第111話 少年と鏡面世界 2
「な、なんでアンタが生きてるんだ......?」
ゼデクの目の前で笑う男は紛れもなく、かの“暴君”オスクロル王だった。声、姿、威圧感に魔力量、いずれもゼデクの知るものと変わらない。いや、以前よりも増しているものがあった。
知るものが見れば、誰もがオスクロルだと答えるだろう。
「あ? ......ほうほう。そうか、そっちの俺は死んだのか」
「そっちの......? 何言ってやがる」
くつくつと笑みを絶やさないオスクロル。
「テメェもそれなりに成長したようだが、根がまだまだガキだ。何でも聞くばかりじゃあ答えにはたどり着かない、考える癖をつけろ」
「......いたぞ! この部屋だ!」
衛兵が嗅ぎつけた。どうやら長話はできないようだ。
「今は時間が無い。場所を確保するのが先決だ。2人懐かしむのは後にしろ」
「“鍵”如きが俺に指図するなよ。せっかくここまで出向いて来たんだ、“教皇”様ぶち殺しに行っても良いんだぜ」
と、そこでゼデクは悪寒を覚えた。命の危険を感じる悪寒。それはこの2人から発せられるものではなく――
銀細工が施された純白の鎧を纏った男が、剣を振りかぶるのを視界に収めた。素早い一閃。それを、すんでの所で何とか受け止める。
「うっ、重い......」
「また貴様の顔を見ることになるとはなぁッ! ゼデク・スタフォードッ!」
「俺はアンタなんか知らねぇ......よッ!」
自分を知っているであろう妙な男と撃ち合いになる。力は五分、しかしゼデクが押される形になった。先の戦いで全身を負傷したこともあるが、それ以上にこの男もまた強者であったのだ。
「あぁ、その炎が私にあったらどれ程と思ったことかッ! それが貴様のような存在にぃッ!」
刀を弾かれ、大きく仰け反ったゼデクに鋭い一撃が迫る。
「大人しく牢に入れ!」
が、それがゼデクに届くことはなかった。ドス黒い瘴気が男の剣を弾く。
「......何の真似だ?」
「ハッ、“十三家”ともあろう者が手負いのガキ1人に本気出してんじゃねぇよ」
瘴気の主、オスクロルは大胆不敵に笑った。
ヘイゼル王国“神官十三家”。ゼデクにも聞き覚えがある。キングプロテアに“七栄道”が、千日紅国に“四季将軍”があるように、ヘイゼル王国の中でも屈指の実力者と謳われる集団だ。
13人いるにも関わらず、1人1人が最高峰の実力を持つとされる精鋭組織。“教皇”レフティス・ミロワールの下に彼らがいるのだから、大国と称される理由がよくわかる。
「それにな......コイツは俺の獲物だ。邪魔をするな」
ゼデクは気後れした。この場に集う者全てが遜色ない大物ばかり。誰が味方で誰が敵か? 双方、戦力の底は見えない。
故に経験あれど、少年に過ぎない彼が気後れするも無理のない状況といえよう。
「まだ生きていたか、ルピナスの暗君。どうせコソコソと隠れ潜んでいたのだろう? 敗者にお似合いの姿だ」
「てめぇこそ、神官の癖して大層な形じゃないか。騎士の真似事は他所でやってくれ」
「ぬかせ!」
互いにボルテージを高める2人。“十三家”の男がオスクロルの挑発に応じた。
「ならば貴様の首から落としてくれよう」
「てめぇに興味はねぇつってんだろ」
するとオスクロルは大鎌を手に取る。かつて、ゼデクやプレゼンスたちを圧倒してきたあの大鎌だ。
“冥の大鎌”
その大鎌に禍々しい魔力が付随する。この一室で振るって良いような力じゃない。
「ちょ、まっ――」
「死にたくなりゃ伏せてろッ!」
なんてセリフを吐くも、言葉が終わる頃には横一文字に薙ぎ払われていた。闇の瘴気が部屋を走り――
「......!」
直後、部屋が縦2つに分かれ天井が吹き飛んだ。とても衛兵に躱せる速度ではなく、何人かが同じように吹き飛ぶ。
生きている者は1人残らず伏せている。オスクロルはわざわざ味方に伏せろ、と合図をした。それは敵にも攻撃の位置を知らせることになる。超速反応を可能とした“十三家”の男も同じ対応をするだろう。
これは誘導だ。上か下へと回避行動させるための巧みな誘導。
「まともにやったら骨が折れるからな......相手はまた今度だ」
地面へと回避した男。彼の先回りをしたオスクロルは、頭目掛けて勢い良く脚を振り切った。男は腕で受け止めるも、威力までは殺しきれず大きく後退する。
「......面倒になった。とりあえず場所変えくらいはやってやる」
