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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第103話 少女と兵器 3

 やっぱりダメだった。少女は自分を呪う。運命を呪う。世界を呪う。なぜ自分に“鍵”が宿ったのか? 皆、何か意味があると言うが、どうでも良いものだった。


 どんなに肯定的な理由だろうと、この事実だけは変わらないのだから。自身の足元に広がる血を見て、紅葉は途方も無い罪悪感と絶望に囚われる。姉ように慕っていた真冬の血だ。彼女の姿が見当たらない。きっと何処かに飛ばされたか、八つ裂きになってしまったに違いない。


 助けなきゃ、なんて思ったのも束の間。自身の意に介さない赤刃は、誰彼構わず屍山を作り上げていく。それどころか身体すら動かず、“鍵”という力の奔流に呑まれつつある。


 真冬も自分も助かることはないだろう。少なくとも無事で済むなんてことはあり得ない。紅葉はそんな結論に至ったところで、心が崩落した。


 幼い自分たちが必死に頑張った結果がこれだ。勝手に期待を押し付けた民衆たちの姿が浮かぶ。彼らの過剰な期待の結果がこれだ。こんな自分に意味を見出した存在は、この様を見て満足したのだろうか? 神だか、“天”だか、始祖だか知らないがザマァミロ。投げやりな気持ち一色が、彼女の精神を守るべく支配していく。


 それでも、それは一瞬だけだった。すぐに思考が恐怖に変わる。死への恐怖、この上なく殺戮を繰り返した恐怖、何より大切な存在が失われる恐怖。


 心のどこかで助けを求める。誰にと言わず助けを求める。だって報われないのだ。もっとやりたいことが沢山あったのだ。普段から秘めていた思いが、死の瀬戸際になって一際強くなった。いや、死という概念が最も近付いたが故に、押し殺していた願望が湧き出て、生に執着する。


 後悔だらけだ。結局のところ、あの少年の言葉は正しかったのだ。


『よく考えるべきだ。よく考えて、その刀を握るべきだと思う』


 彼の言葉が脳裏をよぎる。こんな場所に赴かず、1人静かに死んでいれば、少なくとも兄や仲間たちを巻き込むことはなかった。“鍵”という重責や、ひょっとしたらできるかもしれない、という甘い願望がこの状況を導いた。


「......ごめんなさい」


 真冬に向かって謝る。せめて彼女だけは助けて欲しい。本当に神様がいるのなら助けて欲しい。だって、今まで彼女は世界の意向に沿って努力してきたのだ。何かご褒美があっても良いのではないか?


 お願い。お願い。おね――


「お願いッ!」


 胸中の言葉と声が重なった。自分の声じゃない。紅葉は縋るような気持ちで顔を上げる。


「お願いッ! 落ち着いて私を見てッ!」


 そこには彼女と同じ境遇の少女――レティシア・ウィンドベルがいた。レティシアは眩い輝きを放つ魔力を周囲の人間に覆わせて、赤刃を防いでいる。


 とても強い瞳をしていた。歳は殆ど変わらないのに、紅葉よりもずっと上手に“鍵”を扱っている。


「ねぇ! こんな暴走、貴女が望んだことなの?」

「......望むわけないじゃない」


 何をそんなに意地の悪いことを。わかりきっていることを彼女は問いかけてくる。


「......殺してください。これ以上、誰も傷付けないためにも......せめて、唯一の理解者である貴女の手で殺して欲――」

「貴女が死んだとしても止まらない」

「......ならどうやって」

「貴女自身が抑えるしか方法はないの」


 なんて言う。そんなレティシアに、地面から刃が襲いかかる。彼女はそれを何とか弾いた。周囲の人間を庇いながら自身の身を守るのは、難儀なことなのだろう。


「心を強く持ってッ! 願望を、意思を、自我を保って魔法と向き合うの!」

「......無理よ......私は貴女みたいに強くないッ! 助けてッ! 助けてよッ! 貴女ならわかってくれるはずです! こんなの......こんなのあまりにも」


 不安定になればなるほど、“鍵”は止め処なく暴走した。レティシアでさえ、抑えが効かなくなる。自分の身1つならともかく、この場にいる人間全員を庇おうとするなど無茶なのだ。なのに、彼女は敵すらも救おうと奮闘する。


