えげつないお嬢様と殺人執事1
「着きましたよ。凪人さん」
引きずっていた俺を止め、景色を一望している八千代。
そんな八千代を横目に目の前の異世界とやらを見る。
確かに日本の景色とは似ても似つかず、人工物の一切がない。
しかも見渡す限り芝が生い茂った平原である。
「なぁ八千代?噂に聞いていた異世界とは違うみたいだけど本当にここであってるの?」
「そうですね。私もあそこまで絞っていたのでもっと物騒なところだと思ったのですが……」
八千代がそう話した時、かなり慌てた様子のお爺さんが暴走気味な馬車を運転し、こちらに向かって走ってくる。
「……と、止まらない!?お嬢様、馬が止まりません。このままでは何処かに突っ込んでしまわれます。この馬車を捨てて逃げませんと!」
「そうなの?やばいじゃないの!確かに速いと思ったのよ、わかったわ!荷物は持ったし速く降りるわよ」
そんな場面を遠くから見ていた俺は状況が飲み込めず唖然とする。
しばらくすると、馬車の中から出てきたのはこれまた大層なほどに気品を感じさせる金髪碧眼の美少女のお嬢様。
髪型がものすごく変だが、そんなことを感じさせないほど容姿が整っている。
「凪人さん!危ないですよ、逃げて下さい!」
美少女を見ていて反応が遅れていたからか、気付いた時には目の前まで馬車を引き連れた馬が来ていた。
「……なるほどね」
……結果俺はというと、馬に突進されて死んでしまった。
いや、正確に言うと馬に突進された挙句、後ろの木の尖った枝に腹ごとぶち抜かれたっぽい。
異世界に来てから今までの間、約一分にも満たないこの時間。
果たして異世界に飛ばされた奴でこんなに最速で死んだ人がいるのだろうか?一種のタイムアタックでも挑戦した気分だ。
そう疑問に思っていると、八千代といた白い空間にまた飛ばされる。
「三十秒は速すぎです!
まったくもう!自分でも分かってると思いますが異世界に来てから一分以内に死んでしまう人なんて見たことありませんよ?とりあえず生き返らせるので待ってて下さい」
八千代に助けてもらいなんとか目が覚めた俺だか、気が付いたら横目に涙を浮かべている美少女と、ど偉く焦っている執事に土の中に埋められている。
「おい!生きてるから早く出せよ!」
この時俺はしらなかったが、事は死んでから数秒経った後に起こったらしい。
死んでたから当たり前だけど……。
◇◆◇◆◇◆
「ラハム!私、人を殺してしまいましたわ。どっどど、どどうしましょう?」
「お、お嬢様様、落ち着きましょう。幸いあの場にいた少女は消えたみたいです。まずは私達が殺したとはばれないように、証拠を隠滅しなくては……」
「そ、そうよね。このままだと折角アルトリアを復興することが出来そうなのにそれどころではないわよね」
「はい彼には仕方が無いですがとりあえずここは証拠をきっちりなくし、ほとぼりが冷めた後で再度お墓を作ってあげましょう」
「それで?ま、まずはどうすればいいのかしら?土?土に埋めましょうか?それから木に付着した返り血を……」
◇◆◇◆◇◆
そう言うわけで土に埋められているらしい。
なんと言えば良いのやら、いい奴なのか悪い奴なのか、いや間違いなく悪い奴らだろう。
「……私がそちらに移動している間に、この方達は颯爽とシャベルを持ち出して土を掘り起こしてましたよ?まるでプロの手捌きでした」
「で?あんたら何か言い分は?」
未だに土に入ったままの状態で上を見上げそう言う。
「いやほらあの時は一大事でパニックになってただけで、だから仕方ないですわ。
あぁ生きててよかった……。それでは私たち急いでるのでそろそろいってもよろしくて?」
「駄目に決まってんだろ!で?そっちの執事は?」
「すみませぬ、なにぶん私めは執事になるため、暗殺術や証拠隠滅が得意なものでこれしか無いと思ったのです」
思ったのですじゃねーよ。というか何この執事、暗殺とかくそ怖いんだけど。
「まぁいいや、馬の手入れはしっかりとしておいてくれよ?そうすれば今回のことは俺からは何も言わない、ってあいつらはどうした?八千代」
「まぁいいやの部分から、慰謝料少しとペンダントを置いて逃げて行きましたよ?」
あぁ許さねえ、あいつらぜってー許さねえわ!
