第117話 少年と修行 2
「確認だけど、むっすり君は魔法を剣の形にしたいんだよね?」
「そうだ」
次の段階、それは“王花の剣”の完成である。しかし、“王花の剣”という存在を悟られるわけにはいかない。故に、自身の要素全てを剣にする“王花の剣”ではなく、その前の段階について教えを請うことにした。
まずは魔法だけを剣にする練習から。剣の完成は1人の時に取り組めば良い。
「本当に?」
「おう」
「......本当に?」
「お、おう」
やけに勘繰ってくるレティシア。何か怪しい言動をしてしまったのだろうか?
「困ったなぁ」
「うん?」
「私ね、剣に魔法を乗せることができても、魔法を剣にすることができないの。......お兄様は得意だったんだけどなぁ」
「へ?」
つまり彼女は苦手な分野を聞かれたが為に、極力避けようとしていたらしい。心の底で安心しつつも、少しだけ拍子抜けになるゼデク。尤も、光魔法の存在を裏付けられただけでも十分ありがたい話なのだが。
「......代わりと言っては何ですが」
すると彼女は手のひらを広げた。それに既視感を覚える。まるでグラジオラスが“王花の剣”を形成した時のような――
「似たような物で説明を――」
眩い純白の光が2人の間に現れた。光はやがて、大きな円盤状に拡大し、盾のようなものを形成する。
「これは......」
「“王花の盾”。ウィンドベル家の数ある秘宝の中で私が唯一継承できた魔法......に近い存在のもの。......あ、私ね。これでも、とある国の王族だったのです!」
大陸の外から来たであろう人間に必要な情報を足す。だが、ゼデクが気になるのはそこではなかった。
「王花の......盾なのか」
「あ、ごめんね! 本来は剣もあと2振りあって、全部揃ってこその物なんだけど、ずっと前の時代に紛失しちゃったみたい」
衝撃のあまり思わず口走ってしまった言葉を、彼女は違う意味で拾った。迂闊な発言にハッするゼデク。
“王花の剣”が2振りあって、“王花の盾”が加わることで真の完成へと至る。少なくとも鏡面世界ではそういう在り方をしていた。
「うーん。やっぱり魔法で形成する剣の方が良いよね〜」
「いや――」
「え?」
「そっちはそっちで興味がある。そんな珍しい物は滅多にお目にかかれないからな。頼む! それを詳しく俺に教えてくれっ!」
ゼデクが予想外の反応したからか、目を丸くするレティシア。しかし、それは一瞬のことで
「うん、わかった! お姉さんに任せなさい!」
彼女は得意げに胸を叩くのであった。
◆
男は走っていた。周りの制止も聞かず、連れてきた僅かな従者も待機させ、男は山の中腹を目指し駆け上る。
激しい動きを強いられる。華美な装飾・服装がこれほど邪魔に思う時はない。あまりに鬱陶しいので、放り投げようか考えたが、帰った後に必要となるものばかりなので諦める。
民は国王に威厳と荘厳を求めるのだから。
どれだけ苦痛な時間であろうとも、どれだけ長い距離のものだろうとも進めば終わりが見えるもので、目的地である山小屋が視界に入った。
「た、大変だッ!」
キングプロテア王国の国王、シエル・ウィンドベルは豪快にドアを開ける。それを小屋の主は不機嫌そうに見つめた。
「......騒々しい」
「ぜ、ゼデク君とグラジオラスが“教皇”に攫われたかもしれない! 何とかし――」
「王たるものが非常時に狼狽えてどうするッ!」
一喝が地面を大きく揺らす。まるで山そのものが揺れたと言わんばかりの振動。それでシエル王の焦りが少しだけ止まった。
「......落ち着いたか」
「すまない。だが、彼らはこの国に必要な存在。ここで手をこまねいている訳にはいかないんだ」
「後日、ヘイゼル王国に加勢して戦争に終止符を打つ話はどうなった?」
「......表面上続行する」
ヘイゼル王国とカルミア王国。2つの大国間で起きている戦争に、キングプロテア王国が介入する。その際、キングプロテア王国はヘイゼル王国に加勢することを決めた。
唯一同盟が叶わぬ国があるとすれば、カルミア王国だろう。カルミア王国は魔法そのものを忌み嫌う異質の国。故にどの国が相手であろうとも、対話に応じない。
だが、エスペルトの見立てでは、ゼデクたちを攫った人間は“教皇”だと言う。同盟の話が進みつつも、ゼデク・スタフォードという存在だけは手中に収めたい。そんな“教皇”の野心が現れた証拠だ。
「その続行は遵守しろ。人2人如きでフイにして良い話じゃない」
「し、しかしッ!」
「アイツは帰ってくる。......もし道半ばで斃れるのであれば、それだけの存在だったということよ」
おそらく国王は自分に助けを求めに来た。小屋の主はそう判断する。確かに彼ならば奪還が可能だった。だがそんな調子ではどの道どこかで力尽きる。なんでも手を差し伸べれば良いというものではない。
「帰れ」
「......」
シエル王はピクリとも動かない。
「なんの真似だ?」
「僕を彼らの元に連れて行ってくれ。君が行かないのなら、僕が行く」
なんて言う。精々そこらの兵士と良い勝負をする程度の男が、助けに行くと言う。おそらく、エスペルトにも断られたのだろう。いよいよ後が無くなった彼は血迷い始めたのだ。
「無駄だな。死体が1つ増えるだけ」
「それでも――」
「これは試練だ。ゼデク・スタフォード。グラジオラス・ウィンドベルが望んだが為の試練。これを乗り越えられなければ戻ってきても同じこと。俺たちが手出しする問題じゃない」
「......」
「だが......」
シエル王は顔を見上げた。同時に修羅の如き瞳が彼を捉える。
「行く末は見届けねばならん。アレは曲がりなりにも俺の弟子よ」
この国で最強の男は――ペルセラル・ストレングスは立ち上がった。




