第127話 教皇と紫水 2
アメジストを砕き、溶かし、混ぜたが如き鮮やかな紫水流に見惚れる。
水と毒の混合魔法。数多の魔法使いを見てきた“教皇”レフティスでさえ、ここまで洗練された混合魔法は見たことがなかった。流麗という言葉はこの為にあるのだろう。そう思わせる所作。
「......しかし」
無駄なこと。レフティスは自身に降りかかる毒の雨あられを払うべく、術式を展開した。
四方に広く伸びた鏡が彼と紫水流の間に境界線を作る。レフティスに向けられた毒水は反転し、グラジオラスを襲った。
「......」
難なく躱すも、あまり良いと言える状況ではなかった。これで3度目。彼の攻撃はことごとく阻まれる。
「もう理解しているだろう。君の魔法が私に通用することはない」
ゼデク・スタフォードでさえ数回のやり取りで仕組みを理解した。魔法そのものを反射する鏡。対魔法使いにおいて、絶対的な壁となる鏡。
「あぁ。魔法の反射角を計算した上で重ねてくるであろう貴様の攻撃手段も予想がつく」
そう。ただ敵の魔法を反転させるだけでは芸がない。レフティス自身の魔法も上乗せし、弾道予測不可かつ回避不可の連続攻撃も容易に想像がつく話だ。
だがそれは知っているだけでは対処できない。
「ならばこの試練。乗り越えて見せてくれ」
周囲を覆うように鏡が大量に展開される。一切の逃げ場なく、全方位を鏡で密閉された空間が出来上がった。
炎・雷・水・風・光。レフティスの周りにいくつもの魔法が現れる。一般的な魔法使いはもちろんのこと、歴戦の猛者たちですら目を見開く光景だ。
それらが乱反射しながら自身へと向かってくる恐怖は中々に体験できることではない。そして、対応できるものでもない。
「先の虚勢、最後まで保ってくれよ」
一斉に放たれる魔法群。肝心なレフティス自身は、四方を鏡で覆いガードしている。
グラジオラスの視界が強烈な光に包まれる。避けるとかそんな次元ではない。
「仕方ない――」
程なくして、魔法同士で接触を起こした攻撃は大爆発へと至った。その威力すらも鏡は反射させ、確実に対象を死に追い込もうとする。
「......」
この過程で生き延びることができた人物は少ない。例えそれが叶ったとしても、同じことを数度繰り返すだけで保たなくなる。
「......足りないか」
しかし、レフティスは目を細める。紫色のドームから出てきたグラジオラスは、ほぼ無傷と言って良い状態だった。
「一般的な魔法使いが使用できる魔法の数は良くて3つ。貴様は常軌を逸している」
「当たり前だとも。私は“教皇”、最も神に忠実であると同時に、神に近しい存在。他の五国と比べてもらっては困る」
「だとしても、だ。一個人の常軌を逸している」
主張を続けるグラジオラス。
「これはあくまで推測の域を超えないが......貴様が持つその力、自身のものではないな?」
「......ふふっ、鋭いなぁ。君も流石と言ったところだろう。積み上げてきた物が違う」
少なくとも鏡面世界の彼よりは成長していた。より恵まれていたのか、或いは困難を乗り越えることができたのか。
彼は何の根拠も無しに言ってるのではない。この世界を見て、考えた上で言っているのだ。例え洞察力だけでも、警戒に値する。並行世界が同じ過程を繰り返していないことに安堵するレフティス。
「どうやら複数人の魔法を何らかの形で自身の力へと変換しているらしい」
「それを防ぐ君の魔法も中々危険だと思うのだが一体それは何だい?」
「生憎、貴様と違ってベラベラ話す間抜けではないからな」
「酷いなぁ――」
するとレフティスは光線を撃ち出す。軽度かつ速い光線。しかして急所を目掛けて放たれた一撃は、決して無視のできるものではない。果たして......
光線がグラジオラスに届くことはなかった。怪しい湯煙が沸き立つ紫水が受けると同時に蒸発する。
「溶解液......に近いものか。それも魔法を溶かす異質な類。流石は事実上、キングプロテア王国最強と謳われる“黄金の英雄”に追い、序列三位に位置する男。一筋縄では行かないらしい」
警戒しつつも再び次弾を装填するレフティス。
「だが君の魔法は私に届かない。後は――」
拡げられた魔法群は、先程の倍をゆうに超えた。
「いつまで耐えれるかの我慢比べだ」
「......!」
発射される前に、溶解液が槍のように繰り出される。それは鏡の合間を縫い、レフティスの喉元へと向かうが僅かに遅れ、躱される。
「油断もできない......が、これで最後だ」
最後の抵抗も虚しく、光の束が降り注いだ。グラジオラスは何とか溶解液をドーム状に展開し、防御するも時間の問題。
「さぁ、この嵐は死ぬまで続くぞ!」
反撃の暇もなく、魔法による攻撃がどんどん追加されていく。後は彼が溶解液による防御壁をいつまで維持できるかどうか。
いずれにせよ、魔力の底が尽きた瞬間が命取りとなる。
1分経ったくらいだろうか? ついにグラジオラスが片膝をついた。どうやら限界が近付いて来たらしい。
「......これも我が悲願の為。悪く思わないでくれ」
レフティスが勝利を確信した時、それは訪れた。
「......?」
唇から首にかけて、何かが流れるような感触がした。
溶解液......? まさかそんなはずは......
轟音の中、彼は自身の口を拭う。手のひらを見る。底には赤い液体が付いていて――
「血、だと?」
次の瞬間、彼の視界が大きく揺らめいた。




