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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第1章 籠の中の少年と少女
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第1話 少年と少女


挿絵(By みてみん)


「忘れじの戦花」第1話です(*´∀`*)

ようこそ、そして読んでくださりありがとうございます。

数少ない中、割いてくださった時間がどうか良い時間となりますように。


 あたり一面に広がる麦が夕日に照らされ、金色の光を放っている。その中に僕はいた。風に揺らめく麦を一掴みして、刈り取る。


 ここで、ただひたすらに働き続ける。それが日常であった。


 叔父も叔母も、牛馬のごとく働くことを強いてきた。しかし、それは仕方のないこと。幼くして両親を亡くした僕は、彼らの家に引き取られ養われている。ほとんど余所者の僕が養われている以上、それ相応の働きをせねばならないのだから。


 ここ何年も家の敷地外に出ることを許されていない。この空間が世界の全てだ、という錯覚に陥ってきている。もちろん、両親が生きていた頃は違う世界を知っていたはずであるが。このまま生きていたら、世界や思い出全てが消えゆくだろう。


 両親が消え、僕の元には思い出しかないのに。それさえ消えれば、一体そこに何が残るというのか?


 それだけは嫌だ。気付けば抜け出していた。普段通り仕事をこなせると思っていたのに。何故だろう? 今日は叔父と叔母が出かけているから? 今まで、どんなに彼らが隙を作っても怠けることなく仕事を続けていたのに......


 黄金に光る麦畑の中を風と共に走りゆく。ここはココ村。いくつかのレンガ造りの家々を中心に、広大な麦畑が広がっている村。その中を僕は走りゆく。


 麦畑に必要で、貴重な水源となる川にたどり着いた。ココ村の麦畑を横断するかのように流れる川。しばらく進んだ先で、足をゆっくり止める。息が上がり、しばらく動くことができなかった。


 僕がたどり着いた先に、石橋が架かっている。よく母と一緒に橋から景色を眺めていた、そんな思い出が詰まった橋。何年振りに見た思い出の橋。ただ、この橋を見たかっただけかもしれない。きっと、あのまま籠の中にいたら忘れてしまうから。


 橋の手すりに手を据えながら、僕は橋を渡った。再びあの景色を見るために。しかし、今日見た景色は少しだけ違った。同じくらいの年頃の女の子が1人、橋の上で袋を片手に抱え一心不乱にパンを食べている。


 それでも僕は歩みを止めない。やがて、ほぼ隣にまで近づく。少女がこちらに気付いた。金色の長い髪を揺らしながら、こちらに振り向く。とても綺麗な顔立ちでこちらを見上げる少女に、僕は少し見惚れてしまった。


「......あなた、どうして泣いているの?」

「......え?」


 そう少女に問われて、自分が初めて涙を流していることに気づいた。


「......ううん、なんでもない。 少し昔の事を考えていたんだ。」

「大丈夫? ......そうだ!」


  少女は一瞬考える顔をし、やがて閃いたような素振りを見せた。


「はい、これ」


  袋の中からパンを取り出し、こちらへ差し出す。


「これは......パン?」

「うん! お腹がいっぱいになると元気もでるんだよ!」


 そう言って彼女は嬉しそうに微笑む。その顔が眩しくて、美しくて、思わず目を背けそうになる。


「あ、ありがとう」


 少女の隣に座る。パンを頬張っていると、


「私の名前は“レティシア”! あなたのお名前は?」


 レティシアはそう名乗り、僕に名を聞いた。


「......僕の名前はゼデク。“ゼデク・スタフォード”」

「ゼデクっていうのね。なんだかあまり聞かない名前だわ。」


 彼女はまた微笑む。しかし、そこでレティシアは何かに気付いた顔をした。


「あら、今日はもう時間が来ちゃった。 ねぇ、また明日会えないかしら?」


 唐突にそんな事をいう。


「......え?」


 今日抜け出したことすら特別なのに。返答に困っていると彼女は、


「私、毎日ここに来るから。 また会えると嬉しいな! それじゃあ、またね。」


  そう言い、立ち上がってしまう。


「え、ちょっ、ちょっと待って!」


  必死の制止も虚しく、レティシアは走り出してしまう。やがてレティシアは見えなくなる所まで走り去った。自身の中に形成されつつあった籠の世界が、完璧に崩れ去るの感じる。それ程までにレティシアとの出会いは、衝撃的で魅力的だった。


 それからというもの毎日。


「あ! 来てくれたのね、ゼデク」


 叔父や叔母の隙を見つけては。


「そう......あなたは今までそんな生活をしていたのね......」


 レティシアとの密会に。


「なら、私がいつかこの世の中を変えてあげる!」


 どんどん彼女に惹かれていって。


「私、これでも王様の家族なのです。 だから私が王様になって......」


 どんどん彼女の事が気になって。


「いつか2人で気兼ねなく暮らして、お話するの」


 僕はきっと......


