第116話 少年と修行 1
虚ろな意識の中、目を開く。真っ白な世界がゼデクを包んだ。何度も訪れたことのある場所、己が魔法の世界。
『......久しぶりに来た気がする』
『そうね』
そこには炎魔法が、少女が立っている。いつも笑顔だった彼女は何処へやら、物憂げな表情を浮かべこちらを見つめていた。彼女の容姿もまた、レティシアを彷彿とさせる。
『本当いつも唐突だよな、アンタ』
話せるタイミングは限られていた。彼女が話しかけたい気分になった時、勝手に満足するまで話す。
『......今回は貴方が私を呼んだのよ』
『俺が? なんで?』
『酷く合理的な考えに賛同しつつも、彼女を見捨てることに強い抵抗感と嫌悪感を覚えた。もっとマシな方法があるんじゃないか? 彼女が助かる方法があるんじゃないか? この葛藤を誰でもいいから吐露したいって強く念じたのは貴方よ』
その一言で昨晩を思い出す。いや、これは夢の中でまだ夜すら明けてないのかもしれない。
自分の中で処理することができなくなったゼデクは、知らず知らずのうちに魔法の世界へと逃げ込んでいたのだ。
今、自分が話せる中で最も信頼できる存在へと。絶対の味方だと信用できる存在へと。
『......私はね、私の願いがあるの』
『......』
以前から彼女が言っていたことだ。互いの恋の為に、互いを利用する。彼女にもまた、成就させたい願いがある。
『私の願いを叶える為には、この世界と同じ末路を辿るわけにはいかない。この世界じゃ私の願いは叶わなかった』
『じゃあやっぱり――』
『グレンジャー・レーヴェンの考えに賛成する。貴方は“教皇”の野望を打ち砕き、少しでも多くの情報を持ち帰らねばならない。そしてそれは貴方の恋の成就にも繋がること』
もしもっと自分が強ければ違った選択肢を取ることができたかもしれない。だが、それは“七栄道”やバケモノといった存在を悠々と超越できるくらいの強さ。一個人の手に負えるものではない。
いつになく、しおらしい彼女は続ける。
『......ごめんなさい。今はそれすらも危うい状況なの。貴方の安全すら保証できない状況。滑稽よね、みんな身を犠牲にして頑張ってるのに』
『アンタは悪くない......』
この世界に来た時から既に詰んでいた。誰がどう干渉しようとひっくり返せないほど絶望的に。
『......せめてこの場で吐露していって。貴方が起きるまで、気の済むまで。私が貴方にしてあげられるのはそれくらいだから』
それでも彼女が首を縦に振ることは終ぞなかった。
◆
「おはよ〜。朝だぞ〜」
誰かにペチペチと頰を叩かれる。ゼデクは目を開いた。そこは真っ白な世界でなく――
「シェフ、お腹減った」
「......食いしん坊」
ゼデクが迷い込んだ並行世界、鏡面世界。朝日が優しく彼らを照らす。
「って急がないとな」
「うん? 今日は急ぎの用があるの?」
「だって戦場行かなきゃダメだろ? お前は欠かせない――」
寝間着姿のレティシアが小首を傾げていた。特段、焦っている様子もないし、どこかへ外出する様子もない。
「今日は休みだよー」
「休みって......」
戦場に休暇も何もないだろう。敵が待ってくれるはずがない。
「1日に戦う時間が決まっているように、週に3日、バケモノは動かない規則を持ってるらしいの」
「はぁ?」
彼は思い出す。そういえば昨日、グレンジャーからも似たような言葉を聞いていた。バケモノは決まった時間に侵攻し、決まった時間に撤退する。何かの機会を伺うように、人間の限界スレスレを攻め立ててくる。
「でもそれ、罠って可能性あるんじゃないのか?」
「一応2年はこんな調子。もちろん最低限の警戒はしてるけど、私みたいに力の消耗が激しい人は休める時に休まないとね!」
“光の鍵”、レティシアの中に眠る兵器の権能は、力の譲渡。多人数を対象に強力な身体強化魔法をかけることできる彼女は、戦場において必須と断言できる存在だ。
休息を取れる時に取らないと、肝心な時に耐えきれなくなる。かつての英傑が死に、“鍵”の力に頼り切ったこの世界でなら尚更のこと。
「だから元気の出る料理をお願いします!」
「元気のある料理、ね」
「例えば愛情という名の調味料をたっぷりと――」
「あのなぁ」
「あはは、冗談冗談! むっすり君は通じない人だな〜」
笑う彼女を背に洗面台へと向かう。一通り身支度を済ませた後、台所へと立った。
