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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第2章 少年と4人の元従者
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第12話 少年と迷い

 時は夜。

 始祖生誕祭の前夜。

 ウェンディとオリヴィアは客室にて、布団の中に入っていた。

 ベットでない寝床。

 それは、七栄道の親族である彼女達には珍しいものだ。


「ウェンディちゃん、案外食いしん坊でしたね! そういう所、レティシア様に似てますよ」

「はいはい、食い意地張ってすみませんでした〜」


 むすくれたウェンディが、枕に顔を埋める。

 別に普段から食い意地を張ってるわけではない。

 ただ、無性にむしゃくしゃしたから、何となく食べなきゃやっていけない。

 そう思っただけだ。


「......ひょっとして、まだ怒ってます?」

「何が?」

「ゼデ......」

「怒ってない!」

「それ、怒ってる人の反応ですね」


 隣でオリヴィアが、うつ伏せになりながら、足を布団の外へ出し、パタパタさせる。

 しばらく沈黙が続く。

 そして、


「まだ、許せませんか?」

「誰を?」

「ん〜、色々と」

「......」


 ウェンディはオリヴィアの方を向く。

 彼女は既に、こちらを見ていた。

 普段はどこか抜けてて、おちゃらけてるのに、時折り大人びた雰囲気を出す。

 今もそうだ。

 まるで幼子を見る、母親のような表情。

 もう何年もの付き合いになるが、中々に考えが読めない存在であった。


「......何が言いたいのよ?」

「今こんな所で、もがいてる自分が許せない。それで、一番レティシア様の元にいて欲しい人が、自分と同じ位置で、もがいてるのが許せない。違いますか?」


 ウェンディはそれに、思わず目を見開く。

 その通りだ。

 護るべき存在を必ず護りきる。

 それがウェンディの一族、フェーブル家の矜持であり、誇りだ。

 ところがどうだ?

 主人である、レティシアを護ることができず、あまつさえ側に居ることすら叶わない。


 そんな自分が、たまらなく嫌だった。

 そして、自分と同じ所で彼がもがいていると知ったとき、焦りを覚えた。

 今一番、主人の元にいて欲しい人が、辿り着いてないことに怒りを覚えた。

 彼女が愛して止まない人間は、この程度の人間だったのか、と。

 でも、それは理不尽だ。

 むしろ何の官位も無く、小さな村に閉じ込められていた少年が王都に、それも七栄道の推薦枠を勝ち取っていることは、奇跡だろう。

 きっと、彼なりの努力と苦難があったに違いない。


 ウェンディの反応を見て、オリヴィアが微笑む。

 それに恥ずかしくなって、


「だったら何よ?」

「いや〜、ウェンディちゃんらしいな〜と思いました。しかしですね、彼も彼なりの努力と苦難が......」

「わかってる......つもり」

「それでも、素直になれずに当たっちゃう。やはり、ウェンディちゃんらしいですね〜。はっ、ツンデレ!? これがツンデレというものですか!?」


 ウェンディが立ち上がる。

 それにオリヴィアは、一瞬疑問を浮かべたが、すぐに今後の展開を理解した。


「......眠くなったわ、そろそろ寝ましょ?」


 ニコッと微笑むウェンディ。

 それに、普段から笑っていれば可愛いのに、と思いつつもオリヴィアは布団から出た。


「寝るなら、布団に入りましょう! 立っていては眠れませんよ?」

「あんた、元気良さそうだから、寝かせてあげる」


 彼女なりの照れ隠しが始まる、そう脳内で警報が鳴ったオリヴィアは、部屋から出ようとするが、首根っこを掴まれた。


「おぉう、ツンデレ美少女からの愛が重たい......」

「あら、良かったじゃない。今の世の中、ツンデレ美少女からの愛なんて、中々貰えないわよ? ありがたく受け取っておきなさい」

「や、行為そのものは、ただのゴリ......」


 背後から迫る拳によって、オリヴィアは静かに眠りについた......



 ◆


「やっぱり、すごい人混みだね」


 エドムが辺りを見回す。

 始祖生誕祭当日、王都の城下町を、5人は歩いていた。

 王都の中でも一際大きな中央通り。

 道の両脇には、たくさんの出店が構えており、魔法使いの始祖を祝う人々で、溢れかえっていた。


「......眠い」


 ガゼルが呟く。

 流石に今日は上着を着ているようだ。

 いや、着せられたかもしれない。


「ははは。こっちは、昨日遅くまで起きてたもんね。ウェンディ達は眠れた?」


 それに、オリヴィアが元気よく答える。


「ええ、快眠ですとも! 昨晩はパタリと眠れました! もはや気絶ですよ! パタリと!」

「......気絶? まぁ、いいや。まだパレードまで時間があるからさ、少し見回ろう」

「肉っ! 俺は肉を食うぞっ!」

「あんた、昨日食べたばかりでしょ」


 これから、遂行するべき計画があるというのに、何とも呑気な会話。

 それをゼデクは静かに聞き、彼らを眺める。


『......仲間? まさか、あれは踏み台ですよ』


 エスペルトの言葉が、頭の中を駆け巡る。

 目の前にいる存在を眺める度に、頭の中で同じ言葉が繰り返される。

 ゼデクは常に歩いてきた。

 彼が用意した、レールの上を歩いてきた。

 だから今回も、このレールの上を歩けば、近付けるのかもしれない。

 エスペルトはこの4人を、仲間ではなく、踏み台として見るべきだ、と言った。

 それが、自分の為になると。

 果たして......

