えげつないお嬢様と殺人執事2
その日、俺はやっとの思いで今いる簡易宿から近い都市を知ることができた。
都市の名前はアルトリア、元々は村だったらしいのだが僅か数年で有名な観光地になるまで成長を遂げたそうな。
そこが一番簡易宿から近いだけだからなんとも言えないが、娯楽は宇宙一と名高いらしい。
「楽しみですね、アルトリア。この世界に来てからまだ都市には行ってませんでしたし、いい機会かもです」
「確かにいい機会かもな。なんたって娯楽宇宙一って名乗っているらしいから相当いいところだといんだが……」
そう話しながら歩いていると、異質な宗教紛いの奴らが現れ「私達の所属している軍団に入りませぇんか?」と日本語を覚えたての外国人みたいななまり口調で話かけてきた。
「いやいいです」
「そんなこと言わないでくださぁい。おいしいご飯もあるでぇす」
「本当にそういうのはいいんで他当たってください」
「ダメでぇす。あなたがたのようなぁ、外から来られた方にはちょうどいいと思うでぇすから」
しつこい。しつこすぎる。
「いい加減急ぎたいんで失礼します。そこにも人がいるからそっちを勧誘してください」
「はぁ、この口調も疲れた。いいから軍団に入れって!」
俺が少し強く言うと本性を出したのか、今までのエセ言語が嘘かのように饒舌になってゆく。
「あぁもう、本当に鬱陶しい。今からアルトリアに行くんだから邪魔をしないでほしいんだって。
それに急に口調変えやがったな、お前最初から喋れるんなら普通に誘ってこいよ」
そう再度強気に断った時、急に後ろ側から強い風が吹き、深く被っていたフードから人間には該当しないものが現れる。
「………ツノ?」
「あっ……ヤベェ」
「………」
「えっと…………俺達魔王軍幹部の下っ端で、あそこにいるのが幹部のアークネス様」
「ええっ?」
なんか魔王軍だったらしい。しかも幹部もいるだとか。
あれ?これ終わったくない?
こちらに来てからまだ一週間も経ってないよ?
いきなり幹部とかドラクエだったら冒険始められないぞ。
そう思いつつ、話している間に逃げようという、いわゆる『失礼お嬢様大作戦』を仕掛ける頃合を探していたんだがどうにもうまくいかない。
挙句の果てには、『次一歩でも動こうものなら強制的に連れて行く』とのことだ。
使えねぇじゃねぇかあの金髪悪魔。
何で…何で…何で…何で…俺死んじゃうよ、八千代諸共。
あぁ……不幸な世界とはよくいったものだ。
改めてバカみたいな世界にきたことを痛感する。
だがそんな後悔している俺とは対照的に、八千代は平然としている。
怖がった様子もなく、なんなら凪人さんやっちゃってくだせぇみたいな感じで、時よりこちら側をチラチラ見ながらシャドウボクシングばりに可愛い拳を空気に打ち込んでいるのだ。
「あのなんで俺達を誘おうとしたんですか?他にも人はいっぱいいるだろうに………」
もうどういう態度を取ったらいいか分からならかったが、この世界に来てからの過去最大の緊張をしながらも、精一杯の敬語を浴びせてやった。
なんならお嬢様様と話した時でもここまで緊張はしなかっただろう。
だがそんな言葉も通じるわけが無く……。
「お前らを食ってやるんだよ。もしくは一生ただ働きだな。
おい!そこのちっこいのちょっと来い。
なんだよこいつ、胸もすかすかだし、背もちっちゃいじゃねぇか。こういうの俺嫌いなんだよなぁ、身が少ないし………なぁーんて嘘だよ、嘘!
この演技を一度はやってみたかったんだよ。大丈夫、大丈夫、普通にもてなしてあげるだけだか……ら?」
「………あ?」
こいつやっちまった。
いくら八千代でも初見で幹部達はさすがに無理だと思っていたが、八千代の様子を見る限り多分あいつらは殺られると思う。
丁度5分後。
……案の定そいつらは八千代の狂気めいた笑みと共に次々と倒されていった。
ただ一人を除いて。
一応みんな死んではいないもののあの数相手に一瞬でも壊滅状態にするとは恐ろしい。
最後には、俺には出さなかったロードローラーがどこからともなく出てきたので、流石にびびったのだが、うまく調節したのか死人は出なかったみたいだ。
「お前ら次ちっちゃいとかバカみたいな戯言言ったらただじゃおかねぇからな?
