア様は、君のそういうところが好きなんだと思う。前も言ったけど、8年もの間忘れてもおかしくない、諦めてもおかしくない恋を、抱え込んで生きてきたんだろ? 僕はそれで十分だと思う」


 出てきたのは、予想外の言葉であった。

 今度はゼデクが目をパチリとする。


「なんか聞いてた性格より少し捻くれてるけど、君はどうしようもなく甘くて、優しくて、裏切りなんてできない奴なんだよ。それでレティシア様は、そんな君が好き。だったらさ、変えるべきじゃないと思う。君が正しいと思えたなら、進むべきだと思う」



 尚も恥ずかしそうに頬をかくエドム。

 しかし、彼の目には真剣さが宿っていた。


「と、まだ齢16の少年が申してまーす!」


 すると、オリヴィアがエドムの肩を掴む。

 彼女は笑っていた。


 レティシアが愛した、ゼデクの魅力。

 それを変えるべきではないとエドムは言う。

 おそらく、綺麗事だ。

 もしそれで、エスペルトの言ったとおり全滅したら意味がないのに。

 こんな狂った世界で、夢ばかり主張してては、生き残っていけないはずなのに。

 ゼデクは惹かれた。

 きっと、求めてしまってる。

 この綺麗事に浸かっていたいと。


「もー、恥ずかしいな! どう!? 不安、少しはなくなった?」


 エドムは聞きながら、恥ずかしさを誤魔化す為に、オリヴィアの頬を引っ張る。

 負けじと、オリヴィアも頬を引っ張り返す。

 場面に似合わず、あまりにも間抜けな顔。

 ゼデクも釣られて笑う。

 不安が全部消えたわけじゃない。

 でも多かれ少なかれ、人は常に不安や迷いを持っているはずだ。

 常に何かに悩み、それでも、もがきながら歩み続けているはずだ。

 だから。

 だから迷いながらも、このまま進もうと思う。


「......お前の言い分は綺麗事だ。凄く馬鹿馬鹿しい」

「うわっ、この場面で言う台詞?」

「でも、救われた。ありがとう」


 この綺麗事に縋ってみようと思う。

 今、自分が出せる感情全てを手紙に込めるのだ。

 そしてもう一つ、ゼデクは決心した。


「あ、ウェンディ達が帰ってきた」


 エドムが声を上げる。

 視線をそちらに向けると、奥からウェンディとガゼルが走ってくるのが見えた。

 なんとなく、表情が暗い気がした。


「配置、どうだった?」

「......まずいかも」


 近づくにつれ、やはり気のせいではなかったことがわかる。

 深刻そうな顔で、ウェンディはそう告げたのであった......