土に埋めた上に人が話してる所で逃げやがった。
よし、あいつら今度会ったらただで生かしておけねぇ、なんとしても次は逃がさない。
そう思いながらも、今来たこの世界のこともわからないので、深呼吸をして心を落ち着けてみる。
「それより説明してくれよ、この世界や特典のこととか」
「そうですね。……私もあまり深い事は知りませんが、知ってることだけ話しますね?」
八千代はそう言うと、古くて高そうな革のカバンからメモ用紙とペンを渡してくる。
忘れるだろうからメモれってことらしい。
「ではまず一つ目です。私が入っている異世界労働管理局とは、政府側が裏で新たに施行している内密でやっているニートや不登校者を更生させるプログラムの一つです。
この前アンケートを実施しました。凪人さんにも来たと思います。
あれは現実世界ではうまく暮らせない人々に、異世界での自分の生活を選んでもらうために用意したやつです。
ただしっかり選んで貰わなきゃいけないのに、一人だけ全部“はい”にしてた不届きものがいたんですよ、本当に酷いですよね?」
……やばい、それ俺だ。
強面だったからついね?だって体は俺の2倍あったし……。
「それは酷い奴がいたもんだな、考えられない。俺だってちゃんと考えてアンケートやったのに」
自分の首を自分で締めながらも、平然を保ちながらそう言う。
「話の続きをしますね。凪人さんも知っていると思いますが一応もう一度言います。アンケートの中には強くなりたいとか色々書いてあったと思います。
しかしその中の自分は死ぬほど幸運ですか?と書かれているところがあるのですが、そこに問題が生じるです」
……幸運か、特に何か起きても大丈夫だろ。
「今、大丈夫だろ?と思ったかも知れませんが、これで『はい』を選んだ人は異世界での選べる範囲が多くなる代わりに、かなり厄介な世界に飛ばされる確率が高くなったのです」
「えっと……具体的にはどう言うことなんだ?」
「つまり不具合によって、幸運なものから理不尽な世界に飛ばされると言うような、そんな変な動作が行われてしまったのですよ」
「いやでも理不尽な世界とか言ったってたかが知れてるだろう?」
そんな問いかけに対してさらに顔を暗くする八千代。少し間を置かれて災厄な返答が返ってきた。
「そうですね。調査隊を送った例で行くと、異世界に降りて数分、今みたいに確実に死に至る現象が山のように降りてきました。
凪人さんもさっき身を持って体験したでしょう?
まぁ皆んな凪人さんよりも早くはなかったのですけど……。
しかもそれだけじゃなくて、今までに『はい』にしていた物もほとんど全て無かったことになっていたのですよ」
そんな残酷な話に、何か釈然としないものを感じながらも、俺は八千代の話を詳しく聞くことにした。
「この件に関しては、職員が説明をしていないところもあったので、こちら側の対策としてはその項目で『はい』を選んだ人には、特典とさっきの蘇生魔法を使えてかつ、武力に精通している人をサポーターとして用意するということになってます」
なるほどそれで八千代がサポーターとして一緒に来ることになったらしい。
「そしてさっきのがそれにあたりますね。
多分私が蘇生魔法を覚えされられたのも、凪人さんがはいにしたからだと思われますし……」
蘇生魔法があるなら何度でも復活できるし、
不幸な異世界でも困らない。
よもや政府がそんなことできるなんてここ数年で相当環境が変わったらしい。
これならある意味、他の世界よりもいくらか良い生活が送れるかもしれない。
……いやちょっと待てよ?いくら不幸な世界だからって何度も死んでしまうんだろう?
俺の場合アンケートの件で、アニメや漫画に出でくる主人公みたいに強さとか変わってないし、筋力や体力もないし、そもそもコミュ力が一番高くない、だってただの引きこもりだし。
あれ?これ生き残ること不可避じゃないか?詰んだんじゃないか?
