4 ハウトゥーメイク・リレーションシップ
サブタイトル難しすぎへん!?
「あ、あはは。構わないよ」
「・・・・・・」
僕がコンの代わりに頭を下げると、アウレテスさんは苦笑いで許してくれた。なんというか年上の余裕を感じる。がしかし、アメリアは思いのほかダメージを受けてしまったようで黙り込んでいる。大丈夫かな。
僕が彼を心配する間もなく、気をとりなおした様子のアウレテスさんが早速質問をしてきた。
「その羅針盤は自分で考えて話すことができるのかい?」
「ただの羅針盤ではありません、わたくしにはコンという名があります」
「おお、すごい。的確に反応してくるね。先ほどの会話ではここにいる人間をそれぞれ別物として認識できているようだったか。となると音情報には反応すると考えられるな・・・・・・」
なんだか学者モードが入ったようで、手を顎に当てて考え事を始めるアウレテスさん。長くなりそうな話に付き合わされるのも面倒くさかったので、僕は首からコンを外すと、彼に差し出す。アウレテスさんは優しそうだし渡しても大丈夫でしょ。
「アウレテスさんが調べたいなら好きに見てもらっていいですよ。僕もコンがどういう存在なのか知りたいので」
「おお、ほんとに良いのかい?」
「えええ! カイン様、わたくしを売るおつもりですか!?」
「んな大袈裟な。さっき迷惑をかけた罰だよ。あ、でもちゃんと返してくださいね」
「それはもちろんだよ! ありがたい!」
アウレテスさんはコンを丁重に受け取ると、机の上に置く。そして棚からごそごそと道具を取り出して早速何かをやり始めた。
「ああ!そんなところは触らないでいただきたい!ああん!!」
何か無駄に良い声で気持ち悪い悲鳴が聞こえるような気がする。うん、これはひとまず無視だ。今のってコンが出した声なんだよね?・・・・・・マジで気持ち悪いんだけど。
そんな彼らは放っておいて、僕は未だに茫然自失といった状態のアメリアに声をかけた。目が死んじゃってるよ、やばい。
「アメリア、大丈夫? さっきコンに言われたこと気にしてるの?」
「私はダメな子、一人じゃ何もできない、だから置いていかれる・・・・・・」
ぶつぶつと闇が深そうなことをつぶやいていて、始めの強気な様子は微塵もなくなっていた。出会って数時間もたっていない僕が彼について何かを知っているわけではないのだが、なんだからしくないなと思う。アメリアの瞳の輝きを知ってしまった僕としてはそんな弱気な表情をして欲しくはなかった。
「おーい、聞いてる!?」
耳元で大声を出したら、やっとピクリと反応してくれる。アメリアはゆっくりとした動作で僕の方を向いた。
「ああ、カイン。わ、俺はやっぱりお兄ちゃ、じゃない。兄貴に頼らないと一人じゃ何もできない弱虫なの、んだ……。だから無意識のうちに兄貴のいる船を潜り込む先に選んだんだし、鞭で打たれそうになった時も強気でいたのは兄貴ならなんとかしてくれると心のどこかで思ってたから。挙げ句の果てにはいよいよ打たれるって時に怖くて震えて何もできなかったんだよ。きっとカインが来てくれなければみっともなく泣きわめいてたかもしれないし……」
アメリアはずっとネガティブな言葉を垂れ流していた。コンのやつが余計なことを言いやがったせいでややこしいことになっちゃったじゃん! でも、たったあれだけの言葉でこうも弱気になってしまうってことは大分図星だったんだろうなぁ。つまりこれはアメリアが必死に押さえつけていた彼の一部分なんだろう。いつかは向き合わなきゃいけないものだったはずだ。
さてなんて声をかければいいかなぁ。僕はちょっと迷った末、口を開く。
「ねえ、アメリアはなんで世界一の冒険家を目指すなんて言ってたの?」
「え? そうだなぁ、やっぱりカッコイイからかな。世界を見て回って自分の力で生き抜くって憧れない?」
「うんうん、確かにそうだね。じゃあさ、憧れるようになったきっかけとかある?」
「それは・・・・・・、父さんが冒険家でさ。カインも名前ぐらいは知ってるんじゃないか?ルードマン・ライズ、【遺跡荒らし】ルードって呼ばれてた」
「ああ〜、えっと、うん。部分的に知ってるような知らないような」
やばい、何の気なしに話題を振って見たが全然わかんない単語が出てきちゃった。遺跡荒らしって悪そうなネーミングだけど、話を聞く感じアメリアのお父さんは高名な冒険家なのかな。ここは適当に話を合わせておくしかない。
「俺と兄貴はそんな父さんに憧れてずっと冒険家の真似事をしてた。たまにしか帰ってこないけど、休みの日にはずっと父さんの冒険の話をワクワクしながら聞いてた。父さんの話に出てくる信じられないようなものを俺はこの目で見てみたい! 父さんですら見たことがない世界を知りたい! そう、思ったんだ。でも、三年前のあの日から父さんは・・・・・・」
「帰ってこない」そう告げるアメリアの口調は重たく、悲しみが彼の上にずしりと重さを持って乗っているようだった。なんて声をかければいいかわからず、僕の口から出るのは曖昧な相槌ばかり。
