第101話 晴天と陽光 5
『確かに技巧凝らされし名刀というものは存在するのだろう。今日、汝に授ける刀は紛れもなく名刀だ』
先祖代々受け継がれきた名刀。鞘越しでも研ぎ澄まされた刀身であることが、ひしひしと伝わってくる。見えないのに何故かそう思える。
『しかし、匠の技巧がその全てではない』
『と、申しますと?』
『この刀が名刀である所以。それは儂を含め、かつての継承者が研鑽したが故。彼らの技量が魔力が意思が、名刀をさらなる高みへと昇華させた』
それを聞いて納得した。かすかに魔力を感じられたからだ。大きく主張するわけでもなく、弱々しい印象を持つわけでもない、そんな魔力。
『刀は使い手次第でどのようにも傾く。秋仙よ、この名刀を名刀たらしめるのか、貶めるのか、あるいはさらに昇華させるのか、それは全て汝次第だ』
何となく理解したつもりでいた。理屈として咀嚼していたのだろう。実際に秋仙は、この名刀を現状維持していたため、昇華の瞬間を目の当たりにしなかった。
今日までは――
彼と互角の戦いを繰り広げた少年、ゼデク・スタフォードは、一度“晴天”に無様な敗北を見せた。これまでの自分たちの意気込みを砕くかのような一撃は、秋仙に諦観すら覚えさせた。
でも、ゼデクは立ち上がる。彼の持ち物である名刀は、“晴天”の手に渡り、彼が拾った刀は戦場に放り出された兵士の遺品だけ。名も知らなければ、とても研ぎ澄まされたものではなかった。
だと言うのに、それを手にした少年は、あろうことか“晴天”と渡り合った。不可解な炎のせめぎ合いはあったものの、“晴天”の首を刎ね飛ばしたのである。
その時、秋仙の瞳は確かに捉えた。首を刎ねる一瞬、ほんの一瞬だけ。でも、その一瞬、彼の持つ刀は鈍などではなく、砕けぬ決意と限界まで高められた魔力によって研ぎ澄まされた名刀へと昇華していた――
◆
大きく、強く一歩を踏みしめる。地面がひび割れ、足が沈むのを感じた。
「愚かな! 今さら貴様ごときに何ができようか!」
秋仙の眼前で、あの“晴天”が刀を振るってくる。それは自分の知る人ではなく、およそ殆どの人間性を捨て、圧倒的な体躯・力を誇ったバケモノだ。自分なんかよりも遥かに強かった。遠い存在だった。
でも見える。確かに今、見える。“天”と自分の距離が視界にはっきりと見える。
「......一瞬でいい」
あの少年とは――ゼデクとは決着が付かなかった。勝敗はわからず終い。でも、絶対に負けたくない相手だ。そんな彼は様々な要因の積み重ねの末、“晴天”の首までたどり着いた。
「一瞬だけでいい」
ならばここで自分が退くわけにはいかない。ゼデクにできて、自分ができないなんて、それは彼に負けたも同然なのだから。
“晴天”には散々虐げられてきた。妹を兵器として良いように使われて、大切な友人も命の危険に晒して、犠牲になった部下だって少なくない。
今だってそうだ。紅葉の魔法である“鍵”の制御権を暁に渡したばかりに彼女は暴走している。ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
あの腕輪を壊して止めてやる。
アイツの一撃をいなしてやる。
自分の弱さを払拭してやる。
「ワシはッ! ここで汝を超えてみせるッ!」
「潔く死ね、小童ァァァァァァッ!」
蒼炎を伴った刀が秋仙に迫る。彼はその一点に集中した。
森羅万象、ありとあらゆる事物に流れ有り。その理にただ1つの例外無し。
この対峙が1つの流れであるのならば、自分は水面に浮かぶ一葉であり――
「汝もまた、水面に浮かぶ一葉と知れッ!」
“流水一葉”
激流が秋仙を後押しした。魔法の名と共に、彼は突き出した腕を思いっきり背後へと振り切る。
「なっ!?」
暁の攻撃が完全にいなされるばかりか、彼の手元から刀が離れる。
「覚悟ッ!」
当然、その隙を秋仙は見逃さない。体勢を崩した暁を斬ろうとするも......
