第109話 少年と視線 3
翌日、ゼデクはグラジオラスの言いつけ通り彼の私室へ向かった。目的はもちろん、“王花の剣”を受け取るためである。
それにしても本当に自分が貰っても良いものなのだろうか? ゼデクは少しだけ気後れする。キングプロテアの王族のみ許されたと伝えられる剣。何でも自身にはその資格があるのだとか。
ノックをすると無愛想な返事が戻ってきた。なので扉を開ける。人払いは済ませてあるようで、部屋の中にいるのはグラジオラス1人だけだった。
「邪魔するぞ」
「......来たか」
彼は書類らしきものから目を離すと、席から立ち上がった。
「あまり時間がない故、すぐ本題に入るとしよう。世間話をする間柄でもあるまい......これが貴様に渡すものだ」
そして掌を広げる。
「これが剣......?」
ゼデクが見る限り確認できるのは光輝く球体であり、剣と呼ぶには程遠いものだった。
「厳密には“王花の剣”、その核と言うべきだな。“王花の剣”を授けるということは、この核と極意の伝授を意味する」
「剣の核、か」
理解できるようなできないような、そんな様子にグラジオラスは説明を続ける。
「“王花の剣”に定められた形はない。核を中心に形成される剣は、その人物の身体・精神・魔法、あらゆる要因によって左右されるものだ」
すると今度は両手を広げた。片方の手には水魔法で生成された水の球体が、もう片方の手には禍々しい深紫色の煙が渦巻いている。
「見ての通り私は水魔法と毒魔法、2つの魔法を所持している」
「ふむ......へ? 魔法が2つ?」
「さして珍しいことでもない。例えば......かの暴君、オスクロル王も複数所持していただろう」
彼はそうさらりと言い退けるが、例のレベルが高過ぎる。オスクロルはルピナスの国王だった男だ。
これまでゼデクが知る限りで数えても、せいぜいその2人くらいだろう。デフォルトである強化魔法を除き、基本は1人1つのイメージだ。
グラジオラスは咳払いをする。
「逸れた話を戻すぞ、この2つ魔法や他の要因が重なった結果――」
彼の眼前で球体が光を放つと、一振りの剣が現れた。太陽光にアメジストのフィルターをかけたかのような輝きを放つ剣。
「このように剣を型どる。......今後のことを考えるに性質は伏せておくが、人によって形・能力が大きく異なる」
「それって、魔法と何が違うんだ?」
先の話からすると、グラジオラスの剣は、水と毒、2つの魔法が混成されたものに見える。だが、魔法を剣の形にするのは、別に核がなくともできそうなことであるが......
「初代国王が創造したとされる核......“王花の剣”は魔法ではない。その人物のあらゆる要素を詰め込んだ“剣”であり、あくまで武器として分類される」
魔力を必要とする魔法とは違い、あくまで核が中心となった武器。それは、仮に所有者が魔法を使えない場面に直面した際、窮地を救う番外の一手となり得るものだ。
「そして、必ずしも手に持って振るうものではない。過去の伝承によれば、己の腕そのものに核を埋め込み、強力な手刀として用いた者もいたようだ」
「本当に十人十色だな......」
ゼデクは受け取った核を見つめた。剣の生成法に疑問を持ちつつも、掌に浮かべる。
彼は身体・精神・魔法、あらゆる要素を詰め込む、と言っていた。ならばとりあえず精神を集中して、魔力を核に注いでみるのが正解かもしれない。
「......あれ?」
しかし、一向に変化が現れない。
「なぁ、やり方間違えてるのか?」
「細かなコツはあれど、概ね間違ってはいない」
「でも変わんないぞ、これ」
「先の説明を思い出してみろ」
「身体・精神・魔法、あらゆる要素を詰め込む、だったか?」
グラジオラスは頷く。
「自身を形成する要素、その全てを注ぎ込む。故にまずは自身の理解が必要だ」
まるでゼデク自身が理解していないような、そんな言葉。すると身体はともかく、精神・魔法の理解が怪しいのだろうか? そもそもゼデクの魔法は勝手に喋る特異な存在ではあるし、精神に至っては深く考え過ぎると迷走しかねない。
