第113話 少年と少女(鏡面) 1
互いに目を見開き立ち尽くす。目の前にいる少女は少し大人びていて、見慣れない傷跡が残っていて、とてもやつれている。
でも彼女は紛れもなくレティシアだ。鏡面世界の自分が置き去りにしたレティシア・ウィンドベル。
こちらの世界では、2人の願望が叶うことがなかったのだ。
「え、えーと、私はレティシア・ウィンドベル。......貴方は?」
「え......」
自分を知らない? 追い討ちをかけるように放たれた彼女の一言が、ゼデクの頭を強く殴打する。鏡面世界のゼデク・スタフォードと容姿が大きく異なっているのだろうか?
それとも最初から出会っていなかった? そちらの考えの方が正しいかもしれない。少なくともグレンジャーやオスクロルは、自分の姿を見てゼデク・スタフォードと認識していたのだから。
あまり深く思考している時間はない。何せ、名を問われて随分と間が空いてしまった。
自分は追われている身だ。鏡面世界のレティシアとは面識がない。果たして本名を話していいのかどうか......
「あー、その、だな......」
「あ! わかった! 貴方がグレンジャーの言っていた人ね!」
すると彼女は1人合点がいったのか、両の手のひらを合わせる。
「へ?」
「ほら、大陸の外から来た人なんでしょ? グレンジャーの判断で無断入国しちゃって追われてる人! ......ちょっと待って! そうなると部屋の掃除をしなくちゃ......後は鏡も捨てて、お色直しもして......」
どんどん間違った解釈を進めていくレティシア。後半の方は若干聞き取れなかったが、どうやら予めグレンジャーが言い含めていたらしい。
「貴方も疲れたでしょ? さぁ、行きましょう! 少し散らかってるから片付ける間、我慢しててね!」
彼女はそう言うと、ゼデクの手を取り走り出す。
「お、おい! 待っ――」
今日は不思議なことばかりだ。“教皇”のこと、鏡面世界のこと、オスクロルたちのこと、そして自分と出会わなかった彼女のこと。悩みが一気に増えた。
今の自分は、どんな表情をしているのだろうか? 彼女のようにやつれているかもしれない。鏡で確認してみたいが、また“教皇”に引っ張られそうでしばらく関わりたく無い。
ふと彼女を見る。そして、1人驚く。ゼデクの手を引く彼女の顔は先程までとは打って変わって......
◆
「......何をしてる?」
しばらくして合流したグレンジャーがそう問いかけた。
「見りゃわかるだろ、料理だよ料理」
「だからなぜお前が......」
『貴方、料理はできる? 私は片付けしているから、その間に作れたらお願い! 食材はそこにあるわ』
彼女の言である。どんな形であれ、これから彼女に匿ってもらうのだから手伝いは必要だろう。唐突ではあるが、ゼデクは自分のできることを手伝うことにした。
「......どこまで話した?」
「お前が俺を“大陸の外から来た不法入国者”って吹き込んだ所まで。よくあれで話通ったな」
「......」
グレンジャーに一定の信用があるのか、彼女はゼデクを快く受け入れてくれた。
「なぁ、こっちの俺はレティシアと面識ないのか?」
「......そうなるな」
「わざわざ彼女に名前を伏せたのは?」
「追われている身だ。極力本名を明かさないのが常識だろ?」
「うーん......まぁ、そうなんだけど」
となると後々偽名を考えなければならない。
「第一、お前とレティシアの関係はどうなってんだよ」
なぜ2人は知り合っているのか、オスクロル然り、なぜレティシアはヘイゼル王国にいるのか、そうした疑問も多く残る。解決すべき疑問であった。尤も前者はただの嫉妬からくるものであるが。
そもそも鏡面世界のレティシアなのだから、嫉妬自体おかしな話ではある。そう考えるとゼデクの中に妙な靄が渦巻いた。
「強いて言うならば“鍵”を持つもの同士だからだ。他の3人とも似たような仲。お前の危惧するような関係ではない。六国の情勢については明日教えよう。......お前に見せたいものもあるしな」
「......危惧なんてしてない」
「やはり根は子供だな」
短時間のやり取りで自分の恋心を見透かされた気分になる。ゼデクはムスッとした。
「あ、グレンジャー! 勝手に家の中入って......」
「門番に通してもらった。随分とふざけた名前で登録してくれたらしい。恥をかいたぞ」
「本名がダメって言ったのはそっちでしょ? ......そういえば貴方の名前、聞いてなかったわ」
ギクリと肩を震わせるゼデク。まだ偽名を考えていない。
「コイツの本名はダメだ。追われてる以上、俺と同じ扱いで頼む」
「う〜ん、それではこの私が考えてあげましょ〜......」