なぁ?わかってんだろうなぁ?」
「ひぃぃ〜、本当にごめんなさいっス」
俺の時とは違って口調まで変わってしまうほど切れていたらしい。
いつもの様子からこうまで変わると二重人格なのではないだろうかと思ってしまうほどの口調な八千代だが、次第落ち着いたのか人畜無害な八千代へと戻っていった。
そして強いため最後まで残ってしまった魔王軍幹部のアークネスとやらだが、腰を引きずらせた状態で頭を手で隠すような、子供がゲンコツを怖がる様なポーズをして必死に謝っているのだ。
「あの……私、なんでも言うこと聞くので……グスッ…殺すのだけは…勘弁してくださいっス、きっと必ずなんとか役にたつっスからなんとかお願いしますぅ」
「こ、殺しはしませんけどもうあんな最悪な言葉を言ったらダメですよ?まぁ処置は凪人さんに任せましょうかね?」
「えっ?俺?」
「へっ……あの…男の人がやるんですか?」
「なにか?」
「あっ…いやなんでもないっス。あの…エッチなことは勘弁してほしい…っス」
知らない間に俺がアークネスの処置をすることになってしまったらしいが、どうにかしてこいつを近くに置いておきたい。
「じゃあ妹分な?」
「いも……うと…?なんで私が…お前みたいな弱そうなやつの妹なんかにならなきゃいけないんスか」
「だって奴隷は気が引けるし、姉だと立場逆転するだろ?身近に置いておけるのは妹分くらいしかねぇんだよ、観念しろ」
「だからってそんなキモいのりに付き合わせないでほしいっス。お、お姉さんも見てて嫌でしょ?止めてほしいっス!せめて別のがいいっス」
「いいですねぇ、妹分。私一人っ子だから兄弟がいる人たちが羨ましかったんですよ。
じゃあ私のことはお姉ちゃんか姐さん、凪人さんは兄貴か可愛げを持ってお兄ちゃんって呼んであげてくださいね?」
「えっ?いやっスけど」
「ね?」
「………姐さん、あ、あに、兄貴」
「よくできました」
あいにくツッコミ不在のこの空間に置いて、俺のノリを止める奴は一人もいなかったため、アークネスは大きなため息をつきながら承諾してくれた。
そんなこんなで魔王幹部、もとい悪魔アークネスには見事俺達の妹分になって貰ったわけだが。
悪魔は契約が絶対らしく、言われたら実行しなくちゃいけない、というくそ面倒臭い掟があるらしい。
こんなことでかわいそうだから契約はしなかったが、妹分の他に何かあったら助けにくるようにさせてもらった。
◇◆◇◆◇◆
アルトリアに行くまでの道中、めちゃくちゃうるさいのが一人いた。
「ちびぃ、ちびぃ、ちびちびちびーっ。兄貴と何センチ差っスか?腕一つ分くらい?」
「凪人さん着いたら一番に何がしたいですか?」
「暴力女、断然おっぱいは私の方がデカイですし」
「俺はいい加減身体を水と石鹸だけで洗うってのは気分が悪いからお風呂に入りたい」
「私はまだ認めてないっスから……弱みを握ったら消えてやる」
「そうしましょうかね。私も困っていたところでした」
余程妹分が気に入らなかったのか八千代には聞こえない声で、俺に聞こえるようにボソボソと煽るアークネス。
「……聞こえてない?このくらいの声なら大丈夫なんだ。ちびぃ、姐さんはちびっス、ロリっス、幼女っス」
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」
最後の幼女という言葉が聞こえていたのか身体からものすごいほどの威圧が漏れ出ている。
「八千代大丈夫だ。アークネスは幼女じゃなくて養生って言っただけだから何か保護したかったんだと思うぞ?な?妹分や」
「へはっ?」
おい話を合わせろ、このままだとお前も俺も殺されちまうぞ!
