第118話 少年と修行 3
とある者は包みを開けた。中には一通の手紙が。細かな術式が施されているところを見るに、ゼデク・スタフォードと出会った時点、或いは彼が所定の位置に到達した時点で落ちる仕組みになっているらしい。
そして何より評価すべきは、ゼデク・スタフォード当人の記憶改竄。と、いっても過度なものではなく、“手紙の存在そのものが記憶から消える”というもの。
これにより、手紙の存在を認知しているものは差出人と受け取り人しかいないことになる。
彼は手紙を広げる。キングプロテア王国からの差出人......真実の到達者の1人は、とても用心深いようで名を明記することはなかった。
ただ、真実を知る者としてコンタクトを取ってきている。
「......」
向こうの世界の事情、知りうる限りの情報を丁寧にかつ端的に纏めていた。その中には受取人が知らない情報までいくつもある。
こと情報収集に自信があった彼でも、舌を巻くほどだった。だがそうでなくては困る。手を組むべき人として、それだけのことをやってのけねばならないのだから。
受取人は考える。これから行う自分の計画に、彼の要望をどう加えていくか。どうすれば最善の結果を導き出せるか。
名も知らない協力者に思いを馳せながら、彼は動き始めた......
◆
「おぉ......それっぽくなってきた」
ゼデクの掌から渦巻く炎と僅かな光が縦に伸びる。剣の形とは程遠いが、核から何かを拡大する、というステージはクリアすることができた。
『精神状態でとてもブレるから、イメージが大事。どんな盾にしたいかをよく考えて形成すること』
レティシアはそう言っていた。彼女の盾は光輝く円盤状の盾。なんでも知り合いに守護の達人がいて、それを参考にしたのだとか。
キングプロテア王国の人間で守護の達人と言えば、人数がだいぶ絞られる。ウェンディや彼の父、アイゼン・フェーブルかもしれない。
「イメージが大事。イメージが......」
といってもどのような形にしたいかなど具体的な願望がない以上、難しい問題であった。とりあえずもう少しだけ光魔法の割合を増やしてみたい。そんな思いを胸に、ゼデクはそちらに意識を傾けてみる。
光、日差しをイメージすれば良いのだろうか? 幸い現在は日中。すぐ目の前に日差しが見える。ゼデクはそれを凝視しながら核に力を込めた。
光、光、太陽の光......
しかし、その光を遮るかのように影が落ちた。人1人分くらいの影。
「形がブレッブレじゃねーか。やっぱり精神状態が安定してないらしい」
「あ、アンタは......!」
目を疑う。そこに半裸の男が立っていた。トレラント・デザイアだ。“七栄道”が一角、プレゼンス・デザイアの息子で、とうの昔に亡くなった人物。だと言うのにゼデクは彼と出会ったことがある。
「久しぶりだな」
そして彼の一言で鏡面世界側の人間出ないことがわかった。
ルピナス攻略の時同様、死人がこうして自身の前に現れている。それは本来ならばあり得ない話だ。とすれば、彼は一体何者なのか?
「アンタまさか......」
「お、なんだ? ようやく俺の正体に気付いたのか?」
「バケモ――」
「違ぇーよ!」
頭を叩かれるゼデク。しかし、不思議と感覚が薄かった。彼はゼデクの手元を指差す。
「ほら、よく見てみろ! お前の目の前で光ってるソレ。ソレなんだ?」
「......“王花の剣”?」
「を構成している?」
「魔法......あ」
そこで気付く。以前、自身の魔法空間で彼と出会ったことが結びつく。あの時は炎魔法に会話を遮られたが......
「そう、俺は光魔法」
「......なんで実体化してるんだ?」
1つ解決してはさらに降りかかる難題。自身の魔法が話すどころか目の前に出現している。
「これはそういった類のものじゃなくてだな......いや、実体化っていうのか? とにかく俺は炎魔法の力を借りないとこうして話せないし、そもそもお前しか見えない」
魔法空間の延長線に近い状態、と考えるのが良いだろう。それにしてもだ。ゼデクは感慨深くなる。かつて修行を付けてくれたのは、他ならぬ自身の魔法だったのだ。
「光魔法という存在を認知したからアンタが見えた?」
「そういうことだ。お前の状態が良くないって珍しくアイツが融通効かせてくれたからよ。今回、こうして出てきたわけ」
物憂げな表情をしていた彼女を思い出す。どうやらゼデクが思っている以上に何か罪悪感に囚われているらしい。
「お、剣が縦一直線に纏まってきた!」
彼が声を挙げた所で、ゼデクは自身の手元に視線を戻した。さっきまで渦巻いていた炎やバラつきのあった光が綺麗に整えられている。
「魔法を認識するとこうも変わってくるのか......」
「それもあるが、根幹は違う」
「へ?」
「言ったろ。魔法然り、剣然り、精神状態に大きく左右されるって。それだけお前の心が落ち着いたって証明だよ」
確かに度重なる衝撃の事実と、レティシアに対する負い目に疲弊していたのかもしれない。問題は解決していないとはいえ、トレラントという頼りになる存在と再会し、話すことができた。
「......そうだな。アンタと話せて少し安心した」
心なしか一歩進んだ、そんな気がしたのであった。