「ねぇ、ゼデク......私ね......」


  僕たちはきっと......


「あなたのこと......」


 恋をしていた。


 籠に囚われた小さな少年と、王族の元に産まれた小さな少女の恋。


「ゼデク......ごめんなさい」


 でもその夢のような日々は。


「私、明日王都に帰らなきゃ行けないの」


 終わりを迎える。


「いつか、絶対に迎えに来るから!」


 彼女は涙を目に浮かべ、そう言った。別れが近づく。互いを握りしめた手の力が強くなる。そして別れの時。レティシアは何度も振り返りながら去っていく。


 黄金の麦畑の中。


「迎えに来るから!」


 そう何度も何度も叫ぶ。


「いつか、王都に行く!」


 気付いたら叫んでいた。遠くにいるレティシアはきっと驚いた顔をしていた。


「いつか、レティシアに王都で会うのに相応しい身分になって! きっと!」


 レティシアが微笑んだ気がした。そう僕達は誓った。やがてレティシアが見えなくなった所で、背後から声が聞こえた。


「残念ながら、今の状態では叶わない夢ですね」


 後ろを振り返る。振り返った先に1人の男が立っていた。黒色の後髪を腰まで伸ばした男。何処か中性的で一瞬判断に迷ったが、声音から男性と感じた。


「......ど、どなたでしょうか?」

「ごもっともな質問ですね」


 彼はただ微笑むだけで、質問の返答は無かった。


「この先、貴方が村から抜け出す事は容易ではないでしょうし、あの子が迎えに来ることも不可能に近いでしょう」

「な、何を言ってっ」


 どうやら先程の会話を聞いていたのか、憐れなものを見るような目で僕の声を遮る。


「私と共に来なさい。そうすれば、君達は夢を叶えるチャンスを得れる」


 小さな子供ですら怪しいと感じる程の胡散臭さを持つ男。これが俗に言う誘拐と言うものなのか、そう考えると更に一言。


「安心なさい。ちゃんと貴方の叔父さん達に話を付けましょう。正式に私が引き取ると」

「......で、でもっ!」

「私と共に来れば夢を叶えるチャンスを、ここに居るのであれば一生叶わぬ夢を、2つに1つ。これが最後です。さぁ、私と共に王都“グランツ・ロード”へ」


 男は手を差し出した。一生叶わぬ夢、それはあくまで男の言い分であり、実際本当にそうだとは限らない。それでも彼の提案は、レティシアと別れたばかりの僕には魅力的で.......


 僕はその手を恐る恐る取った。



 ◆

 

 あれから8年が過ぎた。


 現在この世では大きく分けて、6つの国が存在する。何年も前から延々と争いを繰り返す六国。その血みどろな争いは今も変わらない。その一角にキングプロテア王国と呼ばれる、騎士道を重んじる国があった。


 ゼデクとレティシアが別れてから8年の間に、王の代替わりや大乱があったが、現在も王族"ウィンドベル家”が国の頂点に君臨していた。レティシア・ウィンドベルもまた、この系譜の人間である。そして、キングプロテア王国の王都グランツ・ロードの中にある、とある屋敷にて、1人の少年が今日も夢を追う。


「そろそろ行きますよ、準備はよろしいですか?」

「......」

「そこに居るのに返答が無いとは、昔の貴方からは想像ができませんね」


 8年前ゼデクを此処へ連れてきた人物、“エスペルト・トラップウィット”が苦笑いを隠さずに振り返る。あの日からずっと、ゼデクは屋敷でエスペルトの使用人として、雑務に勤めてきた。その間に、レティシアとの逢瀬に進展らしい進展もなく、気付けば8年もの歳月が流れていた。


「あんたと8年も居れば、誰でもこうなるよ」

「他人に責任転嫁とは感心しませんね。ですが否定はしません」


 その言葉にゼデクは顔をしかめる。


「それで? 今日、俺は此処で雑務だったはずだが?」

「本当はその予定でしたがね、気が変わりました。使用人は使用人らしく黙ってついて来なさい」


 意地の悪そうな笑みを浮かべ、挑発してくる。


「行くかどうかは俺が決めることだろう? あくまで俺はあんたを利用して、あんたは俺を利用する、そんな関係だ。約束の範疇外の事に従う義理は無い」

「えぇ、貴方は貴方の夢のために私を利用して、私は私の夢のために貴方を利用する。ですから......」


 2人の奇妙な関係を嬉しそうに話すエスペルト。

 余りに嬉しそうに話すので、視線が外せなくなった。すると目が合う。


「ですから......貴方自身の夢を叶える為に、私について来なさい」


 何処か、8年前と似た台詞を再び口にするのであった。

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