そうアイコンタクトで伝えると、理解したのか必死に頭をコックリ、コックリしてくるアークネス。
「ちょうど魔王城の壁を再建築しようとしていたところで、養生テープが必要だなと思ったんス」
「なるほど、そういう理由だったんですね。私てっきり幼女って言ったのかと思ってビックリしましたよ」
……俺は貴方の代わりようにビックリしましたよ、と言いたいところだが、わかってくれたのか威圧が消えて行く。
アークネスはあの威圧から何かを悟ったのか、一周回って元気に『歩こう、歩こう、私は妹分』と歌いながらぎこちないステップをしていて頭が少々おかしくなってしまっていた。
アークネスの様子をみるに、確かに威圧は魔界の公爵がもしいたとしても、冷や汗をかくぐらいには相当なものだったと思う、実際俺自身が一番怖かった。
正直あれだけでその辺の雑魚ならみんな気絶してるだろうよ。覇◯色かよって。
あっさりとしていたため、あまり考えていなかったのだが、魔王との幹部戦ってこんなものなのだろうか。
普通もっと長くてそれでいて武と武が対峙し合う壮大な戦いのはずなんだが………。
そんな馬鹿な事を考えてはいたが、彼女に対して、そう悪魔アークネス対して、どう接すればいいかも共に考えていた。
一応やらせていたのは、道中の道案内やその他の世話係くらいなもんで、決してなんか持って来いとかパシリみたいに使ったりなどしてない……あんまり。
「そういえば兄貴達、どこに行くんでしたっけ?」
「えっ、あぁ詳しい情報まで言ってなかったっけ?アルトリアまで行きたいんだよ」
「ならここから中2日はかかるっスね」
「えっ?いやでも宿屋の隣の部屋のおっさんに金を少し渡したらすぐそこにあるって情報教えてくれたぞ?」
「……それはドンマイっス。ある魔法を覚えていない限りどんなに早くても一日はかかるんスよ」
どうやら簡易宿のおっさんに騙されていたらしい。
やってくれたな不幸な世界。
「じゃあ今日は野宿しか無いってことか。ご飯とかどうしようか八千代?」
八千代にそう聞くが、待ってましたと言わんばかりの顔を向けてくる。
「ふっふ〜ん。このミラクルスーパーハイスペック八千代ちゃんの出番みたいですね。いいものがありますよ」
そう言い、小学生みたいにきゃっきゃとはしゃいでいるが、見た目からは感じられない歳である19歳。
……正直歳を考えるとキツすぎる。
「それでどうするんスか?火くらいなら出せるっスけど……」
「大丈夫です。じゃじゃ〜ん。政府から私たち宛に野宿セットというのが配られているんですよ」
そんな言葉とは裏腹にどこにも存在しない野宿セット。
「それで八千代さん、野宿セットとは?」
「あれ?ない、キューブがない。最低でも100回は使える野宿セットが……」
「落ちましたよ?これっスか姐さん」
それだ!それに違いないという顔をしている八千代を置いといて、キューブの真ん中に挟んである説明書を読む。
『野宿セットα説明書 :このセットは通常100回程使えます。中には料理セット、洗濯セット、寝床セット、トイレセット、入浴セットが入っていて、きっと旅のお供に役立つでしょう。
キューブの赤いボタンを押すと一気に全部が出てきますので広い場所で使うことをお勧めします。
またしまう時は反対側にある青いボタンを押してもらうと一気にしまわれます。洗い物、洗濯物などはしまわれている間に自動で行われています。それでは快適な野宿ライフをお楽しみください』と、そう書かれてあった。
ちなみに残りの回数は2回なのだが、こんなところにも不幸の効果が反映されているのだろうか?
今日、明日使ったらもう使えなくなってしまうじゃないか。
「じゃあ私は先に寝ますね、おやすみなさいです」
「わかった。俺たちももう少ししてから寝るから、おやすみ」
今日一日で魔王軍幹部と闘っていたからなのか、本当に体がお子ちゃまだからなのか、早々に寝付いてしまっている。
その上可愛い寝息も聞こえてくるので、そうとう疲れていたんだろう。
そんな寝ている八千代の横には、どこか悩んでいる様子のアークネスが体育座りの姿勢で座っている。
「それで話がしたかったんだよな」
「そうっスね。少し悩み事があって、兄貴達を見ているとさっき会ったばかりなのに身の上話をしたくなったんスよ」
二人で火を囲み、暖かい空気の中、アークネスがぽつぽつと言葉を漏らしていく。
「私達悪魔は実力主義で成り立っているんスよ。だから悪魔族の中でも飛びきり強かった私に面と向かって文句を言う同族はいなかったっス。
でも悪魔族の掟では私情を優先してはいけないというのが絶対で、私は…それをしょっちゅう……違反して、不当な……契約をさせないようにしました。当然親からも憎まれ、遂には里を……おいだされてしまったんスよ」
そういうとポロポロと涙を流し、声もだんだんと重々しくなってゆく。
……かなり長い年月に渡って悩んでいたのか、一度出た言葉は止まらない。
「ただ…おばあちゃんだけは……唯一私の味方でいてくれて、仲間や親からも無視をされた私に優しくしてくれたっスよ……。
