第115話 少年と少女(鏡面) 3
『こんなに追い詰められて......こっち世界は誰が生き残ってるんだ? 本当に“七栄道”は死んだのかよ』
『“鍵”6人と“十三家”の人間が3人。後は皆死んだ』
信じられない。エスペルトやゼデクの師であるペルセラルが死んだなど、とても想像できない。
『エスペルトもか?』
『遥か昔に死んだよ。俺たちの世界ほど奴は成り上がっていない』
『“黄金の英雄”は? ペルセラル・ストレングスは?』
『死んだ......ペルセラルという人間が実在したと聞いた覚えはないな。キングプロテア王国、序列一位の存在は権威を示す為の幻だと噂されている』
『......』
“晴天”1人に何人がかりで挑んだか。それを考えて絶望する。彼みたいなバケモノが後6人。加えて、数えきれないほどの群勢。
かつて名を馳せた者たちは皆死んだ。これ以上きない最悪の世界といえよう。
『それじゃあ逆転の兆しが――』
『お前は何か勘違いをしていないか?』
グレンジャーはゼデクの言葉を切る。
『俺たちの目標はこの世界からの脱出。そして“教皇”の野望の阻止にある。鏡面世界の救済なんかじゃないんだよ』
『......』
その言葉が意味することは――
『この世界は絶対に助からない。だからこそ、俺たちは同じ未来を辿るわけにはいかないんだ』
酷く合理的な言葉だった。ゼデクが1人増え、喚いたところで変わることのない状況。彼が今できることは1つでも多くの情報を持ち帰って、少しでもマシな結末を迎えること。
『俺たちの世界の......俺の親友であった“教皇”は、鏡面世界から出てきた“教皇”に殺された』
『あっちの世界の“教皇”が死んだってことは既に......』
こちらの世界の“教皇”は鏡面世界の“教皇”に殺されいたとするならば、既にこちらの世界に鏡面世界の“教皇”が進出していることになる。
彼はこの世界死んだゼデク・スタフォードの変わりのスペアとして、自分を誘拐し監禁しようとした。もしそういう筋書きであれば辻褄があう。
『奴の目的は助からない鏡面世界を捨て、一部の人間だけを俺たちの世界へと移し、こちらの国々を乗っ取ること。それだけは阻止せねばならない』
『......』
『だから......一切の情を持つな。ここでの身の振り方は、俺たちの世界すら揺るがしかねない』
鏡面世界の人間とバケモノの抗争。その隙を、漁夫の利を狙い、“教皇”を殺すのだ。彼はゼデクに言い聞かせるのであった。
◆
「どーしたの? 浮かない顔をしてるよ?」
ハッと首をあげるゼデク。正面で紅茶を口に運ぶレティシアがこちらを覗いていた。
「う、うんいや、まぁな。戦場見てきたからさ」
「......そっか。もう見てきちゃったか」
困ったように笑う彼女。
「運が無いよね〜。せっかく遥々外から魔法勉強しに来たのにさ、こんな状態だもん」
頼れる存在の多くは死に、いつ死が訪れるかもわからない戦場。そんな戦場に彼女は今朝、笑って出向いていった。
なぜそんなにも笑っていられるのだろうか?
『奴の目的は助からない鏡面世界を捨て、一部の人間だけを俺たちの世界へと移し、こちらの国々を乗っ取ること』
グレンジャーの言葉を思い出す。一部の人間――嫌な想像をしてしまった。ゼデクは必死にその想像を振り払う。彼女を疑いたくない。
「でも私にお任せなさーい!」
「......え?」
「貴方は責任を持って私が守ります! ......だからそんな顔しないの」
胸を張るレティシア。自分の中で罪悪感が一気に膨らむのを感じた。自分は彼女を疑うことはできても、守ることはできない。
滅び行く世界を踏み台にして、あまつさえこの世界の柱、“教皇”を殺そうと目論んでいる。彼が死ねば人間側の抵抗力は一気に落ちるだろう。
そうなればレティシアは――
「元気出た?」
「そうだな。能天気な顔を見て、自分の悩みが阿呆らしくなったよ」
「え? それ失礼じゃない? 失礼じゃない?」
なんとか笑ってみせる。自分は上手く笑えているだろうか?
「......まぁ釈然としないけど、今日も聞かせてくれるよね?」
「俺の話?」
「そーそー。今日は恋話とか聞いてみたいなぁ」
「......それはちょっと」
「お! お! その反応は居るのですな? ゲヘヘ、お姉さんに包み隠さず教えなさ〜い!」
「お姉さん?」
「だって私の方が歳上でしょ?」
お姉さん、という言葉に少し違和感を覚える。そういえばこちらは時間が進んでいるのだ。約2年のズレ。彼女はゼデクよりも2つ歳上になる。
「あー、そういうことになるのか」
「誤魔化そうとしても無駄! そうと決まればお風呂に入ってくるから、今のうちに考えておいてね!」
バタバタと風呂場に駆け込む彼女を見送る。8年前のあの日、ゼデク・スタフォードと出会うことのなかった少女。
どんな人生を送ってきたのかなんてわからない。でも最後の最後まで“鍵”として、兵器として扱われていたことだけはわかる。
母国は滅ぼされ、それでも戦い続ける少女。それはきっと死ぬか大陸が滅ぶまで。悲惨な末路しか待っていないだろう。
そんな彼女をグレンジャーは見捨てようとしている。そしてそれを正しいと思ってしまう自分がいる。こちらの世界を守る為には......レティシアとの約束を果たす為には必要な選択。
彼女は鏡面世界のレティシア・ウィンドベル。ゼデクが約束したレティシア・ウィンドベルとは違う存在。何度も何度も言い聞かせ......
「......最低だ」
彼女が湯浴みをしている間、ゼデクは1人、己を罵倒し続けるのであった。
◆
「ふんふんふ〜ん」
時空に歪みが生じる。
「“教皇”様も身体が限界ってかぁ〜? 随分と簡単に入り込めたなぁ。ヒヒッ、ここまで来りゃやりてぇー放題よっ!」
中からおぞましい魔力が溢れ出る。それと共に、1人の男が出てきた。“神官十三家”の身体を奪った男が――
「なぁ、この世界は絶望だらけだろ? 葛藤必須だろ? 無力な自分を呪うだろ? でも大丈夫。俺の手を取れば望みを叶えてやるよ! 泡沫の夢を見せてやる。だから待っててくれよぉ〜ゼデクちゃん! この俺様が迎えにいってやるからさぁっ!」
悪魔が鏡面世界へと足を踏み込んだ。