そう思いながらも隣にいる八千代のことを思い出す。いや逆に最後の頼みの綱の八千代が近くにいれば、そう、ちっちゃいに反応した時のあの強さが近くにいてくれれば、勝機はあるかもしれない。
「八千代!俺はお前と共同体だ。俺がいて八千代がいる。だから例えどこの誰が来ようと俺は(俺の命のために)お前を一生守り続ける!だからお前も俺をしっかり守ってくれ!」
そう告げると、八千代が顔を真っ赤にして小さい声で、「恥ずかしいのであんまり言わないで」と言ってるのが聞こえる。
なんとも可愛らしいが、中身が年上なのことを考えると複雑な気持ちでいっぱいになる。
そしてさっきの告白紛いなものを黒歴史と言う名の殻に封じ込め、静かに自分の中でそれを着実に受け止める。
そんなことを俺がしている間に、有能な八千代が近くの簡易宿を見つけてくれたので、今日はそこに泊まることにする。
「異世界に来て初めてだけど手持ちがないのに大丈夫なのか?」
受付近くで八千代に聞いてみると、待ってましたという顔をする。
「私が異世界を選んでいる時、先に調整したのでお金は少しもっているのですよ。今日はこれで泊まりましょうか。それにまだ特典で配られたとっておきのものもありますし」
そう話す八千代を横目に、簡易宿の看板を見てみる。
『初めての方のみ無料です。食事等も無料なので初めての方は心ゆくまで楽しんで行ってください』
「……八千代さん、ここは初めての人のみ無料らしい、とりあえずそのお金は収めておこうか」
「なんで!?…………折角用意したのに!自身満々だったのに!」
そう言うと、落胆し、ドスドスと重い足音で先に宿に入ってゆく。
結局初めての簡易宿なので値段はかからないものの、少し八千代に同情してしまう。
俺が一番気にしていた布団は、俺の家の布団と同じくらいで寝やすかったし、ご飯も美味しかった。
まぁ勿論八千代とは別々の部屋になったが、何より聞いていた世界よりも全然不幸が感じられない。これなら幾分かは長く生きられるのかもしれない……。
◇◆◇◆◇◆
次の日の朝、俺は他にも八千代から聞いた話を整理するため、昨日八千代が話してくれたものを元に書いた日記を取り出し、読み直ことにした。
1. この世界には魔王が七人もいる。
2. 七人の魔王を倒すか人類と魔王軍とで和平を結ぶところまでいかないと帰れないらしい。
なお、せめてもの情けというわけで、倒せなくても働いてニートに見合う金額が達成されたら帰れるが、帰るか帰らないかは自由でいいと。
その代わりお金は全部没収、帰らないなら頑張ってくださいって感じらしい。
俺の場合は帰っても海の中だからそもそも帰れないんだが……。
3. 人同士の殺し合いは御法度だが極一部、奴隷制度がある国が存在する。
4. ゲームや娯楽などはそれこそ日本よりもあるが、ある程度の地位が無いと遊べない。
また日本とは異なる文化のため期待をしない方がいいだろうと。
5. 宿にはそれはそれは美人の受付人がいるらしいが、なぜだか大半が結婚をしていて人妻。
稀にその子供がいることがあるが大半はロリッ子
で、子供達も余り多くはないらしい。
6.その世界で起こったこと、自分が感じたことなどを日記として一ヶ月に一回くらいの頻度で政府に提出する必要がある。
7.お金はステラと呼ばれていて、グレードがあるらしく、普通のステラが100円。
一つ上がって銀ステラになると1000円。
二つ上がった金ステラは10000円でここまでが一般的に出回っているものらしい。
一部の公爵家からもらうことのできる紫ステラと、白群ステラというものもあるらしく、紫ステラは大体500万円ほどで、白群ステラはその半分の250万の価値なんだとか。
再び昨日書いたことを振り返ってみるとなかなか頭が痛くなるような内容ばかりである。
金銭面に関しても、ニート、もしくは引きこもりになった年数×5億も稼がないといけないから、俺の場合は2年目で10億も稼がなきゃいけない……。
単純計算でいくと、ざっと紫ステラ200枚。
無理ゲーじゃねぇかおかしいだろう。しかも全額没収だし……。
お金で帰る選択肢だけ完全に消え失せているのだ。
……だが不幸な世界といわれても、昨日も簡易宿が見つかったしわりかし想像していたところより数倍は良いと思っている。
まぁ2番や5番のようにいただけないものもある。
だって魔王七人かお金10億かだなんて本当に無理ゲーにも程がある。
それに当初のハーレム計画もご覧の通り崩れていて、宿で綺麗な女将さんと触れ合いたくても人妻。
第一人妻を襲う度胸も趣味もないからいいけど、まるで出会いのなかった元の生活と同じじゃないか。
だからといって八千代かといわれると、俺が完全にロリコン、もしくはペド認定され痛い奴になってしまうためお姉さんだけども手も出せない。
今この時点で八千代と一緒にいるのが不味いのだが、何も言わないで黙る。だって怒らせると怖いし。
無難な選択肢として可愛い子がいたら俺のイケメン度でなんとか射止めよう、そう思ったのだが、八千代にそれっぽく話したら馬鹿にされた。
……というかイケメンどこ行ったの?
顔つき変わってやせてもモテないんだが?これが不幸の代償か?
もしかしたらイケメンになった気でいるだけで本当はまだ八千代の暴力、そうあくまで八千代の暴力が治ってないからなのではないだろうか?
そんな馬鹿なことを考えながら、後に来る不幸の連続を知らない俺はメモを閉じ、悠長に出される飯の準備をしていた。