里を追い出された時にも……一緒に来てくれていて、自分が死ぬその日でさえも……私を心配してくれていて。そんな時に偶々近くに来てくれていたのが人間のお坊さんだったっス……。彼はおばあちゃんの遺体から墓まで全てをやってくれていて、だから……それに答えるために人間には優しくしようと思たっス、でも本当に優しくできていたのか心配で…」
「大方……事情はわかった。だがアークネス。お前はそんな心配はする必要ないと思うぞ」
「な、なんで……そう、思うんスか……?」
「それは昔俺が好きだったヒーローに似てるから」
「ヒー…ロー……?」
「そう。昔好きだったヒーローの言葉にな、『死ぬ間際まで楽しかったと思えたやつが勝ちだ』ってのがあってさ、それを見てヒーローになりたかったのを覚えているよ」
「………」
俺の慰め方が下手だったのだろうか、俯いて黙ってしまっている。
「えっと…」
「……いやなんかわかる気がするっス。本当に楽しく過ごすことはみんなできることかもだけど、そんなことを忘れて生きている人はいっぱいいて、だからこそ後悔や悩みをしないように生きていかなきゃいけない。そんなことをおばあちゃんも言っていたっスから」
「そうなんだよ。でさ、親にヒーローになりたいっていったら、ヒーローは強くて優しくなきゃいけないんだよ?凪くんならそんな人になれると思うわっていってくれたんだ」
「確かになんとなくなれるような気がしますよ?兄貴なら」
「いや俺弱いじゃん」
「いや兄貴は強いと思いますよ?単純な戦力で言ったら弱いかもですけど、心の強さは私達の何倍も強いと思ったっス」
「ええ〜嬉しいな。俺もアークネスはまだまだ強くなると思うよ。八千代の暴走モードに5分も耐えるやつはそうそういないからな」
「えへへ。それ褒めてるんスか?あれに勝つのは不可能だとおもうんスけど……」
「これで悩みは無くなったかな?そろそろ寝ないと明日持たなくなっちゃうかもだしな」
かなり話混んでいたのか、火がないと相手の顔が見えなくなるほど暗い時間になっていた。
「いや……二つ程悩みができちゃったっス」
「わかった。こうなったら朝までお前の悩みに付き合ってやるよ、バチコイ」
「じゃあ私の初めてを貰って欲しいっス」
「………えっ?」
「あっ、そっちの初めてじゃなくて悪魔としての初めてで、えっと、つまり契約をして欲しいってことです」
アークネスの言葉に、心底安堵した。初めてとかいうもんだから、普段からまったり生きている俺の心臓が持久走を走った後かのようにバクバクと聞こえた。
「それで契約を結んでくれるのは嬉しいけど、どうやって契約を結ぶんだ?」
「………キスです」
「ん?もう少し大きな声でいってくれないと聞こえないんだが」
「キスです!」
「えええええええ?キス?マウストゥマウス?」
「だから初めてだったんです。恥ずかしいし、したくないじゃないっスか!」
「ほ、本当に俺とでいいの?」
「むしろ兄貴じゃないと嫌です。あの、ちゃっちゃとするんで目を瞑って置いてくださいっス」
そうアークネスに言われ、つい目を瞑っていると、ガサッという音がして目の前からアークネスの気配が消えてしまう。
「わかりましたっスよ。頬っぺたね。本当は口にしないといけない決まりなのに」
目を開けることができないので、何が行われているのかわからないが、ちょっとした口論の後、アークネスが元いた位置に戻って来たのが伝わって来た。
「なんかあったの?」
「いや姐さ……ひぃぃ……あの、モンスターがいたので追い払っただけっス。本当は口じゃないとダメなんスけど、私が強い悪魔だったんで頬っぺたでも大丈夫なみたいっス」
アークネスがそう話すと、徐々に顔に息が近づいてくるのでドキドキするが、頬っぺただとわかっているためそこまでの緊張はしない。
「ごめんなさい」
アークネスが小さな声でそう言った後、頬っぺたではなく、唇に柔らかな感触が触れる。
少しするとそれはゆっくりと離れていき、触れたところの感覚だけが残っている。
これは念願の初チューではないだろうか。
俺が初キスに心酔仕切っている直後、ドカッ、バキッという音が辺り一面に響き慌てて目を開く。
「アークネス大丈夫か?なかなかと凄まじ傷だけど」
「へへっこれくらい大丈夫ですよ、凄い強いモンスターがいたので闘って追い払いました。それよりもう一つの悩みはこの紙に書いて置いたので読んでほしいっス。私はもう寝ます」
アークネスをボロボロにするモンスターなんてほとんどいないだろうと思いながら、横にある紙を手に取る。
手紙を見ると魔王軍と亜人及び人類との共存のことについて悩んでいると書いてあった。
中には誘った後のことや、なんで共存できないかも書かれてある。
確かに誘いかたは酷いものだったが、勧誘に乗ってくれた頭がおかしいのか好奇心旺盛なのか…とにかくそんな珍しい方達は、魔王城で本当にしっかりおもてなしを受けているだけで、別段悪いことはされていないらしい。
それでも勧誘に釣られないのは勧誘の仕方が酷かったり、アークネスの使えている第7魔王とその姉の第6魔王以外の魔王、第1から第5魔王が、人間との共存は無理だと考え、いろんなところで人類との大戦争を起こしているからだとか。
なんともまぁこの世界の事情も複雑なようで……。