じーっと見つめるレティシアに、思わず視線を逸らしそうになる。ゼデクは何とか堪えて彼女を待った。
「むっすり君」
「は?」
「ムスッーってしてるから、むっすり君!」
「はぁ?」
「ムスッーってしてるから――」
「いや、それはもう聞いた」
確かにゼデクの顔はムスーッっとしているかもしれない。しかしそれとこれとは別問題な気もする。
「じゃあ本名教えてくれる?」
「......」
「はい決定〜......お、美味しそう!」
つまみ食いをする彼女を呆れた表情で見る2人。食いしん坊なのは向こうの彼女と変わらないらしい。
「......明日の朝、お前を迎えに来る。この世界の現状や他の情報はその時教えよう」
「わかった......アンタはどうするんだ?」
「この狭い小屋に押しかけるのもあれだ。近くに場所を見つけたからそこに移る」
「狭い小屋で悪かったですぅ〜」
先程別行動をして確認していたのは、その場所のことかもしれない。ゼデクは頷いて応える。
「俺が言うのもなんだが、食べていかないのか?」
「要らない......そういう身体の構造になってるからな」
「......?」
「あぁ、忘れる所だった。戻る前に傷を治しておく」
グレンジャーは手を出して、ゼデクの背に押し当てる。
「治癒魔法か何かか?」
「そんな医学的なものじゃない」
すると深緑色に輝き出す腕。
「荒療治だ。多少の痛みは覚悟しておけ」
「へ?――」
◆
「ご馳走様〜!」
ご満悦なレティシアはフォークを置いた。最近戦い尽くしだったが、どうやら料理の腕は鈍っていなかったようだ。ゼデクは安堵する。
「あ、お皿は私が洗うね」
「いいよ、世話になるしこれくらいはやらせてくれ」
「そこまで気にしなくて良いのに......」
頰を膨らませる彼女。やはりどこからどう見てもレティシア・ウィンドベルだ。不思議な感覚に襲われる。傷跡あれど、身長や雰囲気に違いあれど、こちらのレティシアと大きな違いはなかった。
少し大人になったレティシア、と言われれば納得するレベルである。今まで自分が出会ってきた彼女とは全くの別人だというのにこれなのだから、不思議なものである。
「それにして本当に痛かったなアレ」
「彼のは治癒魔法じゃないから」
「......それなら多分、“鍵”の権能だな」
あの翠色の光。ゼデクを窮地から救った際にも似たような魔力を放っていた。であれば同じ“鍵”から発生するものだと考えられる。
「そう、“命の鍵”。彼の魔力は生命エネルギーに変換される」
「生命、エネルギー......」
理解できるようなできないようなワード。確かに生命力溢れんばかりの輝きではあったが。
「さっきのは貴方の生命エネルギー、自然治癒力を高めて無理矢理傷の修復を早めただけ。急過ぎるから痛みは凄いと思う」
「便利なのかわからなくなるな」
だが傷を瞬時に治す点においては規格外だ。あの力が多人数相手に作用できるものならば、戦時には多大な影響を及ぼす。
加えて砲として用いたり、身体強化に回したり、と攻守に優れた力は流石“鍵”といったところだろう。
「ねーねー、彼の話なんか置いといてさ」
「うん?」
皿を洗い終わったゼデクの前で、彼女はクルクルと回る。手には毛布があった。
「今晩はどこで寝る?」
そういえばそうだ。ゼデクは1つ見落としをしていた。一軒家とはいえ、殆ど小屋に等しいこの家。元々彼女1人が棲まうことを想定してたのか、特に部屋分けをされているわけでもない。
「......外?」
「寒いよ」
「じゃあ床」
「下に敷くものないし冷たい」
「ソファーをお借りします」
「ベットがあるのに。つれないなぁ〜」
納得できない様子の彼女。ベットは1つしかなかった。家主をそっちのけで占拠するわけにはいかない。
第一彼女は、見ず知らずの男を泊めることに抵抗はないのだろうか? ゼデクは不安になる。
「不安とかないのか?」
「んー? なんのー?」
ベットの布団を整えるレティシアに問いかける。
「ほら、全く知らない男と2人きりだぞ」
「2人きりだと?」
「色々危ないかもしれない」
「例えば?」
こちらの問いの意味を理解した上で、意地悪な返しをする彼女。身体強化魔法をかけると、ソファーを軽々と持ち上げる。
「襲われたりとか、普通考えるだろ」
「貴方は襲うの?」
「誓って襲わない」
「なら良いじゃない。そういう人間だって信じてる」
彼女はこちらを向く時には完全に隣接していた。是が非でも近くに寄せたいらしい。
「そういえば宿代貰ってなかったわね。代わりに聞かせてよ」
「何を?」
「うーんとね」
満面の笑みを浮かべるレティシア。
「貴方の話。貴方がどんな世界で生きてきたのか、どんなことを想って生きてきたのか。私はそんな話が聞きたいの」
そう笑う彼女は、今日1番輝いていた。




