第11話 少年と踏台
「そう、そのまま。意識を集中させて」
ゼデクの肩に腕を置きながら、エドムは言う。
ゼデクは、そのまま瞳を閉じる。
意識を集中させる。
己が魔法に、意識を集中させる。
すると、周囲が静かになるのを感じた。
そのまま、瞳を開く。
あたり一面、真っ白な世界。
その中で、ゼデク自身の魔法を探す。
エドム曰く、球体のようなものが、魔力を渦巻きながら、漂っているのだとか。
何もなさそうな真っ白な世界にひとつだけ、宙を漂うものがある。
でも、それは球体ではなかった。
ゼデクの目の前で、鍵のような形をしたものが、燃えていた。
これが、自分の魔法なのか?
他に見当たるものはない。
これが、自分の魔法らしい。
エスペルトが言っていた、強大な“力”。
ひょっとしたら、自分の救いたいものを救えるかもしれない、そんな力。
その中に手を伸ばす。
鍵のようなものを掌に収めて、魔力を引き出してみる。
手を引くと、炎のような魔力が伴って出てきた。
でもまだ、とても微弱な魔力だ。
これでは、レティシアを救うことなんて出来ない。
魔法は精神に大きく左右される、そう皆口々に言う。
だから、ゼデクは戦う意義を想ってみる。
レティシアのことを想ってみる。
それでもって、再び手を伸ばし、魔力を引き出す。
正解らしい。
今度は、先程とは比べ物にならないくらいの炎を引き出せた。
でも、まだ足りない。
レティシアを救うには、七栄道を越えるには、六国の強者を越えるには、全く足りていなかった。
そこで、他の人のことも追加で想ってみる。
何故か、真っ先に浮かんだのがエスペルトだった。
そのまま、手を入れる。
するとどうだ。
微弱ながら、さっきよりも大きな魔力を引き出せた。
それにゼデクは困惑し、驚く。
あんな人でも思うところがあるのだ、と魔法が、精神が言っている、そんな気がした。
「うおぉ、思ってたより凄い魔力だ」
そう、エドムは言った。
その言葉でゼデクの意識は表に戻る。
だが身体には、しっかりとした魔力が纏われていた。
炎の魔力だ。
「......案外、普通に引き出せたな。何故エスペルトは教えてくれなかった?」
「さぁ? あの人なりの考えがあるんじゃない?」
エドムは肩をすくめて言う。
そんなエドムを見つめて、考えてみる。
エスペルトがコツを教えなかった理由。
何か考えがある、というのはゼデクも同意見だった。
自分で気付くべきだから?
隠したい何かがあったから?
彼は、そこら辺だと思った。
いつも、エスペルトはそうだったから。
「いいや。どうせなら、撃ち合ってみない?」
「撃ち合う?」
「うん、今の君が、どこまで強いのか気になる。レティシア様を君なりに追いかけてきた、その実力を」
腰の剣を抜きながら、エドムは言った。
2本の剣を構えると、雷のようなものが、エドムを身体を包む。
それが彼の魔法だった。
雷の属性魔法。
エドムは、ゼデクと同じ型の魔法使いだ。
身体強化魔法に、属性魔法を加え、近接戦を得意とする。
「......わかった。試したいのはこちらも同じだしな」
七栄道に推薦された、エリート様の実力が気になるのは、ゼデクも同じだ。
そして、今し方引き出せた力も気になる。
その言葉を皮切りに、エドムが飛び出した。
微弱な電気を自身に流して、身体を加速させる。
でも、損傷はしない。
身体強化魔法でカバーする。
明らかに、一般人の速度を超えたそれは、一瞬にして、ゼデクの目の前に迫る。
だが、エスペルトよりも遅い動き。
それ故に、ゼデクはそれに対応できた。
エドムから放たれた一撃を、自身の剣で防ぐ。
「あちゃ、止められるか」
「はっ、本気出してないくせに、白々しい」
すると、エドムが、もう片方の剣でゼデクに斬りかかる。
明らかに、速度が増していた。
