第112話 少年と鏡面世界 3
かつて、ルピナスに君臨した“暴君”オスクロル。彼は戦鬼、ワーウルフ、2つの族を圧し、ゼデクたちを死の淵まで追い詰めた男だ。
“七栄道”プレゼンス・デザイアと協力して何とか倒すことのできた強敵。世界が違えど、その男と組むことができるのか? これは大きな障害である。
「......」
「素直に頷くことは出来ないか」
隣にいる男がそう呟いた。グレンジャー・レーヴェン。ヘイゼル王国の“鍵”の保有者。本来ならば“教皇”と同じ側の人間だ。しかし、ゼデクを窮地から救ったことや、“十三家”の男の発言を考えるに、彼は今、ヘイゼル王国と対立しているらしい。
「アンタたちが俺と手を組む理由、それくらい聞く権利はあるだろ」
ゼデクは問いかける。なぜ自分なのか? やはり自身の中に眠る魔法に価値を見出しているのか? それとも他に理由があるのか? いずれにせよ、この世界ではあまりに味方が少ない。本当の意味で信用できる人間など、グラジオラスただ1人だ。
「先に言っておく。そこの“鍵”は知らねぇが俺はお前の魔法に興味がない」
ゼデクの思考を読むようにオスクロルが答える。
「クク、真意がわからないって面してるぜ?」
「アンタほどの人間が俺に何の価値を見出しているのかなんて予想が付かないからな」
「......お前は確実に白、だからだ」
「白?」
彼は言葉を続けた。
「お前がそうやって疑心暗鬼になるほど、周りの人間はお前の魔法に執着している。人間じゃないやつ含めて、な」
人間じゃないやつ、と聞いて真っ先に浮かんだのは“晴天”だ。彼は間違いなく人間ではなかった。首を刎ねても死なないし、身体の構造そのものが人のソレではなかったからだ。
「皆がお前に手を伸ばす。わかるか? ある意味お前は絶対的な中立の立場にいるんだよ。だからお前の存在は信用できるんだ」
「中立......」
「さらに言えば、俺はお前の背後に潜んでいる人間に用がある」
するとオスクロルは懐から何かを取り出した。石だ。青色に薄く光る石を片手に乗せる。
「確執から脱せないのはわかってる。だから完全な協力関係まで結べとは言わない。お前が俺に協力することは1つ。この石をソイツに届けること。後は好きにすれば良い。俺はお前に守ってもらう必要なんざないからな」
ゼデクの背後にいる人間。エスペルトだ。彼はエスペルトに石を届けろと言う。
「届けたら?」
「この世界から脱出したいんだろ? その手助けをしてやるよ。泣いて感謝するくらいには良い契約だぜ」
石を届けるだけでそこまでの助力を得られる。ゼデクにとっては微塵も悪くない話。だからこそ、逆に怪しくも感じられた。
「石1つに大層な価値があるな」
「現状、俺の目的はただ1つ。お前に石を届けさせることだけだ」
「......」
これから相手取るのは、ヘイゼル王国という一大国丸ごと。仮にグラジオラスと合流できたとしても、グレンジャーと協力関係を持ったとしても、戦力が足りないだろう。
石が何であるかはエスペルトに渡せばわかることだ。“用がある”ということは、この石を用いて何らかのコミュニケーションを取ろうとしている。渡すことに対するデメリットは少ない。
「今回だけ、今回だけは互いの因縁を忘れよう」
「契約成立だな......身の回りのことはソイツに任せておけ。安心しろ、俺と組む以上、グレンジャー・レーヴェンは信用できる存在だ」
2人はグレンジャーを見る。無愛想な表情をしていた彼は視線を逸らした。
「ガキ1人のお守りくらいはできるよな?」
「......あぁ、できる。向こうの世界までは俺が責任を持って送り届けよう」
怪しい雰囲気に、ゼデクは少しだけ不安になる。
「じゃあここで一旦おさらばだ。例の場所に送るぞ」
「アンタは一緒に行動しないのか?」
「俺は別にやることがある。それにあの場所は気が乗らないからなぁ」
