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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第6章 少年と千年鏡面世界 〜ヘイゼルの戦花〜
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第114話 少年と少女(鏡面) 2

 騒々しい物音がする。


「鎧......鎧。昨日投げ捨てて......えー」


 耳元で動き回る誰か。その物音でゼデクは目を覚ました。


「おはよー。よく眠れた?」

「......おはよう。なんで鎧?」

「なんでって言われましても。あ、着替えてる最中だから覗かないの〜!」


 足で顔の向きを無理矢理変えられるゼデク。どこか理不尽を感じながらも、彼は昨日のことを思い出した。


 今自分がいる世界のこと。鏡面世界の彼女に匿ってもらうこと。そして、代わりに彼女が寝付くまでゼデクの身の上話をすること。


「じゃあ行ってくるから! ご飯てきとーに食べていって!」

「お、おい! その格好でどこに行くんだよ!」

「戦!」

「はぁ?」


 さもお使いに行ってきますと言わんばかりの勢い。戦はそんなにお手軽なものではない。


「夕飯作っておいてね! 食べるから」

「なんか縁起の悪いセリフだな」

「......私、この戦いが終わったら、貴方の美味しいご飯を食べ――」

「やめろ」

「あはは」


 彼女は笑うとそのまま出て行ってしまった。


「戦、ねぇ......」


 そういえば今日、グレンジャーとこの世界について情報を集める話になっていた。だとすればゼデクもまた、他人事ではないのかもしれない。


「入るぞ」


 入れ替わりにドアを乱雑に開ける男が1人。噂をすれば当人が出てきた。


「......」


 こちらを凝視するグレンジャー。


「どうした?」

「それはこちらのセリフだ。なんだその寝床は」


 ベットに隣接したソファー。その上に眠るゼデク。側から見れば変かもしれない。


「夜通し話してただけだよ」

「......説得力がないな」


 事実は事実なのだが、いかんせん状態が良くない。どこから説明するか、と思案するゼデクに彼はため息を吐いた。


「外に出るぞ。昨日の話は覚えているか?」

「あぁ、覚えてる」

「......あまり彼女に深入りするなよ。情を割けばその内後悔することになる」

「......え?」


 支度を始めるゼデクに、彼はそう言い捨てるのであった。


 ◆


「......なるほど。向こうの世界はそうなっているのだな。“晴天”と出会い、戦ったことは良い経験値だ」


 森の道中、彼は話す。目的地までは時間があるらしく、その間にゼデクは自分たちの世界での状況を説明した。


 彼はルピナス王国がキングプロテア王国と同盟を結んだ所までは知っていたので、主にそれ以降の話だ。


「良い経験値か」

「あぁ。特にお前自身が戦って勝利を収めたことは良いことだ。千日紅国が被害を最小限にとどめることができたのも幸運といえよう」


 何故か彼は敵国の身を案じるかのような発言をする。


「やっぱり同盟の方が方針的には良いものなんだな」

「それを実感するのはこれからだろう」


 振り返るグレンジャー。彼の表情は決意めいたものを醸し出していた。


「まず鏡面世界のおさらいだ。お前が今いる場所、時間は理解しているか?」

「鏡面世界......の中にあるヘイゼル王国。その王都にいて、俺たちの世界より少し進んだ未来?」


 一晩経っても呑み込みにくい状況。ややこしいものあれど、何とかそこまでは現実を受け入れ把握をしている。


「それを踏まえ、これから説明するのは六国の情勢だ。......端的に言うと、現在の六国全てはヘイゼル王国の統治下に入っている」

「なっ!?」


 さらに受け入れ難い事実を突きつけられ、ゼデクは驚愕を露わにした。ヘイゼル王国が他の五国を降したことになるからだ。


「だがそっちの世界とはだいぶ違う過程を辿っている。統治をしたのは5年前。この世界と元の世界のズレは約2年。お前たちの世界はとっくの昔に過ぎている話になるからな」


 元の世界から2年後の世界。それが鏡面世界。となれば、彼の言う通りゼデクたちはヘイゼル王国が統治したであろう5年前を既に通り過ぎている。


「そこまでは理解したか?」

「まぁ......何とか」


 グレンジャーの説明は続いた。統治の際、“鍵”だけは生かされたこと、その後聖地を開いたこと等々。レティシアやオスクロルがヘイゼル王国にいる理由が良くわかった。オスクロルに関しては未だに敵対しているようだが。