剣でのガードが間に合わないと判断したゼデクは、身体から炎を噴射した。
エドムの剣が少し緩む。
その間に、ゼデクは剣を躱し、距離を取った。
「うへぇ、熱いな。魔法使いながら、傷付けないように戦うって難しいもんだね」
エドムが片手を見ながら、言う。
少しだけ、火傷しているようだった。
それに、一瞬だけ躊躇う。
「いや......その、すまない」
「隙ありっ!」
エドムが再び間合いを詰め、ゼデクを剣を弾こうとした。
瞬間的に、ゼデクは剣を強く握りしめる。
結果として、金属音が響くだけで、ゼデクの剣が手から離れることはなかった。
「お前な......」
「卑怯とは言わないよね? 戦いで油断する方が悪いのさ」
ふふんと、笑うエドム。
存外、エスペルトと似た部分があるのかもしれない。
「スピードは僕の方が上、パワーは君の方が上。良いね、同じ型でも差別化できてるできてる」
「その手、見せろ」
「お、何? 心配してくれるの? かっくいい〜。レティシア様も惚れ直すよ?」
段々と化けの皮が剥がれつつあるエドム。
そんな彼を見て、ゼデクは戸惑う。
でも、それで良いのかもしれない。
爽やかなだけでは、戦場で人殺しなんてできない。
「医務室に、色々あるはずだ。エスペルトの私物ばかりだが、使っても文句は言うまい」
「それ聞くと、少し遠慮したくなるんだけど」
「客を丁重にもてなせ、と言ったのはあいつだ」
「じゃあ、怪我させないでよ」
「吐かせ」
2人で笑う。
きっと、段々と打ち解けてきてるだろう。
そんなことを考えていると、エドムが急かしだす。
「行こうよ、医務室」
「はいはい」
対等な存在。
ゼデクにとって、貴重な存在。
それが何なのか、少しだけ理解できた。
彼は、そんな気がしたのであった。
◆
日も沈み、夜がやってくる。
そんな中、ゼデクは鹿肉が乗った器を持って、屋敷の廊下を歩いていた。
ガゼルが知らぬ間に狩ってきた鹿肉。
なんでも、山に入ればお茶の子さいさいらしい。
明日はついに生誕祭。
計画遂行まで、残り僅かだ。
不安を残しながら、片手で部屋の戸を開ける。
「よくいらっしゃいました。皆、ライオール達によろしく言っておいてください」
「こちらこそ、お招き頂きありがとうございました!」
「肉っ! 早く食おうぜ!」
エスペルトが帰宅していた。
彼を含めた、5人が椅子に座っている。
中央には、変わった台が一つ。
上に鉄板が乗っている。
これは、隣国の文化......ではなく、エスペルト自身が趣味で改良を続けた結果、生まれた台だ。
「お、ゼデク君! 待ってましたよ!」
オレンジのアホ毛を揺らしながら、オリヴィアが手を振る。
ゼデクは、器を台の上に置くと、彼女の隣に座った。
「では、頂きましょう」
エスペルトが器用に肉や野菜を鉄板に乗せ、焼いていく。
できるまでに、時間がかかるだろう。
沈黙を嫌ったか、エスペルトが話しだした。
「ウェンディ、申し訳ありませんね。中々、アイゼンを国境防衛から戻すことができない」
「いえ、それで良いのです。自身が護るべきものを護りきる。それが父をはじめとした、フェーブル家の誇りなのですから」
フェーブル家。
アイゼン・フェーブル。
ゼデクは記憶をたどっていく。
確か、彼もまた、七栄道の1人のはずだ。
とすれば、ウェンディはその娘に当たることになる。
「私も幾度となく、彼に助けられました。貴女方の誇り、本当に尊敬していますよ」
エスペルトが言う。
それに、ウェンディは嬉しそうに微笑んだ。
出会ってから、睨んでばかりだった彼女。
そんな彼女が笑う所が珍しく、ゼデクは思わず見つめてしまう。
「あれれ? 浮気ですか?」
「......」
隣にいたオリヴィアがそんなことを言う。