「そうだ。後で一緒に庭に出ようよ!」
「庭? べつに良いけど」
一体、何をするのだろう? そう考えていると顔に出ていたのか彼女は答えた。
「ほら、貴方は魔法の勉強をしに来たんでしょう? 私が直々に伝授して差し上げましょ〜」
◆
グレンジャーは一分の隙も見逃さなかった。戦場に動きがない日でさえ、ゼデクに邁進させないよう事前に準備をしていたのだ。
魔法の勉強。まるでゼデクが悩んでいるのを知っていたかのように、彼はレティシアにその旨を伝えていた。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
大陸の外――即ち、元いた世界で学んでいた魔法の現状を差し支えない範囲で伝える。
「じゃあ、むっすり君は自分の魔法を把握したいんだね。それからその魔法を剣の形にしてみたい、と」
「そういう解釈で構わない」
“王花の剣”の完成に必要なこと。それは2つ目の魔法の存在を把握することと、それらを知った上で、ちゃんと形にすること。
魔法の存在について、おおよその予想はつくが、それでは確実性に欠ける。自身の理解をしっかりとしたものにする為には、魔法の詳細を確認しなければならない。
ただし肝心な“王花の剣”については伏せる必要があった。ウィンドベル家の人間である彼女は話の齟齬に気付く可能性がある。
「なんか千日紅国みたいな刀に、ちゃんとした魔法って変な感じするね〜」
「た、大陸の外だとそれが普通だ」
「そーなんだ!」
彼の容姿から痛いところを突かれるも、何とか軌道を修正する。大陸の外の一般常識など、ゼデクすら知り得ないものだが、この際どうでも良い。彼女も知らない以上、一定の説得材料にはなる。
「炎の属性魔法が使える?」
「あぁ」
「身体強化魔法も使える?」
「あぁ」
「で、あと1つがわからない」
「......そうなる」
「ふーん......」
何故かゼデクをまじまじと見つめる彼女。顔や身体にヒントがあるのだろうか?
「私ね、実は魔法鑑定士なの」
「へ?」
そんな話を聞いたのは初めてだ。レティシアがそのような能力を持っていることはもちろん、魔法鑑定士などという職業があることすら聞いたことがない。
「あー、その顔疑ってる〜!」
「あまりにも珍しい話だからつい、な」
「信じられない?」
「......信じるよ」
「なんだ今の間はっ!」
信じないと話が進まないので信じてみることにした。それに自身の推測が彼女の鑑定士結果と合っていれば、互いの考えに裏付けができる。
「頼む、鑑定してくれ」
「あいわかった。有名鑑定士が鑑定してしんぜよ〜......むむむむ〜」
両手をぐにゃぐにゃ動かし唸るレティシア。胡散臭さ一気に増した。
「......出ました!」
「本当に?」
「やっぱり疑ってる?」
「いいえ、そのようなことありません」
「ではでは......」
彼女は勿体ぶりながら結果を発表する。
「ズバリ、光魔法でしょー!」
「光魔法......」
『脆弱な光だ。しかし、それは確かな光よな。ストレングスの血を引く者よ、今の感覚、絶対に忘れるな』
グラジオラスの私室で思い出した師の言葉。そしてこれまでの戦闘の経験から導き出したゼデクの推測。
光魔法。
その推測と同じ答えが彼女からやってくる。
「珍しいね。光魔法を使える人って本当に限られてるんだよ?」
ゼデクが知る光魔法使いは2人。“黄金の英雄”ライオール・ストレングスと、ゼデクの師、ペルセラル・ストレングス。希少性はもちろん、所有者は規格外の人物ばかりだ。
そこに自分の名を連ねようというのだから、素直に喜べない。恐れ多すぎて気後れする。魔法のポテンシャルに実力が全く伴っていない。
「うん?」
「どうしたの?」
「そういえばレティシアの“鍵”って“光の鍵”だったような......」
すると彼女の口角が上がった。
「......気付いちゃった? そうなんです! 私、希少な存在なんですよ!」
わざとらしく胸を張るレティシア。実際、希少性があることに変わりはないので反応に困る。
「それよりも自分の魔法を理解できたということで、次の段階に行きましょう」
ついに剣を形成する段階へと移行する。“教皇”をはじめ、多くの敵の有効打となり得る盤外からの一手。
この世界から出るまでに、何とか完成させなければならない。ゼデクは心して挑むのであった。