 しかしそうなると新たな疑問が出てくる。


「レティシアはさっき戦に出て行っただろ? 六国を統一したんなら誰と戦ってるんだ?」


 やはりオスクロルのような反乱因子とだろうか? 木々が減ってきた。もうすぐで森を抜ける。それと共に怒号や喧騒が大きくなってきた。


「......ちょうど良いタイミングで着いたな。見ろ」


 森を抜け、広範囲を俯瞰できる場所にたどり着いた。そこに待っていたのは――


 ◆


 荒野が広がる。ただ枯れた山河や建造物の跡を見る限り、そこがかつては街であったことがよくわかる光景だった。


 そしてその荒野を埋め尽くす緑と灰色の群。よく見ると個々が人を模っていた。


 騎士のような甲冑に包まれた緑の個体。

 胴部から歯車が突出した機械仕掛けの人形のような個体。


 数千、数万とか、目算できる次元じゃない数。それらが魔法使いの軍団と戦っている。


「......」


 昨日から度重なる衝撃に、ゼデクは驚くこともできず呆然と立ち尽くした。


「聖地を開けた結果。アレが出てきた」

「人......ではないよな」

「バケモノだ。比喩ではなく本物の」


 “鍵”の保有者が言うと皮肉めいたものを感じる。


「聖地の中にバケモノが?」

「厳密には聖地中にあったものから溢れた、と言うべきだろう。最初は少数だったが、人が追い込まれる度に数を増し気付けばこの有様。六国の殆どを失い、人間の居場所はここまでよ」


 後方は海。残りの方角からバケモノに攻められ、今となってはヘイゼル王国の王都と一部の地域しか残っていない。


 しかし妙な感覚だ。初めて見るはずのバケモノに既視感を覚える。ゼデクは首を捻った。


「......おそらくお前が抱いた疑問は正しい。以前に一度会っているからな」

「......“晴天”?」

「そうだ」


 グレンジャーのバケモノという言葉。人ならざるもの。それを聞いた時、ゼデクの脳裏で浮かんだ唯一の存在が“晴天”だ。


「よく見ろ。奴らの指揮を執っている者がいるはずだ」


 言われた通りに目を通す。確かに緑・灰色の群の中に異色の存在がいた。人間に見える少女が1人。巨漢が1人。騎士が2人。顔までは鮮明に見えないが、大体の容姿は掴めた。


「人がいる?」

「正確には擬態したバケモノ。“晴天”が千日紅国に紛れ込んでいたように、奴らは古くから各国に根付いていた。......ここからだと容貌がはっきりしないから説明するが......」


 グレンジャーが名を羅列する。


 ・ブローディア王国の王女、サフラン

 ・ブローディア王国の大将軍、スペシオサス

 ・キングプロテア王国元第3皇子、ハイゼルバーン

 ・キングプロテア王国先代国王、アドバンス・ウィンドベル


「......あの場は以上の4人だ。“晴天”を含め他にも3人いる」

「先代、国王......」


 説明された上で再度凝視すると、ゼデクにも理解できた。かつて彼を見たことがある。国民ならば一度は目にしよう国王の存在。


 6年前、謀反を起こした第3王子を含め、彼らはクーデター事件が元で世を去ったはずだが......


 あの日エスペルトは、ゼデクを屋敷に押し込むと王城へと向かった。クーデターの鎮圧に向かったと言われればそれまでだが、第3皇子や先代国王が人ならざるものと考えた場合、陰謀めいたものを感じる。


 クーデターを起こした第3皇子。その協力関係であったはずの国王。キングプロテアにも彼らの魔の手はかかっていた。


 もしエスペルトがそれを知っていたとするのなら? 彼はクーデターの鎮圧ではなく、“バケモノ退治”をしていたことになる。


 彼の言葉を借りるなら、それは紛れもなく“悪霊退治”の一環。


「アイツはこの“悪霊”を俺に......」


 ゼデクがエスペルトと約束した、倒すべき敵。そして六国が本当に戦うべき敵。


「多少の差異はあるかもしれない。しかしこれはほぼこれから起こる出来事......未来と言っていい」


 聖地という未知の存在をかけ、六国が互いに争い疲弊した結果。ゼデクは楽観視しなかった。おそらくヘイゼル王国もいずれ......


