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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第6章 少年と千年鏡面世界 〜ヘイゼルの戦花〜
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第120話 少年と前夜 6

 大地に緑と灰の波が蠢く。今日も今日とて程よく侵攻を繰り返したバケモノたちは予定通り引き上げることにした。


「......」


 かつて、北方の女王として君臨した少女......の皮をかぶったバケモノ、サフランは遠くを眺める。大陸の外側を遮断する結界。あれだけは本体を以ってしても破ることができなかった。まだ踏破するだけのエネルギーが足りないのかもしれない。


「......何か見つけたのか? 君が無口なのは珍しいを通り越して不気味だ」


 隣でドアが軋むような音がする。振り向かずともその音と声でわかった。カルミア王国で暗躍した男、シーベリー。きっと彼は感情のない瞳でこちらを見つめているに違いない。


「あはは、ウチってそんなキャラクターでしたっけ? 酷くねーです? ウチだって黙って思考の1つや2つしますよ」


 受け答えすらしない人形兵に同意を求めてみるも、返事が戻ってくることはなかった。当然彼らに話すなんて非効率な機能は備わっていない。


「......」


 彼女は再び視線を結界へと傾ける。真っ黒な結界。それが少し濃くなった気がした。いや、明確な色の識別なんて付かないが、張り巡らされた魔力が濃くなったことがよくわかる。自分たちを排除しようとする意思が濃くなっている。


「うーん、遅いのかなぁ〜。でも、あんまり早いと逃げられるでしょーし」

「......明日、道が開かれるのか?」


 この中で比較的冷静かつ理知的なシーベリーは、彼女の考えを辿りつつあった。サフランが考えた過程。


 結界の外に繋がる道がどこかにあって、“教皇”はそれを開くことができる。ただ、大人数での移動を考えているのか、足りないパーツがあるのか、今日までその計画が遂行されることはなかった。


 あまりに素早く追い込めば心中を図られる可能性があるし、最悪、“教皇”1人で逃げかねない。だから理想は、彼がその道とやらを開けるタイミングを待つこと。


「夜のうちに兵隊さんを増やしてくだせー。アドバンスの騎士兵も量産体制に移行させます」

「......わかった」


 何故、結界が強められたか? それは自分たちを逃がさない為、排他する為。いずれにせよ、良い理由でないことは確かだ。


「それにしても随分とコソコソやってくれますね」


 現に結界の変化に気付いたのは注視していたサフランだけ。おそらくこれからゆっくりと濃くするのだろう。他の者が気付いた時には夜遅く。それでは準備が間に合わなくなる。


「おい」

「うん?」

「......理性だけは残しておいてくれよ。スペシオサス然り、君たちは制御が効かなくなったら手を付けられなくなる。くれぐれも本体の世話にならないようにな」

「世話になるのだけは勘弁です......まぁ」


 サフランは軽く腕を振るった。衝撃波が走り、地面に亀裂を作る。




「それが手を抜く理由にはなりませんけどね」



 ◆



「へー! 彼、ここに来てたんだ!」

「まさかあの話が本当だとはな」


 変質者と遭遇した日の夜。いつも通り帰ってきたレティシアに、ゼデクは1日の出来事を話していた。


「良い人でしょ?」

「いやいや、変な人でしょ」

「えー! 頼りになるよ? 私、しょっちゅう相談に乗ってもらってたのに。恋愛とか」

「恋愛......」


 ゼデクの心臓が跳ねる。そういえばそうだ。ここはゼデクとの約束がなかった世界線。であれば、彼女が他の誰かと恋に落ちるのは必然の話なのだから。


 それは一体どんな人なのだろうか? 他人事であれど、やはり気にならないわけがない。


「ふふ、何その顔。......さては気になる?」

「......まぁ、それは気になるな。こんな食い意地の権化みたいな奴に色恋沙汰があるとは思わなんだ」

「失礼しちゃう〜。ふん、良いもん。教えてあげないもん」


 なんてやり取りをしていると、ノックする音が聞こえた。


「はーい」

「......俺だ。ゼデク・スタフォードはいるか」


 グレンジャーがドアを開ける。彼はどこか神妙な面立ちをしていた。


「ここにいるが......」

「レティシア、少し借りるぞ。すぐに戻る」

「......うん」


 すると彼はゼデクに目配せする。付いて来いということだろう。ゼデクは彼の後を追い、小屋の外へと出た。


 冷たい風が吹く。時は夜、辺りは暗闇に包まれている。しかし、いつもは暗闇だった景色も、何故か明るく感じられた。星明かりもはっきりと捉えられる。建造物の形も山の輪郭もちゃんと見える。やはりあの男が何かしたのだろうか?