あまりにも、馬鹿馬鹿しい冗談に、ゼデクは返す言葉を失った。
「あぁ、ゼデク。なんと情けない。そんな風に育てた覚えはないのですが......」
「......独身に言われたくない」
「はは、上等です」
ボソッと呟いてみるも、拾われた。
追及があると思いきや、彼は鉄板に視線を戻す。
「お、そろそろ焼けましたね」
手際よく、大量に焼き上げていく、エスペルト。
「取っていいのか? 兄貴」
「ええ、どうぞ」
刹那、戦争が始まる。
飢えたガゼルを筆頭に、全員がフォークを伸ばす。
「あんた、一度に何枚取ってるのよ!」
「さっき、兄貴が早いもん勝ちって言ってただろ?」
ウェンディとガゼルが睨み合う。
そんな2人を、エドムは苦笑いしながら見ていた。
自分が肉を運んでいる間に、そんな話が進んでいたらしい。
吹き込んだ当の本人は、笑いながらも、ちゃっかり肉を口に運んでいる。
「お、余り物みっけ」
ゼデクは、隅の方に余っていた肉を口に運ぶ。
「......?」
しかし、口の中に広がったのは、明らかに野菜の味であった。
オリヴィアの方を見る。
同時に彼女がビクッと動いた。
「......なんですか? 浮気ですか?」
「ワンパターンだな、お前」
犯人は、オリヴィアで決まりだろう。
今回の作戦、主軸は彼女だ。
彼女が保有する魔法、幻惑魔法。
特殊魔法の一種だ。
文字通り、相手に幻影を流し込み勘違いさせる、そんな用途を主とした魔法だ。
今の場合、ゼデクが肉だと思っていたものは、オリヴィアがそう見せた、野菜だったのだ。
「こんな所まで、魔法使うなよ」
「焼肉は戦争ですから!」
既にエスペルトの毒牙にかかっている。
手遅れだ。
でも、頼もしいとも思った。
彼女の幻術魔法は、かなり凝っている。
相当な力量を持つものでなければ、見抜くことはできないだろう。
「うは、僕のも野菜だ......」
「まだまだ有りますよ」
そんなエドムの言葉に反応し、エスペルトが具材を入れていく。
その背後で、ガゼルとウェンディが場外乱闘に発展していた。
「ゼデク、少し外に出ましょう」
具材を入れ終えた、エスペルトがこちらを向く。
「話しか?」
「そんな所です......」
◆
エスペルトに連れられ、外に出る。
晴天だ。
夜にそう感じたのは、空一面に星が散りばめていたからだ。
「どうです、いいでしょう? 彼ら」
「ま、まぁ。仲間ってのは、初めての存在だからな」
本心を述べた。
これは、用意してくれた彼に対して、ゼデクなりの感謝の形である。
しかし、返ってきた答えは予想の範囲外のものであった。
「仲間......? まさか、あれは踏み台ですよ」
「......踏み台だと?」
「もちろん。あれ程までにレティシア様を信奉して、貴方を担ぎ上げてくれる存在は居ません。使い潰して、ここぞと言うタイミングで切り離す。踏み台の方が真価を発揮する人たちで......」
ゼデクは、気付けば殴っていた。
仮にも仲間を貶されたから?
どうして、ここまで怒っているのか、わからない。
どうして、ここまで不快な気分なのか、わからない。
それにエスペルトは笑う。
「あぁ、情がわきましたか。それでも良いですよ。でも、貴方は甘い。甘いからきっといつか、彼らを助けようとして、全てを失う。そうならない為には、途中で切り捨てた方が良いと思うんですけどね〜」
「お前、本気で言ってるのか?」
「貴方のためを思って言ってるのですよ。優しい貴方はきっと、後悔する。だから、彼らは存分に利用して、使い捨てなさい」
エスペルトが屋敷の中へと歩き出す。
仲間。
友達。
踏み台。
ゼデクの頭の中で、その言葉がひたすらにグルグル、グルグルと回り続ける。
恋とはまた違った苦しみ。
「......くそ」
作戦決行前夜。
彼は1人、苦悩するのであった。




