第102話 少女と兵器 2
最初、何を言われたか理解できなかった。
『......すまない』
『今の話は本当なの?』
少女は父に問いかける。やはり彼は頰をかきながら頷くだけだった。心臓が病に侵されている。それも母の命を奪ったものと同じ病。ウェンディの頭を揺さぶるには十分すぎる情報だった。
『......あと何年?』
『3年』
『......っ!』
唯一の救いは死ぬ前に教えてくれたこと。母はギリギリまで教えてくれなかった。気付けば取り返しのつかないことになって、手の届かないところに行ってしまうところだった。
『経ってる、宣告から......イテッ! ちょ、足踏んでる! 踏んでるって!』
この人もダメだ、と訂正する。余命を過ぎても黙ってる部類だ。
『じゃあいつ来るかわからないってこと?』
『そうなる、な。心臓の痛みもかなりある』
なら私はこの先どうするべきか? 少女は思案する。父を看取らねばならない。今しかできないことが沢山ある。知ってる分、母にできなかったことを父にはできる。だから彼には前線を退いて貰って、できるだけ安静にして貰って――
『そこでもう1つ謝らないといけない』
『......何?』
『俺は最後まで戦いたい。護りたいものがあるんだ』
ウェンディは静止した。この人は何を言ってるのだろう? とか、こんな状況で戦えるものか、とか色々と頭の中を駆け巡る。
『娘との余生を蹴ってまでも?』
『蹴ってまでも......あぁ、もちろん休暇だとか、帰ってきた時は全力でお前の面倒を見させて――』
『フンッ!』
『いッッ!』
病人なんぞ御構い無しに、思いっきり足を踏む。彼の要求に返す答えなんて決まっていた。そんなもの1つしかない。
『わかった』
『......え?』
『普段はダラシなくて、鬱陶しくて、酒臭いけど』
『......』
『ここぞという時は誰よりも頼りになる“守護神”。きっとみんなが貴方を必要としている。そんな貴方が父であることが私には誇りに思えるわ』
仲間の為、護るものの為ならば、彼は這ってでも戦いに行くだろう。父ならそう言いかねないし、残念ながら病床に伏し弱っていく父を想像できない。
『私にもね、パパ以外にも大切なものできたよ。護りたいものもできた』
『彼氏か!? 彼氏なの――』
めんどくさいので両頬を引っ張るウェンディ。
『それはない。はぁ......何にせよ、私にも居場所がある。戦う場所がある。だから何にも心配しないで』
『......理由は聞かないのか?』
『聞いたら教えてくれる?』
『いや、その、言えない理由があってだな......』
それに笑って返す。彼が戦う理由を聞く必要はなかった。いつだってそうだ。彼は自分の護りたいものの為だけに戦う。
それは部下の為であって、仲間の為であって、そして何よりも――
『だから聞かない。......いつもありがとう。いってらっしゃい!』
だから――母が生きていたらかけていただろう言葉を贈ろう。
◆
「“晴天”の首を獲ったぞぉぉぉぉおおおお!」
「暁様が討たれた! 我らはどうすればいい?」
“晴天”の訃報が各地を飛び回る。それは、レティシアたちの元にも届いた。当初の目的は達成されたのだ。後は上の人間が同盟の話をつける算段だろう。しかし――
ウェンディはレティシアに迫る赤刃を振り払う。依然、紅葉の暴走は止まらなかった。少し離れたところで、つい先ほどまで戦っていた少女が......四季将の1人、真冬が横たわっている。身体が少し動いているところを見ると、まだ息はあるようだ。
「私......間違ってるのかな」
「え?」
主人がそんなことを呟いた。ウェンディはレティシアへと顔を向ける。
「このまま持ち堪えるだけで良いかもしれない......上手くいけば敵対勢力を削ぐことができるかもしれない」
「......」
「でも、私。彼女たちを助けたい」
敵が弱れば弱るほど、交渉に強気に出れるのだ。しかし、彼女はそれを是としない。
これから同盟を結ぶ予定があるからではなく、命令されたからでもなく、理解者として助けたい。それが彼女の心情なのだろう。
「私も貴女と同じですよ」
ウェンディは頷く。彼女の意向に極力添いたい。彼女は、自分たち4人の大切な主人であり、友人であり、居場所なのだ。もう彼女に苦労をかけない為に、自身は強くなったのだ。
何よりこれ以上見ていられなかった。自分たちと同じような境遇の彼女たちが苦しむ姿を。
「後ろについて下さい。道を切り開きます。四季将の回収は私にお任せを」
「......ありがとう」
ウェンディは盾に魔力を込めた。円盤状の盾から、魔力壁が拡張される。
「......っ!」
意を決し、盾を押し込むように走り出した。吹き荒れる赤刃の嵐を弾きながらもがむしゃらに突き進んだ。綻ぶ盾、挫けそうになる足、それでも彼女は踏ん張る。
父ならこの場にいる全員を護ることができるだろう。多くの人を助けることができるだろう。ならば、躓くわけにはいかなかった。いつまで経っても誰かに縋っているようじゃ父が安心しない。いつの日か、“守護神”の後を継ぐ者として戦うのならば、これくらい跳ね除けなければならない。
紅葉の前方、横たわっている真冬の眼前まで近づく。ウェンディは盾を投げた。同時に身体を鋼鉄魔法で硬化させる。未熟だからか、少しだけ刃が身体を切り裂いた。
真冬を防ぐように投げられた盾が、地面に突き刺さる。それが寸前のところで赤刃から身を守った。
一気に距離を詰める。でないと自分の身がもたない。ウェンディは滑り込むように真冬のもとまでたどり着くと、盾と彼女を回収する。背後でレティシアが駆け抜けていった。後は彼女に任せて、自分は真冬を安全地帯まで運ぼう。そう決断する。
「なん......で」
戦況を把握できていない真冬が問いかけてきた。彼女は混戦状態であることや、キングプロテア王国が同盟を持ちかけようとしていることを知らない。
「まだ貴女との決着つけてないから」
今は説明している暇がない。だから尤もらしい理由を並べて、話を打ち切ろうとする。でもこれも本心の1つだった。彼女との一騎打ちは決着がついていないのだから、いつかつけてみたい。
「まっ......て」
「うん?」
「こんなこと......敵である貴女に頼むのは......間違いかもしれない。でも......ダメ元でお願いするわ」
「彼女のことなら任せて。私たちが――」
「私を......紅葉のもとまで連れていって欲しい......お願い」
ウェンディの服を握りしめた彼女の目は、強い眼光を灯していた――