 しばらくすると、グレンジャーが口を開いた。


「......突然にはなるが明日の早朝、ついに“教皇”の元へ向かうことになった」

「明日!? えらく急だな」


 驚きを禁じ得ないゼデク。いつか、出立の日が来る。確かに頭では理解していたが、その日が明日、突然に来るとは思っていなかった。


「あぁ、明日でなければいけない。連中に動きがあった。明日の侵攻は今までにない程大きなものになるだろう。王都は間違いなく大混乱に陥る」

「......バケモノの大侵攻。その混乱に乗じて“教皇”の元まで一気に詰め寄るってことか?」

「概ね合っている。オスクロルやグラジオラスとも連絡は取れた。いくら“教皇”といえど、単身なればこの4人で切り抜けられる筈だ」


 確かにグレンジャーを含め、彼ら3人は規格外な人物ばかりだ。不意をつく形であれば、4人がかりでどうにかなるかもしれない。1番勝率の高い選択肢だった。


 だが、そんな混乱も良いことばかりじゃない。


「......レティシアは?」

「無論置いていく。最初にそう確認しただろう?」

「......」

「これに明日の集合場所とルートを記しておいた。仮に時間通り人数が揃わなくても、このルートで王城へ迎え。どんな事態に陥ろうとも4人落ち合うようになっている」


 彼は用件だけ伝えると、身を翻す。まだ行先があるらしい。


「今晩、グラジオラスと会うこともできないのか? あまり動けないのはわかってるが、一目見ておきたいというか......」

「できない。お前はもちろん、奴も自由に動かない方がいいからな。......敵は“教皇”側の人間やバケモノだけとは限らない」

「はぁ? それってまだ他に勢力が――」

「だからこそ真剣に考えて行動しろ。お前の仕事は無事に帰還することだ。いいな?」


 言うや否や、彼は何処かへと去っていく。立ち尽くすゼデク。今夜、突然彼女との別れが決まった。



 ◆



 それから数時間と経ち、夕餉なり湯浴みなり済ませた彼らは寝床に入った。


 不自然にベッドの隣に添えられたソファー。こんな光景を見られるのも、今晩が最後になるのだろう。


「2人でひっそり何話してたの? 恋愛相談?」

「そうそう。好きな子のタイプの話」

「それで? それで?」

「巨乳が大好きだよーって」

「会話のレベルが酷過ぎる......」


 と、笑うのも束の間。そんな冗談じゃ誤魔化せないのは当然で、彼女はゼデクが本題を切り出すのを待っている。彼女にはこの世界で散々世話になった。本当のことを告げなければいけない。


「......明日、母国へ帰ることになった」

「お、やったじゃーん! 魔法の勉強はまだ途中だけど、無事に送り帰せるのなら肩の荷が下りるってものよ」

「そうだな......」


 彼女がゴロンと寝返りをうち、こちらを向く。


「......今晩が最後になっちゃうね」

「ああ」

「じゃあ聞かないと!」

「何を?」

「むっすり君の恋話」

「まだそれ蒸し返すのか......」

「だってずっとはぐらかして教えてくれなかったじゃん!」


 これまでの経緯を考えるに、彼女は根掘り葉掘り聞き出すまで満足しない。ゼデクは困り果てた。流石に、恋人が並行世界に存在するもう1人の貴女ですよーなんて狂気染みた台詞は吐けないのだ。尤も事実であることに変わりはないのだが。


「むっすり君の好きな人ってどんな人なの?」

「居るのは前提なのな」

「はーやーくー」

「答えなきゃダメ?」

「宿賃」

「......」


 それを引き合いに出されてしまっては逃げられない。むふーっと彼女の頰が膨らむ。


「髪型は?」

「......長いかな」

「髪色」

「......金髪」

「性格は?」

「......明るくて真面目だけどおっちょこちょい」

「ぶっちゃけ可愛い?」

「わざわざそれ聞く意味あるか?」


 すると思案するような仕草をした。


「金の長髪で天真爛漫で美少女......はっ、それって私......?」

「そういうの自意識過剰って言うんだぞ」

「あはは、またそーゆーこと言って!」

「......でも似てるかも、な」

「そっか」

「うん」

「......」

「......」


 流れる沈黙。殆ど同一人物故に、思わず似てるなんて言葉を口にしてしまった。不味かったかもしれない。


 しかし、ここは2人の約束が存在しなかった世界。出逢うことがなかった世界。よもや自分と同一人物だなんて思う日は来ないだろう。


「帰ったらその人、大切にしてね」

「ああ」

「その人が誇れるような男になってね。これが私の旦那さんだ! って胸張れるような、そんな人」

「......善処する」


 そして、こちらの彼女と再会することも二度とない。明日、ここを離れるのはもちろん、彼女が生きていられるなんて保証はないのだから。


 彼女が、レティシア・ウィンドベルが死ぬ。遠い未来? 数年内の出来事? 明日の大侵攻で? このまま何も浮かばれることなく、血にまみれた日々を繰り返しながら、ただただひたすらに死を待つ少女――


「......もし」

「うん?」

「もし、一緒に来るかって聞いたらどうする?」


 気付けばそんなことを口走っていた。こちらの彼女の人生を知り得ない自分には、さぞ傲慢な想像だろう。少なくとも、ゼデクが彼女の人生に幸福だの不幸だの推し量る資格なんてない。


 でも言わずにはいられなかったのだ。耐えられる筈がなかった。


「貴方とここから離れて、遠い世界に行く......とても魅力的だと思う。きっと楽しいと思う」

「......」

「でもダメ。私はここに残ってやらなきゃいけないことがあるの」

「......まぁ、そうだよな」

「......ゴメンね」

「お前は何も悪くないよ」


 恋話をしていたつもりが、随分と暗い雰囲気になった。これではいけない。表面上ではあくまでも、名残惜しくも喜ばしい進展なのだ。


「なんでこんなにも、しんみりとなったのだ! さぁ、明日は早いんだから寝た寝た! 最後にとびっきり美味しい朝ご飯作ってね!」

「あ、あぁ」


 半ば強引に打ち切られる。しかし、何とか空気は良い方向へと保たれた。実に情けない話である。


「おやすみ!」

「......お、おやすみ」


 背を向けるレティシア。そんな彼女を眺めながらも、1つ思い出した。変質者から渡された手紙。


「......」


 きっとこのままじゃ眠れない。せめてもの気晴らしにはちょうど良いかもしれない。


 彼女の呼吸音を背に、懐にしまっていたそれに手を伸ばすのであった。

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