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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第6章 少年と千年鏡面世界 〜ヘイゼルの戦花〜
115/141

第115話 少年と少女(鏡面) 3

『こんなに追い詰められて......こっち世界は誰が生き残ってるんだ? 本当に“七栄道”は死んだのかよ』

『“鍵”6人と“十三家”の人間が3人。後は皆死んだ』


 信じられない。エスペルトやゼデクの師であるペルセラルが死んだなど、とても想像できない。


『エスペルトもか?』

『遥か昔に死んだよ。俺たちの世界ほど奴は成り上がっていない』

『“黄金の英雄”は? ペルセラル・ストレングスは?』

『死んだ......ペルセラルという人間が実在したと聞いた覚えはないな。キングプロテア王国、序列一位の存在は権威を示す為の幻だと噂されている』

『......』


 “晴天”1人に何人がかりで挑んだか。それを考えて絶望する。彼みたいなバケモノが後6人。加えて、数えきれないほどの群勢。


 かつて名を馳せた者たちは皆死んだ。これ以上きない最悪の世界といえよう。


『それじゃあ逆転の兆しが――』

『お前は何か勘違いをしていないか?』


 グレンジャーはゼデクの言葉を切る。


『俺たちの目標はこの世界からの脱出。そして“教皇”の野望の阻止にある。鏡面世界の救済なんかじゃないんだよ』

『......』


 その言葉が意味することは――


『この世界は絶対に助からない。だからこそ、俺たちは同じ未来を辿るわけにはいかないんだ』


 酷く合理的な言葉だった。ゼデクが1人増え、喚いたところで変わることのない状況。彼が今できることは1つでも多くの情報を持ち帰って、少しでもマシな結末を迎えること。


『俺たちの世界の......俺の親友であった“教皇”は、鏡面世界から出てきた“教皇”に殺された』

『あっちの世界の“教皇”が死んだってことは既に......』


 こちらの世界の“教皇”は鏡面世界の“教皇”に殺されいたとするならば、既にこちらの世界に鏡面世界の“教皇”が進出していることになる。


 彼はこの世界死んだゼデク・スタフォードの変わりのスペアとして、自分を誘拐し監禁しようとした。もしそういう筋書きであれば辻褄があう。


『奴の目的は助からない鏡面世界を捨て、一部の人間だけを俺たちの世界へと移し、こちらの国々を乗っ取ること。それだけは阻止せねばならない』

『......』

『だから......一切の情を持つな。ここでの身の振り方は、俺たちの世界すら揺るがしかねない』


 鏡面世界の人間とバケモノの抗争。その隙を、漁夫の利を狙い、“教皇”を殺すのだ。彼はゼデクに言い聞かせるのであった。


 ◆


「どーしたの? 浮かない顔をしてるよ?」


 ハッと首をあげるゼデク。正面で紅茶を口に運ぶレティシアがこちらを覗いていた。


「う、うんいや、まぁな。戦場見てきたからさ」

「......そっか。もう見てきちゃったか」


 困ったように笑う彼女。


「運が無いよね〜。せっかく遥々外から魔法勉強しに来たのにさ、こんな状態だもん」


 頼れる存在の多くは死に、いつ死が訪れるかもわからない戦場。そんな戦場に彼女は今朝、笑って出向いていった。


 なぜそんなにも笑っていられるのだろうか?


『奴の目的は助からない鏡面世界を捨て、一部の人間だけを俺たちの世界へと移し、こちらの国々を乗っ取ること』


 グレンジャーの言葉を思い出す。一部の人間――嫌な想像をしてしまった。ゼデクは必死にその想像を振り払う。彼女を疑いたくない。


「でも私にお任せなさーい!」

「......え?」

「貴方は責任を持って私が守ります! ......だからそんな顔しないの」


 胸を張るレティシア。自分の中で罪悪感が一気に膨らむのを感じた。自分は彼女を疑うことはできても、守ることはできない。


 滅び行く世界を踏み台にして、あまつさえこの世界の柱、“教皇”を殺そうと目論んでいる。彼が死ねば人間側の抵抗力は一気に落ちるだろう。


 そうなればレティシアは――


「元気出た?」

「そうだな。能天気な顔を見て、自分の悩みが阿呆らしくなったよ」

「え? それ失礼じゃない? 失礼じゃない?」


 なんとか笑ってみせる。自分は上手く笑えているだろうか?


「......まぁ釈然としないけど、今日も聞かせてくれるよね?」

「俺の話?」

「そーそー。今日は恋話とか聞いてみたいなぁ」

「......それはちょっと」

「お! お! その反応は居るのですな? ゲヘヘ、お姉さんに包み隠さず教えなさ〜い!」

「お姉さん?」

「だって私の方が歳上でしょ?」


 お姉さん、という言葉に少し違和感を覚える。そういえばこちらは時間が進んでいるのだ。約2年のズレ。彼女はゼデクよりも2つ歳上になる。


「あー、そういうことになるのか」

「誤魔化そうとしても無駄! そうと決まればお風呂に入ってくるから、今のうちに考えておいてね!」


 バタバタと風呂場に駆け込む彼女を見送る。8年前のあの日、ゼデク・スタフォードと出会うことのなかった少女。


 どんな人生を送ってきたのかなんてわからない。でも最後の最後まで“鍵”として、兵器として扱われていたことだけはわかる。


 母国は滅ぼされ、それでも戦い続ける少女。それはきっと死ぬか大陸が滅ぶまで。悲惨な末路しか待っていないだろう。


 そんな彼女をグレンジャーは見捨てようとしている。そしてそれを正しいと思ってしまう自分がいる。こちらの世界を守る為には......レティシアとの約束を果たす為には必要な選択。


 彼女は鏡面世界のレティシア・ウィンドベル。ゼデクが約束したレティシア・ウィンドベルとは違う存在。何度も何度も言い聞かせ......


「......最低だ」


 彼女が湯浴みをしている間、ゼデクは1人、己を罵倒し続けるのであった。


 ◆


「ふんふんふ〜ん」


 時空に歪みが生じる。


「“教皇”様も身体が限界ってかぁ〜? 随分と簡単に入り込めたなぁ。ヒヒッ、ここまで来りゃやりてぇー放題よっ!」


 中からおぞましい魔力が溢れ出る。それと共に、1人の男が出てきた。“神官十三家”の身体を奪った男が――


「なぁ、この世界は絶望だらけだろ? 葛藤必須だろ? 無力な自分を呪うだろ? でも大丈夫。俺の手を取れば望みを叶えてやるよ! 泡沫の夢を見せてやる。だから待っててくれよぉ〜ゼデクちゃん! この俺様が迎えにいってやるからさぁっ!」


 悪魔が鏡面世界へと足を踏み込んだ。

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