第122話 混乱と崩壊 2
第6章のプロローグに挿絵(表紙の絵を描いてくれた友人より Twitter @type74prototype)を載せました! 是非ご覧になってください。
自ら閉ざし、封じていた記憶が蘇る。幼少期からずっと刷り込まれてきたことだ。
『お前は“鍵”。お前は“兵器”。その大前提を忘れてはならぬ。名、性、族、あらゆる要素は二の次で良い』
圧倒的な存在だった。それも逆らうことすら許されない程に。いや、逆らう気すら打ちのめされたのだ。
父は、国王は常に言い含める。お前は“兵器”たる存在だと。それ以外に価値を見出すなと。
人間を見る目ではなかった。そして、彼の深い闇を宿した目も同じ人間のものだとは思えなかった。
これが真たる王として求められる格なのか。人の上に立つ――とりわけ国の頂点ともなれば、他者の追随を許さない何かか、他者を惹きつけ自分の力にできる何かが必要となってくる。
素質。“鍵”という一点を除いて、私にそれらが備わっているか否かと問われた時、国王としては愚か、王族としての自尊心も完膚なきまでに砕かれた。
父の徹底振りは私の外にまで及ぶ。
私を人として愛してくれた母を殺し、私の境遇に堪えきれず、ついに反発してしまった義兄の首を刎ねた。
1つ1つ縋り付いた希望を丁寧に潰していく。潰した希望を横目に流して彼は言うのだ。
『これはお前の所為だ。お前が在り方を受け入れぬばかりに周りの者が呪われる』
だから私は諦めた。人としての生を諦めた。父が死んだ、あの瞬間までは。彼を天秤にかけられた、あの瞬間までは――
◆
声が出ない。身体が震える。
「どうした? 何とか言ったらどうだ?」
目の前の存在には絶対に敵わない。そう教え込まれてきた。
「かつてお前が裏切ったが故、俺は一度だけ死なねばならなかった。恥をかいたとも。おかげで今でもサフランに嘲笑われる」
あの時は彼がいたお陰だ。殆ど彼に任せてしまった。自分はキッカケを作ったに過ぎない。
「一介の兵器如きが我が覇道を妨げた。だと言うのに何故貴様は生きている? 死して詫びるべき重罪だろうに」
それでも彼女が踏ん張っていられたのは、少しでも時間を稼ぐ為だ。あの少年が父に見つからない為の時間稼ぎ。
「......あ、あ」
「?」
「あな、たは......人間......じゃなかった」
するとアドバンス・ウィンドベルは乾いた笑みで一蹴する。
「それが何か問題あるのか? 俺が人で無ければ道具を利用してならないとでも? “兵器”である貴様は誰に使われようが大したことではない。一切の情を持つな、そう教えた筈だが?」
言葉の1つ1つに尋常ならざる圧がのしかかってくる。ただ耳を傾けているだけで膝が折れそうになった。
まだだ。まだ3分と経っていない。レティシアは己に鞭を打つ。
「......あぁ、そうか」
「......?」
アドバンスは彼女を品定めするように見つめた。
「その狼狽する様、僅かな抵抗......そうか、時を稼いでいるのだな。偽りの正義をかざすことに快楽を覚えたか? それとも新しい男でも作ったか? それが貴様の在り方を揺るがすのであれば再び踏みにじらねばなるまい」
「......!」
「おいおいおい。あんまり虐めてやんなよ」
すると声がした。背筋を更に凍らせるような、そんな声。
「ソイツは俺が貰う約束になっている。そうだよな? 俺はその為に人間も減らし、力の殆どもお前たちに譲渡した! 間違っても殺すなよ?」
「......ハイゼルバーン、義兄様」
レティシアやグラジオラスと同じく、キングプロテア王国の王子であった腹違いの兄、ハイゼルバーン・ウィンドベル。
だがそんな彼もまた、人を装ったバケモノだった。否。実際にハイゼルバーン王子という人物は存在したのだろう。人として生まれ、いつの日か入れ替わってしまった。彼の身体をバケモノは利用した。
そしてクーデターの際には、キングプロテア王国を狂気の渦に叩き込み、国力を大きく削いだ大罪人へと変貌する。
結局その場で表舞台から姿を消したものの、“聖地”解放後、彼は再び人類に牙を向けるべく復活した。
「俺の名を覚えていてくれるとは嬉しいねぇ〜。それでこそ俺の妃に相応しい」
「ハイゼルバーン義兄様......? 何を......?」
国の英雄と呼ばれていた頃とは見違えるほど転落した男を見る。そこに尊敬していた面影は残っていない。
「......ソレは“兵器”として没することが役目よ。大人しく退け、お前の遊戯相手など王都にいくらでも転がっていよう」
「アドバンス! 今のテメェは父親でも何でもないんだよ! もう言い分を聞く必要も無い」
「二度は忠告せん」
「俺も二度同じセリフは言わねぇ」
睨み合う2人。ただでさえ険悪な空気がよりドス黒いものになった。まさかの仲間割れかと思いきや、
「......まぁいい、好きにしろ。どちらにせよ、今日が最後の日だ」
思いの外、引き下がったのはアドバンスの方だった。そんな様子を見て、レティシアは違和感を覚えた。何せ彼は......
「なんだよ、いつになく謙虚じゃないか!」
一方、彼は何の疑問も持ち合わせずに、レティシアの方へと向き直る。
「喜べ! お前はこの俺に選ばれた! 人類は皆、本体の贄になるがお前だけは赦されたんだよ! 邪魔なグラジオラスもクソガキもいない! さぁ......俺の手を取れ。俺のモノになれ。そして共に新たな国を築こう!」
意味のわからない言葉ばかり吐きながらも、彼はどんどん近付いてくる。かなりご満悦な様子で、他には目もくれない。
......だから、後ろで剣を振りかぶるアドバンスにすら気付かない。父はただの一度も妥協しない存在だった。それがどんなに些細なことだろうと、彼は妥協を許さない。
そんなこと、キングプロテア王国の王子たちならばわかりきっていることなのだが。きっと彼は、辛苦の日々を忘れていたのだろう。もしかしたら経験すらしていないかもしれない。
どうやら時間稼ぎもここまでらしい。レティシアは観念して両膝をつく。このままハイゼルバーンごと父の剣で両断される。
あぁ、あの少年は無事に逃げられただろうか? 無事に帰ることができるのだろうか?
死を悟った少女が見たものは、歪んだバケモノの笑みでもなく、冷酷に見下すバケモノの視線でもなく、燦々と輝く刃でもなく......
いつの日か見た情景を思い出すような、茜色の炎だった――