 ◆


 5人は作戦を確認しながら、中央通りを見下ろす。

 今回の作戦は至って単純なものであった。


 1.オリヴィアの幻惑魔法で、誰かを手紙ごと認識できないようにする。

 2.その誰かが、レティシアに近付き、手紙を袋に忍ばせる。

 3.必要に応じて、残りの面々が陽動に出る。


 つまり、オリヴィアの幻惑魔法に全てが掛かっている。

 彼女の姉、“クレール・ローレンス”もまた、七栄道の一角であり、国一の幻惑魔法使いであった。

 その妹である、オリヴィア・ローレンスの幻惑魔法。

 姉の才能に次いで、彼女の幻惑魔法は現時点でも、国で2番目に数えられる。

 彼女が推薦枠を勝ち取った所以でもある。


 その彼女に、信頼を寄せて立てられた作戦。

 だがそれ故に、最大の弱点を内包していた。


「......一見完璧そうに見えるんだけどなぁ〜」


 エドムが頭を抱える。

 ウェンディ達の報告によれば、レティシアは今、馬車の上にいるらしい。

 ちゃんと皆が拝めるように、彼女の腰から上が開けた馬車。

 縦に5人分、横に3人分座れる程のスペース。

 馬車の周りには、囲むように衛兵が並んでいる。


 それは問題ではない。

 馬車の上にいる人物が問題なのだ。

 馬車の上には3人の護衛がついていた。

 レティシアの前に2人、後ろに1人。

 それぞれが、彼女から少し間を空けた席に座っていた。


「......オリヴィア、行けそう?」


 エドムがオリヴィアの方を向く。

 それに彼女は目線をそらしながら、


「いや〜どうですかね、これ。レティシア様の前を横切るのはダメですね、絶対に」


 その護衛の人物とは、七栄道の面々であったのだ。

 それも前にいる1人は、オリヴィア以上の幻惑魔法の使い手である、クレール・ローレンス。


「姉だと、普通に見破られてしまいます。横か後ろから接近するしかありません」


 険しい顔をする、オリヴィア。

 出会って3日、ゼデクは初めて見る表情かもしれない。

 エドムが顎に手を当てながら、話す。


「やるなら、誰かがクレール様の視線を逸らして、その間に横からレティシア様に接近しよう。後ろの護衛にさえバレなければ、なんとかなるかもしれない」

「で、私は誰に幻惑魔法かけたらいいですか?」


 そこにも問題があった。

 レティシアに近づく以上、七栄道の3人にも接近することになる。

 クレールの視線を外せたとしても、見つかる可能性が微弱ながらあるのだ。

 最悪捕まり、どうなるかわからない。

 一番危険な役割。

 でも、ゼデクは決めていた。

 さっき、決心したことだ。


「俺にやらせてくれ」

「っ、だめだ! 万が一のことも考えて、君は出るべきじゃない!」


 やはり、否定するエドム。

 ゼデクは全員に否定されるかと思っていた。

 しかし、


「よし、わかった。陽動は任せろ。俺が絶対に視線を釘付けにしてやる」


 ガゼルがすんなりと頷く。


「ちょ、ガゼル!」

「心配なら、エドムも全力で陽動に尽力するべきだ」


 ゼデクはガゼルから、エドムに視線を移す。

 視線が合う。

 しばらく見つめ合う2人。

 やがて、エドムは目を閉じた。


「はぁ、わかった。でも、できる限りのことはするよ」


 溜め息と共に手を差し伸べる。


「手紙、書けた? 貸して」

「......書けたが、中身が気になるのか?」

「いや、包みの所でいいよ」


 エドムは手紙とペンを受け取ると、何かを書きだした。


「これで誰が一番危険とか、関係ないでしょ? 晴れて僕も立派な共犯者だ」

「なっ、お前!?」


 そこには、エドムの名前が書かれていた。

 わざわざ自分から計画に加わったと主張しているようなものだ。

 手紙が見つかれば、当然彼の身も危うくなる。


「あ、それ良いですね! 私も私も! あり? というより魔法バレた時点で、私も連座ですよね?」


 笑いながら、オリヴィアがペンを手に取る。


「よっしゃ! 俺にも書かせろ!」


 ガゼルがペンを横取りする。


「ウェンディ、君はどうする?」


 エドムが問いかけると、みんな一斉にウェンディの方を向いた。


「......この流れで私だけ、書かないわけには行かないでしょ」


 彼女は顔を赤くしながら、手紙に手を伸ばした。

 みんな自ら死地に飛び込む。


「えー、嫌だったら、無理して書かなくて良いよ?」

「書くって言ってんでしょ! あんた、わかってて言ってんでしょ!」

「ガゼル君、ガゼル君! ちょっと字大きすぎません?」

「ん、そうか? こんなもんだろ」

 

 馬鹿だ。

 正真正銘の大馬鹿者。

 危険を冒しているのに尚も笑い、騒ぐ4人を見つめて、ゼデクは改めて思う。

 この道を選んで、良かったと。

 きっと彼らとなら、良い仲間になれる。

 きっと彼らとなら、辿り着ける。

 そしていつか、レティシアも一緒に......


「ほら、ゼデク! みんな分書いたよ! 作戦の最終確認の続き、やろう!」

「あぁ!」


 レティシアとの再会まであと少し。







 六国大乱まで、残り僅かーー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