第108話 少年と視線 2
王族諸侯といえば、やはり煌びやかなイメージを抱くだろう。当然、王都の主城もまた華美な装飾だらけだった。
ゼデクは床に正座する。隣で国王も正座していた。いや、正座させられていたというべきか。
「......」
「......」
気まずそうにたたずむ2人。彼らは今、グラジオラスの私室に連行された。主城の中にあるグラジオラスの私室。彼の傲慢な性格からするに、キラッキラな部屋だと考えていたのだが、蓋を開けてみれば存外シンプルなものだった。
目立つのは壁を埋めようとするほどの本棚くらい。特に飾り付けもなく、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
『もー、何やってるのよ』
脳裏で苦笑いをするレティシアが浮かぶ。彼女たちはちゃんと許可を得ていたようで、ここに連れて来られる最中に、国王共々情けない姿を晒した。
「むぅ......これはマズイぞ! 王としての威厳が無くなってしまう!」
あはは、とフランクに笑うシエル王。彼と横並びに座っているだけでも大事件だというのに、果たして一緒に談笑することを許されるかどうか。ゼデクは返す言葉もなく、苦笑いをする。
そこで扉が開かれ、1人の男が入ってくる。グラジオラスだ。
「少しは反省をしてください、陛下」
「君はもう少し砕けたほうがいい! 僕らは兄弟じやないか!」
「......こちらの椅子へ」
諦めたのか、国王だけ席に促す。兄弟だからか、恐れることなく兄と接しつつも、国王としての体裁を重んじ、臣下としての立場をとる。どこまでも生真面目なグラジオラスらしい気質といえよう。
ちなみに当たり前な話、ゼデクはそのままらしい。
「何回も言うが、お忍び外出と俺は殆ど関係ないぞ」
「貴様は態度を改めるべきだな」
思えばそうである。いつからか、ゼデクとグラジオラスには何とも言えない関係が形成されていた。
彼が望むなら正すべきだ。今更な指摘とはいえ、素直に応じることにした。といっても互いの腹の中を知ってるので、態度を改めたところで気持ちの悪いものになる気がするが......
「仰る通りです。申し訳ございま――」
「やはり根を知っている分、それはそれで気持ちが悪いな。忘れろ」
「どっちだよ」
予想通りというべきか、フッと笑う彼を見て、明らかに遊ばれていることがわかった。グラジオラスはどこか不満げなゼデクを一蹴すると、国王に視線を向ける。
「陛下、この者は先の戦いで“晴天”という首級を挙げました」
「そうだね。それについて僕は相応の金品を下賜したつもりだ」
確かに団全体が潤う資金を戦果として貰っている。それが今のやりとりと何の関係があるのか、ゼデクは首を傾げる。
「そも、この男が所属しているのはレティシアの団。戦全体の功績を考えるに、相応の対価は代表である彼女を中心に与えるべきです」
その通りだ、と同じく頷くゼデク。レティシアの為になれば、それで良いと思っている。そもそも1人で獲れた首級ではない。
欲を言えば、さらなる昇進を望むところだが、最終目標はあくまでレティシア。彼女を団長に据える団の副団長にまで抜擢されているのだから、これ以上の地位が浮かばないのも現状だった。
「ですが......」
「うん?」
「ですが、彼個人の活躍が目覚しかったのも事実。故に彼個人にも何かしら用意せねば示しがつきません」
彼らしくない発言にポカンと口を開ける。どういう風の吹き回しか、あのグラジオラスがゼデクに一定の評価を設けろというのだ。
「ふむふむ。どれだけ嫌いな人間でも正当な評価をする君らしい考えだ」
「......」
ムッとする。やはりグラジオラスらしい言動だった。
「で、何をもって褒賞とするんだい?」
「......“王花の剣”を」
「“王花の剣”を!?」
「叶わぬでしょうか?」
「いや、僕個人としては文句はないが......そもそも大前提として、アレはウィンドベル家の者しか扱えないと聞いている」
“王花の剣”。まったく聞き覚えのない単語。しかし話を聞く限り、ウィンドベル家秘伝の代物だということはわかる。ならば本来、部外者は知り得ないものに違いない。ゼデクは話に耳を傾けた。
「確かにそうです。キングプロテアの王族である、ウィンドベル家の人間の中でも限られた者しか扱えない代物」
「ということは彼をウィンドベル家に迎えると? 例えばレティシアの婿――」
「お戯れを。かような男など冗談にすらなりません」
「じゃあ僕か君の養子?」
「想像するだけで吐き気を催します」
話がスムーズに進むかと思い、黙っていたのをいいことに次々と罵倒されるゼデク。彼は次第に限界を迎えつつあった。
「この者には既に資格がございます」
「......まさか俺がウィンドベル家の人間ってことか?」
「愚か者、少しは頭を使え。貴様が一滴でも王族の血を引く人間だと思うか?」
罵詈雑言の嵐。やはり口出ししては話が進まないらしい。これが彼のデフォルトであることは兼ねてから理解しているため、ゼデクは言い返すことを諦めた。
「とにかく彼に資格があるんだね」
「左様でございます」
「ちなみにどんな資格だい?」
「残念ながら今は伏せざるを得ません」
「国王である僕にさえ?」
「貴方だからこそ、です」
含みある言い方にせよ、こんな雑な説明ではたして国王が納得するのか? 絶対に無理だ。もやもやとした感情を引きずりながらも、ゼデクは見守る。
「わかった! 君が言うならば仕方ない! この僕が許可しよう!」
「......えぇ」
なんと許可が出てしまった。ところで肝心な“王花の剣”について詳しく説明されていない。“王花の剣”というのだから、剣であることは間違いないのだが......