特別固まって動く必要もないのだろう。オスクロルの行動がゼデクの利につながることは確かなのだから。だとすれば、本当に簡易な協力関係となった。
彼が再び転移魔法を展開するのを見て、ゼデクは次なる潜伏地へと赴くのであった。
◆
光と共に現れたのは原っぱだった。それを囲む柵の奥に建物が並んでいるところを見ると、王都の一角にある草原なのだろう。
時間が夕暮れ時のようで、茜とも金ともとれる光景がゼデクを迎える。
「少し確認しておきたい場所がある。......お前は先に進んで待っていてくれ」
グレンジャーは丘の上を指差す。お守りをする、と言ったそばから別行動を促す彼に、ゼデクはそのまま頷いた。
「丘に行けば良いんだな?」
「すぐに後を追う」
「わかった」
すると、グレンジャーの無愛想な表情に驚きが灯される。
「......疑わないのか? あの先に何があるかも知らず頷くだなんて」
「なんだよ、危険な場所でも勧めてんのか?」
「いや、違う」
「じゃあ良いよ」
「俺が実はヘイゼル王国からのスパイだったらどうする?」
「それは無い。だってアンタ、さっき助けてくれただろ」
あの時、誰が干渉しなくてもゼデクは“教皇”に負けていた。もし彼がヘイゼル側の人間だとしたら、そもそもゼデクを助ける必要がないのだ。
もっとも泳がせてグラジオラス辺りを誘き出すなら話は別だが、わざわざそんな効率の悪い方法を選ぶのもおかしな話。
「俺はお前を利用しようとしているかもしれない」
「アンタが協力を申出た理由は後で聞くよ。......それに利用するのはお互い様だ」
「だが――」
「俺は今、アテがない。で、どんな形であれアンタに助けられた。ここから出る目的も一致してるし、可能ならアンタの手助けもしたい。だからそんなこと言うなよ」
参考にならないかもしれないが、オスクロルのお墨付きでもある。とにかくゼデクは信じてみたかった。
「......そうだな。取り乱して悪かった」
歯切れ悪そうに答えるグレンジャー。これまでの様子を見て考えるに、普段の彼はもっと冷静沈着で、しっかりとしているとゼデクは思った。
だから、今の彼は珍しい状態なのだろう。ゼデクの存在を知っていることからも、鏡面世界の自分を詳しく知っているのかもしれない。
「行ってくれ」
「おう」
ゼデクはグレンジャーを背に歩を進める。これからどうするかを考えなければいけない。グラジオラスとの合流はもちろん、4人でヘイゼル王国と戦って行けるのか? そしてグラジオラスは何処にいるのか?
“教皇”との再戦前までに、“王花の剣”の完成も必要となってくるかもしれない。鏡で魔法が封殺された以上、ゼデクに残された手は少ない。
そんなことを悩んでいると、丘の頂上付近までたどり着いた。近くに大きく伸びた木と、一軒家がある。
それを眺めながら、頂上に到達すると――
「......」
丘の反対側に広がる景色を見て、息を呑んだ。麦畑だ。夕陽に照らされ、金に輝く麦畑はどこかココ村に似ているようで、とても幻想的で......
「......あら、お客さん?」
声がする。心臓が飛び跳ねるのを感じた。聞き覚えのある声だ。ゼデクの奥底で刻まれた声。忘れるはずもない声。
振り返ると、1人の少女がいた。金色の長髪を揺らしながら、こちらを覗き込む少女、
レティシア・ウィンドベルがそこに――
◆
もし。
もし、失ったはずのものがもう一度だけ帰ってくるとしたら、
もし、守れなかった宝物を今一度護れる機会に遭遇したら、
貴女はどうしますか?
油断せずとも、一生懸命に努力を重ねても、時として人は、残酷にも大切なものを失う。
失えば帰ることのないものだってある。
何度も何度も枕を濡らして、晴らすことのできない気持ちを背負う。
叶うはずもない話かもしれない。微塵の現実味も帯びない話かもしれない。それでも――
もし、もう一度逢えるとしたら、貴女はどうしますか?