「時に盆暗、貴様の魔法は何だ?」
「炎の属性魔法だな」
「それだけか?」
「あるとするなら強化魔法くらいだけど......それとも個々についてもう少し深く説明しろって?」
確かにゼデクの炎魔法は、通常のソレとは違う。てっきり特異性を詳しく説明するものだと思っていたが、グラジオラスは呆れるように笑った。
「なんだ、ペルセラルから聞いてないのか。まぁ、あの男は答えを教えるというよりは、自分で見つけるように導く、と言った方が正しいからな」
「師匠から......?」
「本来ならば、自身が辿り着くべき答えであるが、生憎貴様に割く無駄な時間など持ち合わせていない。この場で教えよう、ゼデク・スタフォード。貴様にはもう1つ魔法が存在する」
『脆弱な光だ。しかし、それは確かな光よな。ストレングスの血を引く者よ、今の感覚、絶対に忘れるな』
グラジオラスの言葉と共に、ゼデクの脳裏に師の言葉が鳴り響く。
「俺にもう1つの魔法が?」
「核は渡しておく。剣を完成されるのが今日か、明日か、あるいは10年先になるのか、それは貴様次第だが――」
彼は話すのをやめた。目を細めながら、ゼデクの方を凝視する。
「......どうした?」
唐突に腕を突き出すグラジオラス。彼はゼデクを掴むと、強引に背後へと投げ飛ばした。
「お、おい! 急に――」
言葉を止める。先ほどまで自身がいた場所に、短刀が突き刺さっていた。部屋の奥に1、2、3......いつの間にか侵入した敵であろう人物たちを、宙を舞いながら確認する。
群青色のコートに無地の仮面。見るからに怪しさ満載の敵だ。問題はいつ侵入したのか? ゼデクはともかく、グラジオラスすら寸前まで気配を感知できていなかった。
まるで部屋の中に突然現れたかのような――
「......ゼデク・スタフォードだな?」
1人が言うや否や襲いかかってきた。狙いはゼデク。彼は体勢を整えると、迎撃すべく腰に帯びていた刀を抜く。
「悪いが拘束させてもら――」
直後、鮮やかな紫水流が2人の間に割り込むと、仮面男の首から上部が消し飛ぶ。頭とバランスを失い倒れる胴体。それを見て、奥にいた男が手を鳴らした。
「グラジオラス・ウィンドベル......いやはや恐ろしい方だ。流石はキングプロテア王国で序列三位に位置する男といったところでしょうか」
「“教皇”の手勢か」
「ご名答です。思慮深さもあるとなると、極力貴方の相手は遠慮願いたい。ワタクシ共の使命はゼデク・スタフォードの回収ですので......」
背後から殺気がした。ゼデクは振り返る。そこには更に増えた敵兵がいて――
「手短に済ませるとしましょう」
「......!」
短刀を構えると、やけに鋭い突きが放たれる。不意打ちに近いそれを躱しながら、反撃の一撃を振るう。男は何とか短刀で防いだ。
「コイツッ、ガキのくせに一撃が重いッ!」
「俺に何の用だよ」
なぜゼデクを拘束する必要があるのか? 彼らは自身の中にある魔法が目当てなのだろう。
常々色々な人物から利用価値があるだの、身の振り方を考えろだの忠告されてきたのだ。それくらい予想できる。
「大人しく気絶しろッ!」
数合斬り結ぶも、何とか男の首を落とす。その間に奥で大きな音がした。グラジオラスが残りの敵を倒したようで、口数の多かった司令塔らしき男を押さえている。
僅かな時間で数人を圧倒する実力。変な因縁あれど味方となれば頼もしい限りだ。
「......ゴフッ。だから貴方の相手は嫌だと――」
「身体に拷問用の毒を仕込んだ。長時間、苦痛に苛まれたくなければ質問に答えろ」
「......フフフ。その必要はありません。ワタクシ共の目的は果たされたのですから」
「......!」
言葉の意味に気付いたグラジオラスはすぐさま男を捨てると、ゼデクの方へと駆け出した。
「ゼデクッ! 今すぐそこから離れろッ!」
同時に死体の側でカタッと物音がする。そこには手鏡が落ちていた。
手鏡、鏡、視線。ゼデクの頭の中でパーツが繋がり始める。しかし気付いた時には遅く――
「なっ!?」
部屋を覆わんばかりの光に、ゼデクは為す術もなく呑み込まれた......