「六国の壊滅。これは確実なものとなる。俺たちはただ帰るだけじゃいけない。1つでも多くの要因を突き詰め、情報を持ち帰るんだ。いいか――」


 すると角笛とは言い難い気味の悪い音が鳴り響く。それに応じて、敵が攻撃をやめ引き上げ始めた。緑灰の群れが波のように動く。


「あれは俺たちが絶対に回避すべき未来だ」


 淡々と眺めていた彼の言葉はとても強く、されど虚しく宙へと消えていった。



 ◆


「良いのか?」


 バケモノの群の中、人の声が発せられる。それは人に近づこうとしたバケモノの声。擬態した声。


 キングプロテア王国先代国王、アドバンス・ウィンドベル。かつて器だった者の名残か、王家代々から遺伝された銀髪が目立つ。


「いーんですよ」


 異形の中にある異様な存在。少女の身なりをした者が答えた。ブローディア王国の王女、サフランだ。


「この数だ。その気になればいつでも壊滅させれたはず......何年も前からな」

「えぇ、そーでしょーね。でもそれじゃあ行けません。あそこに残ってるのは最後の人間です。大事に調理しねーと」


 海の向こうは聖地と同じ結界が張られていた。せめて大陸から外に出さないように、と始祖が最後の最後に悪足掻きをしたのだろう。


「だがスペシオサスが限界だ。今日の分では足りんらしい」


 横目に見る。そこには物足りなさそうに唸る戦闘狂がいた。数多の強者を屠ってきた彼は今までの緩い侵攻を良く思わない。元々理性のコントロールが難しい部類でもあった彼の限界は、刻々と近づいてきている。


「あと少しですから。我慢してもらいましょー」

「その言葉を聞いてもう3年は経つ......それに貴様も限界ではないのか?」

「えー?」


 口元を指差される。サフランはわざわざ懐からハンカチを取り出し拭ってみた。だってそっちの方が人間らしいから。


 で、ハンカチを見る。血だ。自分の血ではない人間の血。


「あー、あー、お〜。知らず知らずに直接喰べてるとはウチも驚きです。やっぱり自制効かなくなってるんですかね?」

「知るか。自分の体に聞け」

「なんかそれ、エロい響きがします」

「......言葉で取り繕っても無駄だ。ここまで来れば貴様らは人から最も遠い存在よ」


 人になる為に人を食べる。“本体”から聞いたことだ。少なくとも彼はそれを信じている。神からの言葉をずっとずっと信じている。だから今日までそうしてきた。


 分体とも言うべき自分たちもそうしてきた。彼から産まれた以上、避けられぬ本能だから。だけど1番人を食べてきたサフランに残ったのは果てしない食欲だけ。人間らしい性欲なんてカケラもない。


「所詮は分体それとも......フフフ」

「......いつまでこれを繰り返すつもりだ」


 かれこれ3年。王都のギリギリのラインを攻撃しては撤退を繰り返してきた。朝の決まった時間に角笛を鳴らして開戦し、夕方の決まった時間に撤退する。相手が死なないように、でも活気付かせないように。


「逆に考えて、おかしーと思いません?」

「......?」

「いつ死ぬかわからないのに必死になって抵抗する人間たち。そんな生活3年も続けてたら狂うのが必定」

「是が非でも生きたいからだろう」


 少しでも長く生きたい。それは彼らが持つ願望として理にかなっている。


「でも王都の治安は乱れてない。皆さん、規則正しく生きています。延命できても死は免れないのに? 一体何に縋っているんでしょーね。騙されてるんでしょーね」

「......信仰心とは理解できぬものだな」


 それは未だに彼らが魔法使いの始祖を崇めている証拠。魔法という奇跡を信じている証拠。いつか逆転ができる、そんな日が来ると。そしてそれを利用して何かを企んでる人間がいる。


 だから、それがどんなものか知ってみたかった。もしかしたら結界の奥、或いは別世界に繋がる手掛かりがあるかもしれない。それは新たなる領域になり、獲得できる人間の数が格段に増える。


「“教皇”。貴方が企んでること、それがウチらを楽しませてくれると信じてますよ」


 これは余興だ。


 破滅までの間、ちょっとだけ赦された、そんな余興――


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