「そう、なんだ」
「うん。でも父さんは絶対に生きてる! 昔から女好きだったからどこかで現地妻でも作ってのほほんと暮らしているかもしれないし。だから、俺は世界一偉大な冒険家になって全世界に名前を轟かせて、父さんがどこにいたとしても俺を認めざるをえなくしてやるんだ。そう決めた、はずなのに・・・・・・」
大きなため息をつくアメリアは、覇気が完全になくなっていて一回り縮んで見える。初めからそんなに大きくはなかったけどね。僕と同じくらいの身長だったし。
「あのさ、さっきアメリアは『何がなんでも世界で最も偉大な冒険家になる!』とか立ち上がって言ってたでしょ。その時、すごいかっこいいなぁ、憧れるなぁって思ったんだ」
「こんな弱虫なのに?」
「うん、ちょっと図星なこと言われただけですぐヘコんじゃうくらい弱虫なのに」
「・・・・・・」
アメリアはぐぬぬと言った様子で黙り込んでしまう。でも、僕が言いたいことはこれからだ。
「なぜかってね、僕には夢なんてないんだ。そう……僕には何も、ないんだ」
思いの外暗い口調になってしまったみたいで、アメリアがハッとした様子でこちらを見る。眉尻が下がっていて、心配しているつもりが逆に心配させちゃったみたいだった。優しい口調で聞いてくれる。
「どうしてなの?理由を聞いても良い?」
「それはね、僕には記憶が……ないんだ」
僕は自分が謎の部屋で目を覚ましたこと、それ以前の記憶がないこと、世界を救えと言われたことなどここに至るまでの経緯を全部話した。さっきのアメリアの様子を見てしまったからには、自分も隠し事をしちゃダメな気がした。
「ま、嘘みたいな話だから信じられないと思うけど」
「いや、信じる。俺は、カインのその話、信じるよ」
僕の言葉を遮るようにしてアメリアは力強くそう言った。まっすぐな瞳を俺に向ける。彼の本来の髪色である燃えるような赤とは対照的なアイスブルーのその瞳に吸い込まれそうだった。
「ほ、本当に?自分で言っておいてなんだけど相当むちゃくちゃな話だったと思うけど」
「いや、魔法とか遺物があるこの世界じゃ何が起こってもおかしくないんだ。そうだ、そういう知らない世界を知りたくて俺は冒険者になろうと思ったんだった。だからさ、自分の想像もつかない話を聞いたからと言って否定するようじゃ冒険なんてできるわけないだろ?」
アメリアはなぜかドヤ顔でそう言ってきた。ちょっとイラっとするけど、なぜか憎めない。むしろこっちも吹き出しそうになる。
「そっか、そうかも。あはは、やっぱりアメリアは立派な冒険家になる素質あると思うよ」
「ありがとな、カイン。なんか元気出たよ」
「それはよかった!」
「なあ、カインのやりたいことってなんだ?」
「え、さっき何もないって言ったじゃん」
僕が眉をひそめると、アメリアは調子よく言う。
「じゃあ今から決めればいいだろ!」
「あっ、そうか。それでいいんだ・・・・・・」
心の声が思わず出てしまう。確かに、そうだ。やりたいことがないなら今から作ればいい。言われてみると当たり前なんだけど、なぜか頭に浮かばなかった。
「ほらほら、なんかないか?」
ベッドの上で体を揺らしながらアメリアは聞いてくる。元気の良い犬みたい。
う〜ん、やりたいこと、なんだろう。そもそも記憶がないわけだし・・・・・・あ!
「そうだ!記憶を取り戻したい!」
「そりゃそうだ!決めた。じゃあお前の記憶を取りもどすことをひとまず俺の冒険の目標にするよ。そしたらものすごい冒険ができる気がする!」
僕がやっとの事で思いついたことを言うと、アメリアは勢いよく頷いてくれた。
「あ、ありがとう。ものすごい冒険ができる自信はないけど」
「いや、できるさ! カインは世界を救う男なんだろ? だったら一緒に世界を変える冒険ができるに決まってる!」
その力強い言葉は僕の心に染み渡ってきた。なんかアメリアを励ますつもりで始めた話だったけど、いつの間にか僕の方が励まされてしまっていたみたい。
記憶がなくて右も左も分からない中、僕はどうやら思った以上に心細くなっていたらしい。一緒に記憶を探してくれると、冒険してくれると言われて想像以上に嬉しかった。視界がぼやける。あれ、おかしいな。泣いてなんかないはずなのに。
「あ、あはは、そうかもね。だったら僕はアメリアが世界一の冒険家になれるように応援するよ」
「おいおい、カインひどい顔してるぞ」
茶化すようにアメリアが言った。
「アメリアの方こそさっきまで死んだ目をしてたくせに!」
僕たちは顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出した。
『世界を救う』『世界一の冒険家になる』なんて荒唐無稽な話をしているにも関わらず、それが二人で力を合わせればできてしまうことのように思えてなんだか無性に可笑しかった。