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『世界を救う初めの一歩』

今日中にもうちょっとだけ投稿したいんじゃよ

「さて、そろそろ落ち着きましたでしょうか」


 自分について何も分からない、ということが分かって放心状態だった僕を現実に引き戻したのは知らぬ間に強く握りしめていた羅針盤君の一言だった。


 僕は大きく深呼吸をする。ほんの少しだけ落ち着けた気がした。


「ふぅ、なんとか。それにしてもまさか典型的な『ここはどこ、私はだれ』状態に自分があるなんてね。まいったな」


「心中お察しします」


「君は僕について何か知っているの? さっき、僕の名前をカインだって言ってたけど」



 カイン、と再び口にしてみる。なぜか妙にしっくりときた。口に馴染むというのだろうか。言い慣れているような感じさえする。


 さっきは違うと思ったけど、カインってのは僕の名前で間違いないのかな。


「そうですね、わたくしはカイン様の案内人でございますので」


「案内人って?」


「具体的に言うと、天井に描かれてある言葉を達成するための手助けです」


 天井を見上げる、そこに書かれた言葉といえば。


「『世界を救え』ってやつか」


「その通りにございます」


「ちょっと壮大すぎて意味がわかんないんだけど。あとなんで命令されなきゃいけないの」


「実はわたくしにもよく分かっておりません。あなた様の名前がカインであり、世界を救うお方であるということしか知らないのです」


「天井に書いてあることとほぼ同じじゃん!使えない羅針盤だな」


 期待させておいてそれはひどいと僕が吐き捨てると、彼(?)は怒ったようにその模様を赤く光らせ、


「失礼な!わたくしの機能は喋るだけではないのですよ!刮目せよ!」


 と言いその身を震わせ始めた。なんだなんだ、何が始まるんだと僕が身構えた瞬間。


 ジリリリリリリ!!と耳を攻撃するけたたましい音が部屋に響き渡った。


「なんとわたくし目覚まし機能つき!」


「さっきのうるさい音はおまえかーー!」


 羅針盤をベッドの上に投げ捨てる。僕の快眠を妨げた犯人が今わかった。許すまじ。……ってそんなことどうでもいいよ!



「はぁ、これからどうしよう」


「提案なのですが、まずは服を着たらどうでしょうか。人間として裸なのは如何なものかと」


  ベッドの上から羅針盤君の呆れたような声が聞こえた。


「え?」


 自分の体をまじまじと省みる。なるほど、素っ裸だ。どうやら僕は全裸ネックレスという変態度高めのいでたちをしていたらしい。まさか無機物に人の道理を説かれるとは。これいかに。


 都合よくベッドの枕元にあった服に着替える。長袖のズボンに長袖のシャツ、どちらも簡単な作りだったが生地自体はしっかりしていた。


 僕が元々着ていたものなのだろうか?妙にサイズがぴったりだった。まあ考えても仕方ないか。ベッドの下に置かれていたブーツも履いて完全装備だ。



 ドアの隣にあった大きな鏡で自分の姿を確認する。黒髪黒目の若い男が映っていた。


 僕が右腕をあげると、鏡の中の彼も同じように腕を上げた。頬をつねると、鏡の中の彼は痛そうに顔をしかめた。うん、分かってたけど痛いね。


 なるほど、鏡に映る男の子は僕自身のようだ。


「初めまして、僕」


 鏡に手を振る。それにしても自分の顔を見ても何も思い出せない。


 どうやら僕は本格的に記憶喪失らしい。こんな自分についてすら何も分からない僕に対して世界を救えだって? 本当に意味がわからないな。


この文字は誰かが僕に命令しているということなのだろうか。だとしたら、僕がこの状態にあるのはその誰かのせい?


 自分がここにきた経緯や起きる前のことを思い出そうとしたが、記憶に手を伸ばしても頭の中に広がるのは真っ白な空間ばかり。何も分からない。



「それほど長時間自分の顔を眺めるとは、カイン様には自己愛性パーソナリティ障害の可能性がありますね」


「違うよ!」


 羅針盤君が何を言っているのか意味は分からないが、馬鹿にされているような気がして大声で否定してしまった。もしかしたらさっき『使えない』と言ったことやベッドに投げつけたことを怒っているのかもしれない。無機物のくせに感情豊かなやつだな。


「でさ、羅針盤君は僕の案内人なんでしょ?これからどうすればいいの?」


 部屋の中を調べたが、これといったものは何もない。強いていうなら床の幾何学模様がやたら複雑ということかな? まあどうでもいいか。することもなくなってしまった僕は尋ねた。


「カイン様の準備ができましたのならば、やるべきことはただ一つです。そこの扉を開けて外の世界に飛び出すのですよ」


 確かに、ここにいてもやることがないのなら外に出る方が良いのだろう。だがしかし、なぜか僕にはそれがとても恐ろしいことのように感じた。特に装飾されている様子のない簡素な白い扉をまじまじと見つめる。


「羅針盤君、この先には何があるの?」


「それはわたくしにも分かりかねます。ただ、案内人としての本能がそう告げているのです」


「無機物に本能なんかあるのかよ」


「し、失礼な! 大いにありますとも!」


 いきり立つ羅針盤君はとても人間くさく、何だか友達と話している気分だった。右も左も分からず不安だらけだったが、少し気持ちが楽になったような気がする。



「うーん、いちいち羅針盤君って呼ぶのめんどくさいから何か名前が欲しいな」


「人の抗議を聞きなさい! 全く、カイン様は勝手ですね……。ですが、名前をいただけるというのは心が惹かれることにございます。是非良き名をいただきたい」


「どうしよっかなー」


 名前をつけるってなかなか難しいぞ。せっかくだからいい感じにしたいしなー。僕はしばらく悩んだ後、


「じゃあ、フォードレス・リリアン・グレベティーナ・ゲッテンベルクで!」


「長すぎです!却下!!」


 速攻で嫌がられてしまった。せっかくかっこいいのを考えたのに。この高貴な名前を気に入らないなんてどっか感性おかしいんじゃないの。だけど本人が気に入らないというなら仕方ない。うーん、悩む。



「じゃあ、君は羅針盤、つまりコンパスだから、略してコンとかはどう?」


「うむむ、まあ満点ではありませんが及第点とさせていただきますか」


「なんで微妙に上から目線なの……」


 羅針盤君、改めコンはピカピカと全身を光らせていた。まあ、嬉しそうだしいっか。さて、それじゃあ。


「そろそろ外にでないといけないのかな」


 このままここに居たい気持ちもあるが、それでは何も前に進まない気がした。自分の過去は気になるが、その為にも進まなければならない。そんな、気がする。


「カイン様、外には何があるかわからないので心して扉を開けるようにお願いします」


「忠告ありがとう、コン」


 僕はコンを首からかけて、扉の前に立った。最後に天井を見上げる。『世界を救え』という文字が頭から離れない。いったい、僕は何を求められているのだろうか。



「それでは世界を救う旅の始まりでございますね」


「そんな大げさなこと言われても僕にはなんの責任も取れないからね!僕は何も分からないからとりあえず行動しようとしてるだけだよ」


「それもまた一興です。コンはカイン様についていく所存にございます」


「はは、ありがとね」


 僕はドアノブに手をかけて、一つため息をつく。そして、勢いよく扉を開けて未知なる第一歩を踏み出した。この一歩がこの世界にとってどのような意味を持つのか。僕はまだ、知らない



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