「......極力時間は稼ぐ。だから自分を信じて。本当に今、貴女が護りたいと思うものがあるのなら、どうしようもなく執着する願望があるのなら――きっとできる」

「そんな根拠のないことを......」

「私ができた」


 すると彼女は微笑んだ。敵としてではなく、1人の理解者として、1人の少女として、彼女は微笑みながら続ける。


「つい最近まで制御できなかった私が......昔から自分の境遇を呪うことしかできなかった私ができた」


 何とか紅葉の元まで歩み寄ろうとする。彼女に近付けば近付くほど強くなる力の奔流。当然、レティシアを襲う赤刃も増すばかりだ。


「正直ね、何度も諦めかけた。何度も恨んだ。なんでこんな私を選んだのかって。恨むに恨んだ」


 彼女にも限界が迫ってきたのだろう。徐々に捌き切れなくなってきた。制御ができたのは最近、と言っていた。であれば慣れていない現在、長時間の権能行使など予定にないのだ。なのに彼女は敵である紅葉を庇う。


「こんな世界なんて最悪だって、ずっと罵倒していた。でもね、変わらないの。どれだけ嘆いても喚いても、埋め込まれた力がどこかに行くことはない。それこそ死なない限りね」


 ここで死ねば解放される。ただし死と引き換えに、紅葉から放たれた力は文字通り野放しになるだろう。それは嫌だ。真冬たちを巻き込むのは最悪の展開だ。


「私ね、好きな人がいるの」


 時が止まる。


「その人とやりたいことが沢山ある。大切な友達ともやりたいことが沢山ある。でもそれはできない。だって私は“鍵”の保有者であり、兵器である。余人とはかけ離れた責任を持っていて、身の振り方を考えなければいけない」


 頭が真っ白になる。


「馬鹿馬鹿しいと思わない?」


 こんな時に何を言っているのだ?


「だからね、決めたんだ。責任は果たそう。世界が要求するだけ戦ってやる。でもあくまで私は私の為に戦う。終着点は私の願望に添ったものを。だから魔法が私に意味を見出したのなら、私に従ってって。そしたら不思議、今までの苦労が嘘のように収まった」

「......」

「貴女もそうするの。私を選んだんだから、私の野望の為に従えって言い聞かせるの」


 清々しくとんでもないことを口走る少女。まるでタチの悪い宗教勧誘みたいだ。


「......そこまでして、貴女が好きな人とやりたいことって何?」

「うーん、ご飯を食べること? パンとかケーキとか、みんなで食べてみたいな」


 荒れ狂う刃の嵐。そんな中、彼女は笑ってそんなことを言う。


「あはは......狂ってるよ」

「......そうね。でもこれくらい狂ってないと願い事なんて叶えられやしない」


 呑気に話している場合ではない。レティシアにも傷が目立つようになった。このまま暴走すれば彼女も――


「紅葉ッ!」


 その時、紅一色の景色を綺麗な水流が引き裂いた。見間違えるはずもない。紅葉の兄、秋仙の魔法だ。


 水流は赤刃群を分断ように展開されると、凍りつく。直後、紅葉の身体を誰かが抱きしめた。


「紅葉......落ち着いて......貴女ならできる」

「ま、真冬?」


 真冬だ。なんと彼女は生きていた。そればかりか、よろめきながらも紅葉に寄り添う。


「“晴天”は死んだ。もうお前を縛るものはない......いや、もうお前に苦しい思いはさせない! だから今だけで良い! 踏ん張ってくれ、紅葉!」


 正面から秋仙が現れる。紅葉の心に光明が差した。みんな無事で、“鍵”の主導権を握っていた“晴天”はもういない。なのに暴走は続いている。どうやら本当に自分がどうにかするしかない。


 だったら後は自分次第だ。これを止めることができるのは正真正銘、自分しかいないのだろう。紅葉はレティシアへと顔を向ける。


「いるよ」

「......え?」

「私にもいる。大切な人。やりたいことも沢山ある」


 まだ“鍵”が選んだ意味だとか、この先の行く末だとかはわからない。でも確かに自分の願望だけははっきりしている。もし、それを成就させるために、世界が様々な要求をしてくるのであれば――


 私は――



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