「急げ、他に来るかもしれない」
「お待ちをグレンジャー様ッ! 何故あなたのようなお方が我らを裏切るのですか! あなたは一体――」
「......行け」
男の悲痛の叫びは届くことなく、3人を闇が包んでいった――
◆
「......ったく、落ち着いて話の1つや2つもできねぇ」
オスクロルが悪態を吐く。彼らは今、別の場所へと移っていた。これも以前、ゼデクが見たことのある魔法、闇魔法による転移だ。
「ここがお前の寝ぐらか」
「暫定的なものだ。頻繁に位置を変えないとバレる可能性がある。とりあえず話はここでつけるが、その後は出てけよ」
手元にあった椅子を乱雑に投げるオスクロル。これに座れ、ということだろう。
「色々交渉してぇが、まずは軽い説明が先だな。ゼデク・スタフォード。ここは何処だと思う?」
3人が落ち着くと話を始めた。自分で考えろ、その一環の問いとも取れる。
「......ヘイゼル王国、その都?」
「まぁそうだ。だが少しだけ違う」
「それがアンタが生きている理由に繋がる、か?」
『あ? ......ほぅほぅそうか、そっちの俺は死んだのか』
そもそもゼデクが見たオスクロルは本当に生きているのだろうか? 考えたくもないが、おそらく先ほどの発言からするにオスクロルが2人存在するかのような気もする。
「大体あってる。ここはお前のいた世界とは違う世界だ」
「......鏡面世界」
グレンジャーがそう言い放つ。
「“教皇”レフティスの魔法、“鏡魔法”によって生み出された世界。いや、繋がってしまった並行世界と言ってもいい」
早くも頭痛を伴いそうな話だが、ゼデクはなんとか堪える。つまり、自分たちが生きている世界と似た世界がもう1つ存在していて、“教皇”の魔法を介してゼデクはそこへと攫われた、ということだろう。まるで鏡越しに映る別世界へと。
1個人の魔法の域を容易く超える話。
「じゃあアンタは鏡面世界のオスクロルってことか」
「あぁ。そういうことになる」
「......アンタが俺を知ってるってことは、こっちの世界にも俺がいる?」
「とっくの昔に死んだがな。くだらねぇ死に方しやがって」
別の本人に毒を吐く。ゼデクは衝撃の事実に口をつぐんだ。実感がまったくわかないが、自分が死んだというのは壮絶なものだ。どんな人生を送ったにせよ、道半ばで死んだことはよく理解できる。
そしてその死が、“十三家”の男との因縁に繋がるのかもしれない。
「......時系列は?」
「少しだけこっちが進んでる。ほとんどお前の世界の未来だと言っていい......尤もそっちの世界と同じ過程を辿っていないが」
オスクロルが生きている、というのはそういうことだろう。プレゼンスを返り討ちにしたのか、はたまた最初から戦っていなかったのか。
「......プレゼンスのジジイは殺してねぇよ。殺し損ねた」
そんな心境を読み取ってか、彼はそんな発言をした。オスクロルばかり気にするわけにもいかない。ゼデクはグレンジャーと呼ばれる男の正体を探ることにした。
「そっちのアンタは? 何者なんだ?」
「グレンジャー・レーヴェン。ヘイゼル王国の“鍵”だ。......今は訳あって王国と敵対している」
「なっ!?」
只者ではないことは重々承知していたが、まさかヘイゼル王国の“鍵”の保有者と、このような形で出会うとは思ってもみなかった。
「驚きばかりの中すまないが本題に入ろう。何となく状況は掴めたはずだ」
「ま、まぁそれなりには......」
「少なくともゼデク・スタフォード。お前の目標はグラジオラス・ウィンドベルとの鏡面世界脱出だろう。そして俺の目的もこの世界からの脱出だ」
目を見開く。だとすれば、グレンジャーは元いた世界の人間ということだ。そしてグラジオラスも鏡面世界の何処かにいる――
「確かに元の世界に戻ることはもちろん、キングプロテア王国にも帰らなければいけない」
「だがそれには“教皇”を討ち倒す必要がある。それは戦力の増強も要求されるものだ」
この世界に来てからの一戦。それでいかに“教皇”が強いかを思い知らされたばかりだ。“神官十三家”を含め、対抗するための戦力が多いに越したことはない。
「そこで交渉だ」
オスクロルは拳を握りしめると、ゼデクの前へと突き出し放たれた一言は、
「......俺と手を組め、ゼデク・スタフォード。それがお前のできる最善の手だと断言しよう」
かつての確執を根本から覆すのであった――