「ありがとうございます。ではさっそく明日から取り掛かりましょう。......聞いていたか盆暗。明日、私の部屋に来い」
◆
いくつかの話を終え、ゼデクは廊下に出た。辺りを見回す。何でもここら一帯は王族諸侯の私室が固まっているのだとか。とすれば、レティシアの私室も近くにあるのだろう。
「......」
それでも大人しく帰路につくことにした。そこまでの許しを得ていない。
ココ村での出会いからこれまでの経緯が全て筒抜けになっているため、グラジオラスに警戒されているのだ。副団長でありながら、護衛としてレティシアの側に置かれない所以である。
信用されているのかいないのか判別つかない待遇にため息を吐く。
出口の方へと足を運んだ。行きも眺めたが、やはり壮観な景色だった。こんなに華やかな廊下はそうそうお目にかかれない。
「......うん?」
その最中、違和感を覚えた。王都を散策していた時と同様、何処からか視線を感じる。誰かが自分を見ているような、そんな感じがしてならない。
ふと壁を見た。鏡の骨頂品がかけられていた。でも、それを映すのは自分で、ゼデク・スタフォードを見つめるのは鏡に映った自身である。
絶対におかしい。これは自意識過剰でも何でもない。ゼデクは鏡を凝視した。
「城内の物が珍しいのはわかりますが、そうも見つめていては田舎者が滲み出てますよ」
すると声がした。
「アンタが視線の正体か?」
「視線? はて、何のことやら?」
声の主、エスペルト・トラップウィットは首を傾げる。ただ彼の場合胡散くささが異常で言動をそのまま信用できない。
「鏡通して俺のこと視てただろ」
「ん〜」
鎌をかけてみるも、どうにも納得行かない様子。彼はしばらく考える仕草をすると、閃きの所作と共に一通の筒を取り出した。
「ちょうどいい、これを貴方に」
「......手紙か?」
「そんなものです。あぁ、でも中は覗かないでください。今この瞬間から肌身離さずお願いしますね?」
相変わらず訳わからないことを口走るエスペルト。ゼデクに渡すくせに中を覗かせず、誰に渡すわけでもなく持っていろ、と言うのだ。ゼデクは困惑した。
「見たら?」
「いけません」
「......」
「......」
「でもやっぱり気――」
「それを見たらなんとレティシア様の身が!」
予想以上に怖い脅しが飛んできたので、ゼデクは手を止めた。それを見て、彼は満足気に笑う。
「わかりましたね?」
「怖いんだけど......で、結局のところ視線は何だったんだ?」
「それは放って良い問題ですよ」
すたすたと奥へ進む。彼はこれからグラジオラスか誰かに会いに行くのだろう。
「レティシア様の部屋に行こうと思います。付いてきますか?」
「......いや、やめておく」
明日、グラジオラスと会う予定になっている。機嫌を損ねた状態で話したくない。
「私がいるから大丈夫ですよ?」
「アンタの場合、誤魔化すだけだろ。俺の許可まで貰ってないのは何となくわかるぞ」
彼には前科がいくつもある。ここは大人しく引き下がることにした。
「変なところだけ律儀ですね」
エスペルトはそれ以上語ることなく、歩を進めていく。その頃にはすっかり視線も消えていて、結局のところ、視線の正体は彼だったのだろうか? 少なくとも彼は放って良いと言っていた。
「うーん、でも見られてるのは気になるんだよなぁ」
再びゼデクは帰路に戻る。
背後で鏡が怪しく光ることも知らずに――