「“天”を侮るなァッ!」
身体があり得ない回転を見せ、秋仙を蹴り飛ばす。今度は暁がバランスを失った秋仙を仕留める番だ。彼の顔は絶望と悲痛に満ちたものになっているだろう。所詮、“天”に及ばないのである。そう予想した。しかし、
「......?」
笑っている。同時に視界が明るくなった。自分の視界に光差すものがある。そこでハッとする。秋仙、エスペルト、ライオール。立て続けに繰り出される猛攻に気を取られ、結果的に最も警戒すべき人間を放置していた。
空を仰ぐ。ゼデクがありったけの炎を宿し、刀を構えていた。決して彼を軽視していたのではない。秋仙に刀を弾かれることが計算外だったのだ。ゼデクを危険視した、ライオールに一切の慢心を捨て、エスペルトを訝しんだ。しかし――
今まで圧していたばかりの存在、秋仙だけはどうしても侮らずにはいられなかった。役者不足である彼が自分を打ち破れるわけがないと、侮らずにはいられなかった。
「暁ィィィィィィィィィィッ!」
「おのれッ!」
鬼のような形相で、脳天目掛けて振り下ろされた刀を、暁は蒼炎を纏った両の掌で抑え込む。白刃取り。長年、剣術に身を投じていたからこそ、咄嗟に防ぐことのできた荒技。
「っ、どこまでもしぶとい野郎だな」
「生意気な童供が......今殺してやる」
ゼデクに焦りが広がる。この陽動作戦をする直前、エスペルトに聞いた話によるとバケモノは不死身ではなかった。れっきとした弱点がある。その点については、ゼデクも大方予想がついていた。
魔法だ。その中でもゼデクの炎は1番の有効打。
だから暁を仕留めるのに必要なのは、刀身による裂傷ではなく、彼が忌み嫌う炎という名の毒を、彼の身体の奥深くに刻むこと。
最初、彼の首を落とした時は炎が届いていなかったのだ。直前の蒼炎で全て相殺された状況の中、刀だけが“晴天”の首に届いた。
故に、ゼデクはひたすらに炎を刀に込めるも、暁も同量の蒼炎を掌に注ぎ込み相殺を試みる。力の競り合いが続いた。
「急げッ! 時間がないぞッ!」
声が響く。おそらく周囲の蒼炎がこの場に迫っているのだろう。
「先ずは貴様からだ、ゼデク・スタフォード。これで我らの憂い全てが片付くッ!」
ゼデクと“晴天”だけを囲むように展開された蒼炎は、2人を隔絶する。今の彼は、刀に込める炎に手一杯で、自身を守る余裕なんてない。
この機を逃すことは許されなかった。ただでさえ3人が命懸けの陽動を以ってして、これなのだから。次はもっと警戒されるだろう。そうなれば、いよいよ入り込む余地がなくなる上、逃亡を図るかもしれない。
被害も拡大する。チャンスは2度ない。次の陽動には犠牲が伴う。大切な人が失われることだってあり得るのだ。
自分の為に時間を稼いでくれたエドム、一緒に戦ってくれた仲間、あるいはエスペルトやライオールといった強者。
それは嫌だ。自分の力が足りないばかりに誰かが死ぬのはもう嫌なのだ。
ルピナスでは、プレゼンスが目の前で死んだ。もしあの時、もっとゼデクが強ければ免れたかもしれない死だ。誰が何を言おうとその事実は変わらない。
それを自分はもう一度繰り返すか否かの場にいる。
“晴天”の掌にある蒼炎。あれを根こそぎ殺いで、そのまま斬り伏せるだけ。アイツよりも大きな力を、炎を引き出して競り勝つだけ。ゼデクは奮起する。
斬ればまた前進できる。千日紅国という1つの国を踏破できる。
「諦めて死を享受せよッ! この“晴天”が貴様に死を下賜するッ!」
悪霊退治というエスペルトの目的が進み、想い人のしがらみが1つ消える。
「......死ねるか、こんなとこでカッコ悪く負けられるかよ」
レティシアがこの場にいる。彼女を悲しませるわけにはいかない。近付いてやる。“晴天”という最強の一角を倒しさらなる高みへと、彼女のもとへと――
「悪いが俺の野望の為に......アンタの首、利用させて貰うぜ」
「おのれッ! きさ――」
後の一手なんて考えないくらい、力を振り絞る。自分の中にあるもの全てを刀に込め、押し込む。
それは暁の蒼炎を破り、両手を吹き飛ばし......
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!」
彼の胸元へと届いた――
◆
身体に激痛が走った。どこを抉られようと、切断されようと、決して感じることのなかった痛みという概念が、自分の身体の中に流れてくる。
暁は倒れる刹那、少年の背後を見た。自分を斬った少年の背後を。戦場に似つかわしくない少女が立っている。懐かしい顔だ。彼女は、とても冷ややかな瞳でこちらを見下ろしていた。
だというのに、彼女から発せられた炎は、自分に向けられた憎悪や、誰かに向けられたであろう恋情で燃え盛っている。
『ばいばい。いつかまとめて消してあげる』
「......ははっ、まさか口を聞けるとはな」
身体が地に崩れる。陽射しが眩しかった。動かない手で影を作りたかったが、その必要はすぐに無くなる。
「......君が利用されている、といったが、あれは訂正しておこう」
「ハァ、ハァ......アンタ、まだ話せるのかよ。悪霊ってとことん四散させないと死なないのか?」
息を整えることなく、ゼデクが“晴天”に影を作る。
「悪霊? ふふふふ。悪霊しかり、亡霊しかり、その呼称は君の背に憑いている女の方がよっぽどお似合いだ」
「......え?」
「愛だの憎しみだのくだらない感情に囚われ......死後も蠢いているような存在が悪霊でなくて、何を悪霊とする?」
『余計な台詞吐いてないで、さっさと還りなさい、下衆』
ゼデクが周囲を見回す。となると、暁が見えている少女は他人からは見えないのだろう。もしかしたら、自分だけが見ている幻なのかもしれない。
「......君は私の手をはね退け、地獄への片道切符を選んだ。これから先、君がそこの亡霊に取り憑かれ、苦しみ悶える様が私には見えるぞ」
「勝手に見てろよ」
「あそこに私が手放した刀がある。君から取った刀だ」
視線を横に向けると、少し離れたところにゼデクの刀が刺さっていた。
「次に会う時まで......君に預け......る......それ......まで......精......ぜ......」
暁は言葉を止めた。彼の手の甲はもう光っていない。周囲を焼いていた蒼炎も消えている。彼は死んだのだろう。
「死んでるのに次があってたまるか」
ゼデクは元あった刀を鞘に収めると、ため息がちに身を地面に任せるのであった。