 自分は、彼らを踏み台として、割り切ることができるのか?

 ゼデクは考える。


「おーい、元気ないね。どしたのさ?」


 エドムがこちらに振り向く。

 彼は、ゼデクのことを仲間と呼んだ。

 仲間と認めてくれた。

 同じ魔法師団に入るものとして。

 レティシアの元を目指す、同じ目的を持つものとして。


「......いや、何でもない。手紙の内容を考えていただけだ」

「は? あんた、まだ考えてなかったわけ?」


 すぐに、ウェンディが噛み付いた。

 今度は、彼女に視線を向ける。

 彼女のことは、よくわからなかった。

 エドム達は、素直じゃないと言っていたが、ゼデクはそう思えなかった。

 むしろ認められてない、そんな気さえした。

 そもそも、会って3日目なのだ。

 急に認めろ、というのも無理がある。

 そんな間柄の彼女を見つめる。

 自分は彼女を踏み台として、見ることができるか?


「......無理だ。俺にはできない」

「......今更考えられないって言うの?」


 ゼデクはハッとする。

 そして、知らぬ間に声に出していたことを、必死に取り繕う。


「いや、違う。決めきれてない俺が悪かった。すぐに書く、もう少しだけ待ってくれ」


 それに、ウェンディは少し驚いた顔をする。

 これまで通り、何か言い返されると思っていたのだろう。

 だが返ってきたのは、しおらしい謝罪だった。


「ま、まぁ、パレードまでに間に合えば良いからさ」


 エドムがその場を取り直す。

 それだけで、ウェンディも静かになった。


「それじゃあ、手紙書ける場所を探そう。作戦の最終確認も。その為にも、場所を変えないと......」


 ゼデクはもう一度彼らを眺める。

 今の自分は、踏み台ではなく仲間を欲していると心に確認をする。

 何度も確認する。

 それが、正しいと思う。

 今回ばかりは、自分が正しい、と。

 何度も何度も思う。


 でもそれはエスペルトのレールから大なり小なり外れる行為だ。

 彼曰く、捨てきれないなら、全てを失うらしい。

 だからほんの少し、ほんの少しだけ。

 でも確固たる、楔のような迷いと恐怖が、ゼデクの心に深く刺さっていた。


 ◆


「パレ〜ドまでっ、あぁとすっこし」

 王都の路地裏に、奇妙な歌が響く。

 祭りの喧騒から少し離れた路地裏で、男が1人スキップをしながら歩く。


「王妃が死んで〜、はっや、ろっく年っ......お?」


 男はやがて、1人の子供を見つける。


「お〜やおやおや? 坊や、こんな路地裏で何やってんだい?」


 すると、少年は振り向き、


「うーんとね、かくれんぼ! だからここで僕を見たことは内緒にしてね!」


 なんて言う。


「かくれんぼか〜。懐かしいなぁ、もう何百年と......いや、今はそんなこと、どーでもいい」

「おじさん、誰?」

「おじさんかい? そうだねぇ、始祖様のお友達ってところかな〜」

「始祖様?」


 少年は首をかしげる。


「ほら、今彼を祝うお祭、やってるだろう? 魔法使いの始祖様さ」

「あっ、その始祖様ね! あのね、僕もいつか始祖様のように強い魔法使いになりたいんだ」


 少年は無邪気にに答える。

 自分の好きな話題に、夢中になる。

 その内容に、違和感を覚えることなく。


「そーかいそーかい。なら君も始祖様の役に立てるようにならないとね」

「僕、役に立てるかな?」

「おーとも! 始祖様はね、今、ひとーりで暗闇の中、戦ってるんだ」


 子供は単純だ。

 今の言葉に、少し不安そうになる。


「1人で戦ってるの? 大丈夫なの?」

「だいじょーぶじゃないかもしれないなぁ。でもね、君が応援に行けば、始祖様が勝てるかもしれない」

「ほんと! なら、僕も応援に行くよっ!」


 すると、男が止まる。

 尚も少年は、嬉しそうに男を見つめる。

 やがて、


「おー! それは嬉しいなぁ。ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 男は笑い出すと、少年の首を掴んだ。

 息の根を止めんばかりの勢いで、握りしめる。


「ーー!! ーー!!」


 少年が声にならない叫びを上げようともがく。

 でも、無駄だ。

 首を掴まれて、声が表にでることはない。

 彼の目に恐怖が広がっていく。

 それを見て男は、ただただ笑い続ける。


「そろそろ新しい身体が、欲しかったんだ。おじさんが貰うよ。君の魂は、そ〜だね〜。始祖様の元に辿り着けると、嬉しいね、行き先なんて知らないけど」


 だんだん抵抗が弱くなる。

 それでも構わず、男は首を絞め続ける。

 やがて、少年が静かになるのを確認すると、地面に放り投げた。


「あぁ、あれから6年。久しぶりにレティシアちゃんを拝める。可愛く育ったかなぁ〜? 母親が可愛かったからな〜。鍵をどれくらい扱えるようになったのかなぁ〜? 楽しみだ」


 クルクル回りながら、笑う。

 そして、人目が気になり先を急ぐことにした。

 せっかく手に入れた身体がもったいない。

 そう言わんばかりに、男は地面に横たわる少年に、再び手を伸ばした。

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